家出少女、帰宅する
少女はこんなにぐっすりと寝たのはいつ以来振りかと思った。
『マジ夢も見ないで寝てたな……』
家で寝ている時はとにかく嫌な夢しか見た覚えがなく、逆にぐっすりと寝られた覚えがなかった。
少女にとってはそんな家だった。けれど、この<変な旅行者>に出逢って一緒の時間を過ごして、なんか取り敢えずどうでも良くなってしまった。いずれまたストレスが溜まって爆発するかもしれないものの、今日のところは家に帰ってもいい気がしていた。
地下鉄を下りて地上に上がると、そこは、閑静な住宅街だった。一角が明るくなっているので、そこが普段の買い物を賄うためのショッピングモールになっているのだろう。
すると少女は、慣れた感じで歩き始める。ためらいがない。そうして歩く道の角々に、いくつもの<オブジェ>が置かれていた。この住宅街を警護している<レイバーギア>である。武骨で必ずしも<優美>とは言い難いそれらのロボットが案山子のように街中に立っていることを嫌う者達は富裕層を中心に少なからずおり、それなりのレベルの住宅街だと、このようにオブジェに模して配備していることもある。
それらレイバーギアに対して、アリシアは、
『こちらの方を保護いたしました。ご自宅付近までお連れします』
と<挨拶>をする。この種のレイバーギアは住人の多くを顔認証システムで把握しており、住人以外が侵入してくると要警戒のフラグを立てて監視するからだ。だから千堂アリシアの申告についても、彼女があらかじめ警察等の各関係機関に連絡してあった情報を照会。事実であることを確認する。
もちろんそれら自体が非常にプライベートな情報に当たるので人間が容易にアクセスすることはできないものの必要とあらばロボット同士では共有されることもあるのだ。
『了解しました。それではこの先からは我々が引き継ぎますので、お任せください』
レイバーギアからはそういう意味の返信があった。未成年の自宅を他者に特定される危険性を考慮しての対処である。なので千堂アリシアも、
「ここから先は、この地域に配備されているロボットが見守ってくれますので、私はこれにて失礼しようと思います」
と、少女に告げた。
「え…? でも……」
少女は言いかけたが、確かに見ず知らずの人間を自宅前まで連れて行くのは憚られるという認識はあり、
「そうだね……」
と承諾した。本当は家まで一緒にと思ったものの、言われてみればお互いに名乗ってすらいなかったことを思い出す。そして、
「私は……」
言いかけたところで、千堂アリシアは自身の(正確にはアリシア2234-HHCアンブローゼ仕様のだが)唇に人差し指を当て、
「旅の出逢いは一期一会と申します。こうして互いに名も知らぬままに別れるのも、旅の楽しみ方ではありませんか? 今日のあなたの小旅行も、楽しめたのであれば僥倖というものです」
穏やかに告げたのだった。
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