明帆野、地球の盆に倣う

こうして間倉井まくらい医師の後任が決まりつつある頃、明帆野あけぼの荘では、秀青しゅうせいが最後の夜を迎えようとしていた。昆虫の観察を終え、都市としてのJAPAN-2ジャパンセカンドへ帰るのだ。そこに、館雀かんざく美月みつきが、


茅島かやしま様。今夜は港で花火が上がるんですよ。地球の日本の<盆>に倣ったお祭なんです」


と、夕食の用意をしつつ告げてきた。


「いかがいたしますか? 秀青様」


アリシア2234-LMNが尋ねると、


「そうだな。レポートも終わったことだし、せっかくだから見に行ってみるか」


すっかり柔和な様子で応えた。かつての刺々しい彼の姿はどこにもない。


そして同じ頃、宿角すくすみ家でも、


「今夜はお祭があるから、行ってみるかい?」


宿角すくすみ森厳しんげんに問われて、結愛ゆなが、


「うん!」


と応えていた。結愛も、両親と共に明日には明帆野あけぼのを離れることになっていた。


だから森厳もレティシアも、曾孫も同然の結愛のために祭にいく準備を行った。タクシーを呼んで。


もっとも、<タクシー>とは言いつつ、実際には営業としてのタクシーではない。住民のために運用されている<小型乗り合いバス>のようなものだった。ただし、常に運行されているわけではなく、連絡が入れば、それらを繋げて回り、目的地へと運んでくれる。ただし主な目的地は、湖の玄関口であり、フローティングバスの発着場があり、イベント用として貸し出されることもある港であるが。


結愛のために森厳が手配し、同時に、明帆野あけぼの荘でも秀青のために手配されたために、それらを回って港に行く便が急遽設定された。


この辺りはさすがにAIを用いて簡単に確実に設定されるものの、運転は港湾施設の職員が兼任している。


これも、他の地域ではロボットが活躍するところではありつつ、明帆野あけぼのではやはり人間の手によって運用される。


そして宿角家の前に到着した小型バスに、結愛と結愛の両親と森厳とレティシアが乗り込んだ。そこにはすでに他にも乗客の姿が、


「こんばんわ」


「はい、こんばんわ」


顔見知りでもあることから親し気に挨拶を交わし、席に着く。


「こんばんわ♡」


結愛も可愛らしい様子で挨拶をした。


「あらあらこんばんわ、相変わらず可愛らしいね、結愛ちゃん」


結愛も何度も森厳とレティシアの家を訪れていることから、近所の住人には知られていた。


それから何軒かを回り、明帆野あけぼの荘の前に来る。


そして秀青が乗り込み、結愛の姿を見た時、


『あれ……? どっかで見たような子だな……』


とは思いつつ思い出せなかったことで敢えて挨拶は交わさなかったのだった。


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