間倉井医師、決断する

そう。間倉井まくらい医師は、自身の命の期限が残り少ないことを察していた。『死にたくない』という気持ちもありつつ、死が避けられないものであることも承知している。けれど、せめてニーナの出産だけは見守りたい。だから、わずかな延命にしかならないかもしれない今回のオペを受けたのだ。


『納得できる最期を迎える』


ために。


そんな間倉井まくらい医師に見守られながら、ニーナの出産はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。胎児が一気に下りてきたのである。まるで何かを急ごうとするかのように。


「お母さん、赤ちゃんが見えてきましたよ。もう一踏ん張りです!」


膣口から胎児の頭が見え始めて、アリシアはニーナに声を掛ける。ここまで来ると、いかに<無痛分娩>といえどさすがに苦痛もある。最終的に胎児を押し出す力を発揮するためにどうしても必要な痛みなのだ。なので厳密には<無痛>ではなく<減痛>と称するべきものかもしれない。


「パパ…! パパ…! 助けて……!!」


ニーナが思わずそう叫ぶ。とはいえ、安吾自身は彼女の手を握るくらいしかできない。ニーナも頑張っているものの、力を振り絞っているものの、


『マズい……ここで時間が掛かりすぎては……!』


アリシアも、自身が得た分娩に関する詳細なデータで危険を察知する。そしてそれは当然、間倉井まくらい医師も承知していた。


「アリシア! 会陰切開!」


「了解!」


指示に従い、アリシアが<会陰切開>を行う。これは、会陰をハサミで切開し膣口を広げることで胎児が出やすくする方法である。しかし、出てこない。すると間倉井まくらい医師はすかさず、


「アリシア! 赤ちゃんを押し出しておやり! クリステレル胎児圧出法!」


<クリステレル胎児圧出法>


それは、『母体の胎児を送り出す力が弱い』、『最後の最後で力が出ない』等の場合に医師や助産師が母体の腹を圧迫することで胎児を押し出す方法である。ただし、無理な力を掛けすぎると胎児に障害が残ったり、母体にも子宮破裂、膀胱破裂などのリスクがあるため、安易に行ってはならないとされているものだった。


けれど今は、胎児の脈が低下してきており、危険な状態と判断。まずは外に出すことを優先すべきと間倉井まくらい医師が決断したのである。


「了解!」


アリシアは応え、ニーナの腹部に手を添え、センサーをフル稼働して体内の状況と胎児の状況を察知、最適な力加減と力を加える角度を探り出し、『押し出す』と言うよりは『撫でる』かのような絶妙な押し出しを行って見せる。


瞬間、ずるん!と胎児が出てきたのだった。


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