安吾、ニーナを励ます

消毒室内には、予備の手術着が置かれていた。すると壁に備えられたモニターに、ガイダンスが表示される。いかにもなロボットのアバターが手順を説明してくれるのだ。それに従って安吾は手術着を着、アルコール三ストを浴び、エアシャワーを浴び、再度アルコール三ストを浴び、さらにエアシャワーを浴びてようやく分娩室の方のドアが開かれた。


「パパ……!」


入ってきた安吾に気付いて、ニーナが声を上げる。その表情は、アリシアに向けていたそれとは明らかに違っていた。縋るような、甘えるような、信頼感ゆえのそれだっただろう。


「ごめん、遅くなった……」


安吾は伸ばされたニーナの手を取り、詫びる。


「ううん。来てくれてありがとう……パパの顔を見たらすごく頑張れる気になってきた」


妊娠が判明してから安吾のことを『パパ』と呼ぶようになったニーナの安堵が手に取るように分かる。


『よかった……』


間倉井まくらい医師や安吾の代わりにニーナを支えようとしていたアリシアだったものの、やはり信頼を寄せている人間にはまったく敵わないことを改めて実感した。


でも、悔しさはない。残念さもない。ただ安吾が間に合ってくれてよかったと思うだけだ。


一方で、安吾の方も、


『え……? これ、メイトギア……だよな……?』


手術着をまといニーナの傍に控えていたアリシアを見て、そう思った。テレビなどで見かけたことのある現行型のアリシアシリーズだというのは分かったものの、それまでメイトギアを見た時に感じた強い違和感が、この時はなかったのだ。


この診療所で使われている久美と亜美というメイトギアも、街で見かけたそれに比べればまだマシだったものの、やはりいい気はしなかった。なのに、今、ここにいるアリシアにはそれがない。


『状況が状況だから……かな? こんな状況だから、そんなに気にならないのかも……』


とも思った。それがどうであれ、気分が悪くならないのならありがたい。


一方ニーナも、


「パパ……パパ……手を握ってて……」


いっそう甘えたような声になって、そう告げる。


「うん、分かった! ニーナ、頑張れ……!」


かつて、<自然分娩>が当たり前だった頃は、大変な<修羅場>だったりしたこともあるそうだ。無痛分娩が当たり前になりまだ冷静でいられるようになったといってもそれでもやはり出産時の産婦の死亡率は百万人中三人程度と言われている。


二十一世紀初頭頃の十分の一ではあっても、やはり死の危険が伴うことに変わりはないのだ。


ニーナの不安も、当然のことと言えるだろう。


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