辻堂ニーナ、出逢いを語る

自分の不安を紛らわせようとしてか、ニーナは続ける。


「彼はその時、サッカー選手を目指してたんです。まあ、才能なんて言えるものは傍から見ててもまったく感じなかったですけど、それでも、すごく一生懸命やってるのは、格好よく見えました……」


「へえ! 青春ですね♡」


笑顔で応えながら、アリシアはまったく躊躇なく手元の機器を操作している。産婦の状態をモニターし、必要な処置を提案する機器だ。この時点では、取り立てて特別な処置については提案されていない。それ自体が出産が順調なことを告げている。


なお、千堂アリシアと秀青しゅうせいのアリシア2234-LMNは、アリシア2234-HHCという一般仕様の外見をしているが、開発部曰く『二十歳前後の女性をモデルにしてある』と言うが、実際にはどう見ても十代後半くらいのあどけなささえ残るような印象を受けるデザインだった。


とは言え、今の人間社会ではアンチエイジング技術も進んでおり、外見はとにかく当てにならない。拘る者は拘ることもあるものの、一般的には気にしなくなっていた。ゆえに、少女のような外見のアリシアが<医師ドクター>のように振る舞っていても、ニーナもそれ自体を不安に思うことはない。


落ち着いて手際よく動くことができていればそれでいいのだ。


千堂アリシアは、そういう意味ではベテラン医師の振る舞いを再現できていただろう。メイトギアとしての動きの正確さは若干落ちる彼女だが、それでも人間に比べればさすがに正確な動きもできる。


人間というのは不思議な生き物で、得意とする分野で非常に高い集中力を見せれば、機械すら上回る精度を発揮することさえある。人間が特異な生き物であるゆえんだろうか。


が、普段はさすがにそこまでのものは求められないので、今の千堂アリシアでも何も問題はない。


間倉井まくらい医師の方のオペでもなければ。


久美と亜美によるオペをモニターしながら、アリシアはニーナの話に耳を傾ける。


「青春って言うか、あの頃はそういうのも意識してなかったな。ただ彼を見てるだけであったかい気持ちになれて。幸せだった。だけど、今でも幸せなんですよ? 何て言うか、こう、<幸せの形>が違ってるだけで」


「あ、それ、なんか分かる気がします……!」


「へえ、ロボットにもそういうの分かるんですね?」


「分かりますよお。だから人間の皆様に寄り添うことができるんです」


「そうなんだ? すごいですね。だけど彼はあんまりロボットは好きじゃなかったみたいだなあ……」


そうしてニーナは、自分と安吾が明帆野あけぼのへの移住を決意する話へと移っていったのだった。


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