アリシア、亜美と交代する

「うう……」


間倉井まくらい医師が呻き声を上げる。今度の大動脈解離は、最初のものより規模が大きかったのかもしれない。痛みも結構あるようだ。


「フォプロナビリン、三十ミリ、静注……」


「フォプロナビリン、三十ミリ、静注。了解」


アリシア2234-LMNを介して千堂アリシアが淡々と対処するものの、<フォプロナビリン>は、麻薬系の強い鎮痛剤であった。つまりそれが必要なほどの痛みだったということになる。しかもそれは、意識レベルの低下を招くこともあるものでもあった。それで実際に意識レベルが低下すると、手術が続けられなくなる可能性もある。


かと言って痛みが続けばやはり思考が妨げられ、正確な判断ができなくなる可能性もあった。そのギリギリの選択だったのだろう。


一応、万が一間倉井まくらい医師の判断が明らかに誤っている場合には久美や千堂アリシアの方で判断を保留することもできる。


『明らかに人間を傷付ける行為については従わずにいられる』ようになったAIのメリットだろう。これが人間の命令であればまったく無批判に受け入れるようでは、そのまま間違った判断を実行してしまうからだ。いったん判断を保留し、改めて確認を促すことで短慮を防ぐのである。


しかし、間倉井まくらい医師の状態を改めて確認した久美が、


「アリシア2234-LMN、亜美との交代をお願いします」


と指示を出した。新たに大動脈解離の症状が出た部分について対処するため、二箇所同時にオペを行うためだ。これには正確なコントロールが求められるため、ラグがあるアリシア2234-LMN(千堂アリシア)に任せることができないゆえに。


出産の補助であれば、まだ、今のアリシア2234-LMN(千堂アリシア)でも可能だろう。


「了解いたしました」


千堂アリシアは、久美の指示に一瞬もためらうことなく応じた。そんなことで意地を張る理由もない。亜美が殺菌消毒を受けてオペ室に入ってくると、すぐさま殺菌消毒室に移動し、改めて殺菌消毒を受けて分娩室へと移動した。


そして、自分を見るニーナに、


「申し訳ございません。間倉井まくらい医師のオペにおいて亜美の協力が必要になりましたので、ここからは私が担当します」


丁寧に頭を下げつつ告げた。


「……そう……」


見慣れないメイトギアに変わったことでニーナは少し不安そうにしたものの、


「ニーナ、そのロボットもちゃんと私の言うことを聞いてくれるから。安心して任せたらいい」


分娩台の脇に設置されたタブレットから、間倉井まくらい医師の声が聞こえてくる。アリシア2234-LMNの口からよりも安心できるだろうという配慮からであった。


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