辻堂ニーナ、心構えを作る

「ふう…ふう……」


ニーナは、分娩台に横になったまま少し荒い息をしていた。無痛分娩なので自然分娩ほどは陣痛の痛みに悩まされたりしないものの、それでも多少の痛みはある。独特の圧迫感というか切迫感というかもあって、心理的にも興奮状態にある。


しかしこれも、亜美がモニターしており、十分にコントロール下にあった。間倉井まくらい医師も、


「いい子だね。じっくり行こう」


穏やかに声を掛けてくれる。


「はい……!」


ニーナも、やや興奮した状態でありつつ無理なく応じる。


「なんだかんだと子供を生んだ女性は皆通る道だ。あんたにもやれる。私も二人ばかり生んだ。どっちも戦争で死んだけどね。父親は、顔も名前も分からない精子バンク提供者。一応、地球の出身で博士号を四つばかり持ってるイケメン秀才らしいけどさ、戦場で生き延びる才能にゃ恵まれなかったみたいだね」


そう語った間倉井まくらい医師に、


「先生、その話は十二、いえ、十三回目ですよ」


と苦笑い。


「おや? そうだったかねえ……」


などと定番のやり取りをした。するとニーナの表情も少しだけ和む。もしかするとリラックスさせるためかもしれないが、真意は本人にしか分からなそうだ。


精子バンクで精子の提供を受け生んだ子供二人を共に戦場で亡くしたなど、あまり軽口で語るようなことではないとはいえ、十回以上も聞かされるとさすがに慣れてもくる。


ただ、ニーナとしても、その間倉井まくらい医師の話からは、命の不思議さと儚さを諭そうとしてくれているのかもしれないとも感じていた。我が子を失った悲しみも、八十年以上昔の話ともなれば、折り合いもつけられているのかもしれない。


とは言えこちらも、真意は間倉井まくらい医師の胸の内だろうが。


いずれにせよ、ニーナも、いつもと変わらぬ間倉井まくらい医師の様子に、安心感がある。傍にいる亜美も穏やかな表情で淡々と処置をしてくれる。


「子宮口最大。胎児の移動が始まります」


痛みはそれほどではないもののグーッと腹の中で何かが締め付けられる感覚があっても、不思議と不安はなかった。ニーナ自身も、心構えをしっかりと作っていける。


何度も検診を受けて間倉井まくらい医師や久美や亜美と交流を重ねて、信頼関係を作り上げていった結果だろうか。


だが、その時、


『アラート! 患部に異変。症状が進行している可能性あり!』


久美がそう亜美に信号を発信してきた。もちろん千堂アリシアも共有する。


そこに含まれたデータには、また別の位置で大動脈解離の兆候が見られることが記されていた。


久美が現在、対処しようとしている場所とは別のところで、同じく大動脈解離が起ころうとしていたのである。間倉井まくらい医師の体質からくる異常であった。


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