アリシア2234-LMN、秀青を見守る

館雀かんざく美月みつきは、茅島秀青かやしましゅうせいに深々と礼をして部屋から出ていった。それから厨房に向かい、


「お客様がお部屋に入られました」


作業していた中年の男性に声を掛ける。


「了解」


そう答えた男性は、館雀かんざく訓臣のりおみ。立志と美月の父にして明帆野あけぼの荘の厨房を一手に引き受けている人物だった。もっとも、代表者はあくまで美月だが。


ちなみに今日のところは客は秀青だけなので、美月と訓臣だけで対応する。客が多い時には臨時の従業員が来てくれるが、普段はそれぞれ別の仕事をしているのだ。


なお、そんな事情を知らない関係ない秀青は、ここまでで得られたデータをまとめる作業に入っていた。大まかなデータの整理はアリシア2234-LMNに任せ、秀青自身はそれが自分の意図した形になっているかどうかを監修する形になる。


その中で、映像データを詳細に見返し、


「あ、この個体! 模様が少し違う! 個性か!? それとも新種!?」


再び興奮していた。


肉眼では見えなかった部分も映像を解析することで新たな発見があるのも、生物の研究の醍醐味と言える。そうして興奮している主人を、アリシア2234-LMNは静かに見守っていた。外見だけなら同じ<アリシア2234-HHC>のそれを持つことから千堂アリシアと変わりないはずなのに、双方を知る者であれば間違えようもないくらいに雰囲気が違う。


しかも、秀青が自ら行った設定により一般的なメイトギアが見せる穏やかな笑顔も見せないことで、ある種の<クールビューティ>とも言える雰囲気を醸し出しており、それが彼女の<個性>となっていた。


加えて、秀青が昆虫などに関するデータのバックアップを彼女に保存するので、すでに、並みの生物学者では敵わないほどの情報を蓄えていたりもする。おかげで、普通のメイトギアであれば一般教養とも言うべき知識についてはまんべんなく保持しているはずが、日常で使わない範囲については機体側には保存していない。それどころか、彼女に割り当てられたクラウドサーバーの容量さえ昆虫に関するデータで溢れ、かなり偏った内容になっているとも言えるだろう。


一般的な医療に関する知識さえ、必要とあればネットワーク上のそれを参照すればいいということで、機体側には救急用のそれしか残されていない有様である。


もっとも、いわゆる<研究者>と呼ばれる者達が運用しているメイトギアなどではよく見られるものなので、実は特別おかしな運用方法でもなかったりするのだが。彼らにとってメイトギアは、非常に便利な、


<動くデータサーバー>


なのだ。


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