試作品三号、勝負を申し込む

『だが、どうにもお前とはやりあってみたいと思ったんだよ。


なあ、アリシア……!』


<野生の肉食獣のような男>は、そう言って何とも言えない笑顔を見せた。それこそ、『獲物を前にしたトラやライオンを無理やり笑わせたらこんな感じになるかもしれない』という感じの、違和感しかない笑顔だった。


そして男の言うとおり、彼の目の前に立っていたメイトギアは、<アリシア>、


<千堂アリシア>


であった。


ここまでまるで忍者のように隠密行動をとってきたが、遂に正体を暴かれたということだ。


アリシアは言う。


「……私には、あなたと戦う理由がありません……!」


そうだ。確かにこの男は危険な存在かもしれないが、彼女には分かる。サーペントの隊員で、人間である二人については、意識こそ失わされているが、死んではいない。特殊部隊仕様のメイトギアはハンドカノンでメインフレームを破壊されて完全に機能停止しているにせよ、人間の方は殺されていないのだ。


これは、<クグリ>では有り得ないことだと言えるだろう。クグリにとっては人間でさえロボットと何ら変わらない、<狩りの対象>でしかなかったからだ。


クグリには、人間の命を敬う感性など、ひとかけらさえ存在しないのである。


にも拘わらず、この<野生の肉食獣のような男>改め<試作品三号>は、サーペントの隊員を殺すまでには至らなかった。もうこれでこの男が『クグリ本人ではない』ことが分かる。どれほどクグリに似た振る舞いをしようとも、その本質はまったく別の人間のそれなのだ。


『ただただアリシアと戦ってみたい』


というだけの。


『あなたと戦う理由がありません』とは言ったものの、アリシア自身、この男が自分を見逃してくれるはずもないことも察せられてしまっていた。


それに、この男は、相手を殺すことまではしないとしても、間違いなく人間を害することに何のためらいも持たないことは分かってしまう。殺さないのは、おそらく、『殺す』という行為に愉悦を見出していないだけなのだ。


<特殊部隊の隊員>という戦闘のプロでありながら、こうして意識を失わされて無力化されて、『いつでも殺せる』という状態にされた事実を突き付けて屈辱を味わわせることにこそ愉悦を覚えるタイプなのだろうということがこれで分かる。


命までは奪わなくとも、人間に苦痛を与え害するという意味では、確かに放置しておける相手ではなかった。


「……」


だからアリシアも、この<試作品三号>を捨て置いてこの場を去ることができなかったのである。


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