服飾店、特異な業態を取る

すると、それなりにスタイルよく作られているアリシアの体を被った途端、質が良いとは言い難かったはずのジャージが、そこそこの品質のものに見えてくるのだから、人間の感覚とは不思議なものである。


ジャージに身を包んだ自身の姿を鏡で見ながら、アリシアも、ようやくホッとした表情を見せた。ジャージの質などについてはこの際、贅沢は言わない。股間の部分が裂けたスーツよりはマシだ。


脱いだスーツの方は、ポケットに入れてあったショッピングバッグに入れて試着室を出る。


そのアリシアに、


「探偵さん大丈夫?」


コデットが尋ねてくる。人間の少女に気遣われるとか、ロボットとしては情けない限りなものの、表情には出さず、出さないようにしつつ、


「はい、もう大丈夫です」


そう応えた時、


「!?」


アリシアが再びハッとなった。


『この匂い……』


家々の隙間を通り抜けていた時にも感じた<匂い>を改めて察知したのだ。しかも、これまでのそれよりも明らかに濃い。


しかもその匂いは、店の奥へと続いている。店主の女性が座っている場所の脇にある、住居スペースに入るためのそれと思しきドアの辺りへと。


ただ、それも、今までのものよりは明らかに濃いとはいえ、ここ数日に付いたものというほどではなかった。数週間、あるいは数ヶ月は経過している可能性があるだろう。


必ずしも緊急性があるとは思えない。


とは言え、


『一応、警察に情報提供しておいた方がいいでしょうね……』


そう考え、自身が得た情報をまとめて、通信によって警察に向けて発信した。この情報を基に実際に動くかどうかは、警察が判断することなので、アリシアとしてはこれ以上、できることはない。


だが、


『もしかすると、一時期、ここに潜伏していた……?』


とも思う。


そしてコデットと共に店を出て改めてよく見ると、<ふあっしおん・もてぎ>という看板の下に、<もてぎ荘>と書かれた小さな看板も掲げられ、さらにその下に『入居者募集』の張り紙と、データにアクセスするためのコードが記されていた。


それによると、実はこの服飾店は、奥が単身者用の賃貸住宅になっていて、店自体が出入り口になっていたのだと分かる。


今となっては非常に特異な形式ではあるものの、どうやら店主の拘りらしい。そしてここの店主は他にも複数の賃貸住宅を経営していて、そちらが主な収入源になっていたのである。


だから、服飾店としての売り上げは重要ではないということのようだ。


わざわざ服飾店を賃貸住宅の出入り口にしていながらも、店主自身は入居者には深く関わろうとはせず、家賃を滞りなく払ってくれるなら素性は問わないという方針なのだった。


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