勇者アリシア、明確なメリットを提示する
『今までの仕事はもうしなくていいんです』
学はなくても実は打算的で合理的な思考ができる利発なコデットには、それが何よりの説得力となった。
確かに、絞首刑になるような命の危険を冒してまで、盗みを働く、他人の金を奪う、なんてことの必要性が感じられなかった。
そうなれば<盗み>が収まるのは、ごくごく当たり前の話だろう。
アリシアは単純に、コデットに明確な<メリット>を提示しただけである。
『わざわざ盗みをしなくても美味いものが食べられる』
『安全であたたかい寝床が保証される』
その上で、
『反発しなければならない理由がない』
事実を実践してみせただけだ。
もちろん、本当の人間が相手だともっと複雑な事情が絡んでくることも多いのでこう簡単には行かないことが多いものの、あくまで、
<VRアトラクション内の育児シミュレーション>
程度であればこれで十分だった。
そもそも、
<盗みによって自分の命を繋がなければならない環境>
でなければ子供が盗みをする理由もない。
ただ、その一方で、
『生きるためでもないのに盗みを働く』
という事例の場合は、そこに潜む問題と対処法も変わってくるため、今回のアリシアの対応がそのまま適用できるわけでないことも留意しなければならない。
問題というものは、実はそのほとんどが一つの原因だけで起こるわけではないので、<適切な対処法>も、事例によって変わってきてしまう。それをわきまえずに、
『こうすれば万事解決!』
などと安易に考えるから余計に拗れたりするのだ。
<万能な解決法>
なんて<ご都合主義の権化>はこの世には存在しないと思った方がいいだろう。
問題の解決には、
『手間を惜しまず』
『予断を持たずに原因を探り』
『状況の変化を随時確認しながら』
『慎重かつ確実に対策を実行する』
ことが求められるはずだ。
もっとも、実はそれが一番難しかったりもする。人間は感情の動物であるがゆえに、
『ムカつくガキだな!』
と思ってしまうと、その時点で<予断>を持ってしまうし、手間を惜しんでしまう。
そして何より、少し上手くいかなかっただけでその原因が相手にあると考えてしまう。
そうなるともう、冷静な対応もできないし、客観的な視点も持てなくなる。
自分の主観だけで物事が上手くいくことなど、実際にはそれほどないのに。
相手の所為にしていても、適切な対処法が見付かるわけじゃないのに。
『上手くいかないのは自分以外の誰かの所為』
とそれぞれが考えるから、責任を押し付け合う形になり何も進まない。
メイトギアが蓄積した数百年分の膨大なデータは、冷酷なまでにその事実を示していたのだった。
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