千堂アリシア、謝罪する

脱落したチームのロボットがそこに傷を付けていなければ、アリシアは魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の体勢を立て直すことはできなかったかもしれない。


何という皮肉。


『ありがとうございます。おかげで助かりました……!』


口には出さずアリシアは礼を述べた。


『彼らがくれたこのチャンス、無駄にはしません…!』


彼女がそう思ったとおり、辛うじて持ち堪えた視線の先には、<目標>が。


瞬間、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の胸でこの機会を窺い続けたカルキノス02が、満を持してマニピュレーターを伸ばした。それを命じたディミトリスもさすがの抜け目のなさだ。


確実に<目標>を掴み、引き寄せる。


そうして、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)のカメラに至近距離で完全に白骨化した人間の頭骨が捉えられる。


なのに、神の悪戯か悪魔の嫌がらせか、ゴオッと魔鱗マリン2341-DSE(実験機)とカルキノス02に迫る影。


「!?」


接近警報に気付いたアリシアが躱そうとするものの、間に合わなかった。


ガツン!という衝撃と共に、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の体を支えていた左腕が折れ、すでに折れていた左足はゴリン!と音を立てて膝から下がちぎれる。


しかも、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)に衝突した<何か>は続けてカルキノス02のマニピュレータも折り、確かに捉えていた<目標>は、ちぎれた魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の下腿および衝突した<何か>と共に、激流に乗ってすさまじい勢いで流れていく。


それでもアリシアは、残った右足を漁礁に引っ掛け、体を反転、人差し指が折れた右手を伸ばし、何とか捉えようとした。


「届けぇーっっ!!」


つい、千堂アリシアの口でそう叫ぶ。それは彼女の必死の<願い>だった。


なのに……


なのに、辛うじて届いた人差し指は折れていて力が入らず、引っ掛けることもできなかった。


「ああ……」


思わず声を漏らしたアリシアの視界の中で、人の頭骨が遠ざかっていく。それがまた、


『アハハハハハ! 残念だったなぁ! バカロボぉ!!』


と彼女を嘲っているかのように見えた。


そして、<クグリのものと思しき遺体>は潮力発電所のタービンへと巻き込まれ、もう一見しただけでは人間の遺体の一部であったことすら分からないくらいに粉々に粉砕され、撒き散らされたようだ。


作業室はなんとも言えない虚無感に包まれたが、まだミッションは終わっていない。


<目標>の回収は失敗したとしても、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)たちは帰還しなければいけない。


だが、ここまで限界を超えた無理を重ねた魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の機体はすでに複数個所から大量の海水が浸入。ステータス画面はもはや真っ赤だった。もう、自力で機体回収ポイントまで引き返すことも不可能だった。


「ごめんなさい……」


アリシアはそう謝罪を口にした。


ディミトリスに対してだった。カルキノス02を道連れにしてしまう形になったことを詫びているのだ。


けれど、


「諦めるのは早いぜ、嬢ちゃん」


ディミトリスが不敵に笑う。


「え…?」


戸惑う彼女の視界に、残った一チームのロボットが近付いてくるのが見えた。回収用のワイヤーを掴んで導いてきたのである。


なのに、僅かに届かない。


が、カルキノス02がマニピュレータを限界まで伸ばすことで、辛うじて迎えに来たロボットのマニピュレータを掴む。


双方が許容荷重を超えて相手を引き寄せ、細いマニピュレーターが折れかけた時、辛うじて動かすことができた魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の右手がワイヤーを掴み、最後の力を振り絞ってそれを右腕に強引に巻きつけたと同時に、


「ピーッ!」


魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の機能が全喪失したことを告げるアラームが端末から響いたのだった。


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