千堂アリシア、返答する

『補正可能範囲内です。問題ありません』


アリシアはそう言ったものの、しかしそれだけ余裕がなくなったというのも事実。これ以上、何かが起これば、簡単に補正が適わない事態に陥るということでもあるのだから。


ならば一層、アリシアは自身の演算能力の全てを使って、いや、<千堂アリシア>だけでは足りないので、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)自体の演算能力もフル活用して、近付いていく。


なのに、そんな彼女の努力を嘲笑うかのように、<遺体>が再び転がりだした。


いや、もしこれが本当にクグリの遺体であるのなら、彼は死んでもなおアリシアを嘲笑っているということかもしれない。


『どうした? こいよ? 俺を捕まえたいんだろう? ハハハ!!』


アリシアのメインフレームを、そんな有り得ない音声データがよぎる。どこからもそんなデータは入力されていないというのに、確かに聞こえるのだ。


『……! 負けません…! 私は、人間を傷付けようとするあなたには負けません……っ!!』


口には出さず、アリシアはそう返した。


けれど、次の瞬間。


掴もうとした漁礁の表面がずるりとずれた。珪藻に覆われていて分からなかったが、どうやら漁礁の表面に何か薄いものが張り付いていて、そこに珪藻が生え、一体化していたらしい。


アリシアが触れたその部分の異常に気付いた時には間に合わなかった。


手が滑り、魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の体がバランスを失う。


「あっ!!」


「No!!」


作業室が再び悲鳴に包まれた。


一瞬で魔鱗マリン2341-DSE(実験機)が激流に翻弄され、制御不能に。何とかカルキノス02だけは守ろうと体を丸めるものの、何度も漁礁に叩きつけられ、モニターに次々と警告が表示される。機体が破損していってるのだ。


「く……っ!!」


アリシアも思わず声を上げた。


なんとかリカバリーするためにアリシアと魔鱗マリン2341-DSE(実験機)の人工頭脳が限界まで稼働。


と、時間にしておそらく千分の一秒ほどだったが、魔鱗マリン2341-DSEのカメラが捉えた<それ>に、アリシアは反応した。


そして左手の指を掛ける。


それは、脱落したチームのロボットが漁礁に叩きつけられた時にできた傷だった。その部分だけ珪藻も削り取られ、確実に指が掛かったのだ。


これが起点となり、アリシアは千分の一秒単位で機体のバランスの取り方を再計算。左足はすでに折れていたものの、それも何とか引っ掛けて、とどまった。


「おおーっ!!」


その様子に、作業室では歓声が沸き起こったのだった。


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