特殊部隊、テロリストのアジトを急襲する

その日、ニューヨハネスブルグ郊外の別荘地にある一軒の屋敷を、軍の特殊部隊が急襲した。それは、ニューヨハネスブルグが擁する軍の部隊ではなかった。対テロ戦に特化された、NEU(ネオヨーロッパ連合)から派遣された、火星最強とも呼ばれる部隊だった。


全く無駄のない、躊躇もない、容赦もない動きで、その場にいた者を次々と無力化していく。その人間達の多くは武装していたが、殆ど反撃すら出来なかった。


軍の特殊部隊は着実に作戦を遂行していた。何一つ問題は起こらず順調そのものであった。このままいつも通りの手順をこなしていつも通りに終了させるだけだった。それだけの筈だった。ある部屋の前に来るまでは。


何も支障になるものが無いことを確認し、位置につこうとしていた部隊員の耳に、不意に声が届いてきた。


「おい、お前、ノックぐらいしろよ」


有り得ないその声にも素早く反応したその隊員は、しかしその声の主を確認することさえ出来なかった。防刃防弾のボディーアーマーの僅かな隙間から滑り込んだナイフが心臓を深々と抉り、ほぼ即死状態であった。それに気付いた他の隊員が素早く反撃、自動小銃で一斉に攻撃する。だがそれは心臓を貫かれた隊員の体に阻まれ、そいつまでは届かない。そして隊員達は、次の手を打つ前に、次々とその場に倒れていく。


ある者は顔面にナイフが刺さり、またある者はボディーアーマーの隙間から滑り込んだナイフで延髄を抉られ、さらにある者は、爆発音のような銃声がしたと同時に、ヘルメットごと頭の半分が弾け飛ぶようにして死んだ。その後も一瞬で、全員が無残な亡骸へと変わり果ていく。その間、僅か二秒足らず。


最後の隊員だけは、そいつの姿を見ることが出来た。暗闇の中に浮かび上がる、野生の肉食獣のような目を爛々と輝かせたその姿を。だがその隊員も、それを報告することさえ出来ずに絶命していた。それを見下ろし、そいつは言う。


「親に躾けられなかったか? ちゃんとノックをしなさいってよ」


そこに広がる凄惨な光景にはあまりにそぐわない、いかにも面倒臭そうな文句だった。そいつが自分のジャケットのポケットから携帯電話のようなものを取り出し、何か操作したように見えた瞬間、特殊部隊の隊員達が侵入したその屋敷そのものが、巨大な火柱となって爆発。あの、野生の肉食獣のような目をしたそいつと共に。


その事件は、ニュースにはならなかった。作戦そのものが極秘裏に行われた超法規的なものだった為、完全に揉み消されたのである。だが、闇に葬られた筈の事件の資料に目を通す者がいた。戦術自衛軍の肥土亮司ひどりょうじ二等陸尉だった。あの、民間機に偽装された軍用のC-F1の中で、苦い顔をして資料を見ていたのである。


「結局、突入した部隊二十数名と、潜んでいたテロリスト十数名全員が死亡ですか…」


重苦しく声を掛けてきたのは、月城香澄つきしろかすみ二等陸曹だった。


実は、あの事件には、肥土達も参加していたのである。突入した部隊がもし失敗し、テロリスト達が反撃、脱出を図るようなことがあった場合のバックアップとして、他の都市から派遣された部隊と共に待機していたのだ。しかし、突入した部隊とテロリストが全員爆死という結果に、何もすることが出来ないままに撤収することになったのである。


「あいつも死んだんですかねえ」


そう問い掛けてきたのは、岩丸英資いわまるえいし三等陸曹であった。それに対し、肥土は苦々しい顔のまま返した。


「さあな。現場で回収された遺体は損傷がひどく、ものによってはDNAさえ採取出来ないのがあったそうだ。だから現状では何とも言えないな」


その言葉に、岩丸は食い下がる。


「でも、あの爆発ですよ? 戦闘用のレイバーギアですら完全に破壊されたそうじゃないですか。しかもあいつはサイボーグでも何でもない生身の人間なんですよね? それで生きてたらそれこそ人間じゃないですよ」


しかしそれに対して月城が言った。


「だけど、その後の捜索で、ちょうど人間が一人入れそうな、用途不明の鋼鉄製のタンクが見付かったって。中には何も入ってなかったけど、あの爆発でも中はきれいだったって言うし、もしかしたら…」


しばらく沈黙が続き、だが唐突に肥土がパンと手を叩いて声を発した。


「まあ、その件は俺達があれこれ考えたってどうにもならんだろ。各都市の情報機関も警察の方も全力で捜査してるんだ。そっちの結果待ちだよ。俺達は次の命令があるまでとにかく待機。交代で休憩だ」


肥土の言葉に岩丸が凹む。


「あ~、また。終わりの見えない待機任務ですか~? 録画予約出来てるうちに帰りたいんですけど~」


情けない泣き言だったが、肥土もさすがにそれには共感出来たらしい。


「気持ちは分かるよ。俺も正直、気が滅入る。ゴーゴン亭のチャーシュー麺をネギたっぷりで啜りたいね」


「あ、いいっすね~、帰ったらまず行きますか?」


そんな二人の様子を、月城は少し呆れた表情で見ていた。だがまあ、そんな月城も久しぶりにショッピングで羽を伸ばしたいなどと考えていたりはしたのだが。


アリシアが立食パーティーの終わりに、何か得体の知れない気配を感じ恐怖を覚えていたのは、まさにその頃だった。屋敷に突入してきた部隊を次々に屠った野生の肉食獣のような目をした何者かと、泥酔客を装いながらアリシアに接触した男の目は、全く同じものだった。そう、アリシアに接触してきたあの男こそ、特殊部隊を壊滅させ、屋敷と共に吹き飛んだと思われていた、岩丸が『あいつ』と称した人間だった。


そいつは、通称<クグリ>と呼ばれ、火星全土を活動範囲としている、あらゆる軍や警察にとっての最重要案件の一つとされているテロリストであった。本名不明、性別男。屈強な体躯と尋常ではない身体能力を誇り、素手で軍用レイバーギアを破壊したなどという真偽不明な数々の伝説を持つ、最狂最悪のテロリストとも言われる人物。そいつが今回、あの別荘地の屋敷に潜伏しているという情報を得たニューヨハネスブルグの軍部が、NEUを始めとした各経済圏に支援を仰ぎ、クグリ殺害を狙って作戦が実行されたのだった。


いかにテロリストと言えど初手から殺害を目的に作戦を行うのは法律上問題があった為、今回はあくまで実戦訓練という建前で秘密裏に行われ、殺害に成功した場合のみ、逮捕に向かったが激しい抵抗にあい、その戦闘の最中死亡したと発表する流れになっていたのであった。


しかしその作戦は完全に失敗。NEUの対テロ部隊は壊滅的な打撃を受け、クグリは消息不明という、決して表に出せない結果になってしまったのである。


そんなクグリが、アリシアに向かって『狩り甲斐がありそうだ』などと言っていたということを、この時はまだ誰も知らなかった。当のアリシアでさえ。


パーティーが終わりその日のホテルに戻った千堂達は、今日の成果についてささやかなお祝いをすることになった。控室で待っていた廣芝達はもちろん、パーティーに参加した千堂さえ、実は食事など殆ど口に出来なかったからだ。だから改めてホテルに併設された寿司店で食事をすることにしたのだった。


その前に、着替える為に部屋に入った千堂とアリシアだったが、アリシアは破れてしまったドレスを見て、また悲しそうな顔をした。それを見た千堂が言う。


「そのドレスを直すことも不可能じゃない筈だ。我が社の服飾部門にはそういう職人もいる。帰ったら相談してみよう」


千堂のその言葉を聞いたアリシアの嬉しそうな笑顔は、本当に子供のようだった。そんな彼女の笑顔を守りたいと、彼は改めて心に誓うのだった。


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