アリシア、パーティーに花を添える
その夜、立食パーティーの場に、千堂アリシアの姿があった。アリシアはあの、桜の花を思わせるドレスをまとい、千堂の傍らに。
更にその隣に立っていたアレキサンドロが言う。
「店で見た時も素晴らしいと思ったが、こうしてパーティー会場に立つアリシアはさらに素晴らしいよ。まさしく花だ。千堂、君は本当に自分達のロボットの素晴らしさを理解しているんだね」
興奮を抑え切れないように声を出す彼に、アリシアは照れ臭くて思わず俯いてしまった。そんな様子を見て千堂がまた目を細める。決して大声で自慢したりはしないが、この日、VIP達が連れているどのメイトギアよりもアリシアが一番美しいと千堂自身が感じていたからだ。
それを証明するかのように、アリシアの姿を見たVIP達が次々と話し掛けてくる。ある者はアリシアを褒めちぎり、ある者は自分に譲ってくれないかといきなり金額を言ってきたりもした。それらの多くはいわば社交辞令ではあったが、会話を交わすきっかけとしては大いに役立った。彼女は、
VIP達も、千堂が
また、アリシア自身、恥ずかしいと思いながらも、千堂に恥をかかせまいとして立派に振る舞ってくれた。優雅かつ繊細な仕草で挨拶を交わし、人々の目を惹く。決してパーティーの主役ではなかったが、パーティーそのものの華やかさを盛り上げることには大きく貢献したのは間違いない。そんなアリシアや千堂と親しくしているということで、アレキサンドロにも多くの人間が声を掛けてきた。このことがアレキサンドロをさらにいい気分にさせた。
「千堂! 君と君のアリシアのおかげで、ずっと懸案だったものに決着が着いたよ、ありがとう!」
いきなりそう言って千堂の手を握ってきたりもした。彼の言った通り、GJKトラスト社との間に長く懸案を抱えていた企業の代表との間で、アリシアに関する談議に花が咲き、それによって一気に折り合いが付いたのだという。このまさかの僥倖に、アレキサンドロも有頂天とも言えるほどに上機嫌になっていた。
パーティーはまさに、大成功のうちに幕を閉じたのだった。
当然、パーティーを主催した政界の大物、ウォルフガング=カール=アントニアもその結果に大いに機嫌を良くし、
廣芝らと合流しパーティー会場を後にした千堂も、大いに手応えを感じていた。アレキサンドロもずっと上機嫌で、少々アルコールを摂取し過ぎたようだ。
その時、千堂の傍らを歩いていたアリシアが男性とすれ違おうとして、急によろけた男性がアリシアと接触した。その瞬間、彼女が反応してぶつかった衝撃を逃がすように体を動かした為に相手の男性に怪我をさせるようなことはなかったが、男性のスーツのカフスがアリシアのドレスに引っかかり、大きく裂けてしまったのだった。
「申し訳ありません、大丈夫ですか?」
裂けたドレスには構わず、アリシアはその男性を気遣うように声を掛けた。アレキサンドロほどではないががっしりとした体躯を持つその男性はかなり酔っているようで足元がおぼつかない様子。
「ああ、これは失礼! お嬢さんこそ大丈夫ですか?」
その男性はろれつが回らないながらも詫びてきて、故意ではないことがよく分かった。今回は男性に怪我がなかったということで、ドレスのことはあえて不問にする形で千堂がその場を収める。
「すいませんお嬢さん! すいませんでしたー!」
何度もそう詫びてくる男性に小さく手を振りながら、千堂らと共にアリシアはその場を立ち去った。男性が見えなくなってからドレスの破れたところを確認したアリシアは、せっかく千堂が買ってくれたドレスがこんなことになってしまって少し悲しそうな顔を。しかし千堂はそれを見て、
「お前の所為じゃない。気にすることはない。それにこのドレスの役目は今回限りだろう。十分に役立ってくれたよ」
とアリシアを気遣った。アリシアもそう言ってもらえて少し気持ちが楽になった。だが、彼女が気になったのは、それだけではなかった。よく見ると、ドレスの裂けた部分に微かな違和感を感じたのだ。先程の男性のスーツの袖に付いていたカフスが引っかかったことで裂けたと思われていたそこが、あまりに綺麗に切れていたのである。ほとんどの部分は確かに裂けたものだったにも拘らず、最初の一センチほどについては、裂けたというよりはまるでナイフか何かで切られたかのように綺麗すぎたのだ。
それに気付いたアリシアのメインフレームに、言いようのない不可解な負荷が掛かっていた。どう表現していいのか分からない、得体の知れない<何か>だった。何か、自分がとても非力で小さな、本当に人間の少女になってしまったかのような、頼りない感覚。
恐らくそれは、<恐怖>だった。アリシアが生まれて、あるいは製造されて、初めて感じるものだった。だが彼女には、それが恐怖であることが分からなかった。何しろロボットである彼女には、恐怖という概念が無いのだから。しかしそれは間違いなく、人間が恐怖と呼ぶものであったと思われる。
アリシアは、先程の男性がいた辺りを振り返った。しかし、塀に遮られてその場所はもう見えない。それでも彼女は、見えないその塀の向こうを見ようとするかのように視線を向けた。
「どうした? アリシア」
立ち止まって後ろを振り返る彼女に気付き、千堂は声を掛ける。千堂も、アリシアの様子が普通でないことに気が付いた。
「何か、いるのか…?」
緊張した表情で問い掛ける彼に対し、アリシアは首を横に振った。
「分かりません。センサーには何も反応がありません。危険を示す兆候は何もありません。でも…」
アリシアは両手を胸の前にして、握り締めていた。その姿は、不安に怯える少女そのものだった。
「でも、確かに何かが私達を見てるんです……その存在を確認することが、捉えることが出来ない何かが…」
そうは言うものの、アリシア自身それをセンサーに捉えることが出来ず、アレキサンドロが連れているフローリアM9のセンサーにも何も危険なものは捉えられず、周囲を警戒している多数の警備用レイバーギアも人間の警備員も危険を察知してはいなかった。その事実がある以上、危険が迫っているという判断を下すことが出来ない。
ただ千堂だけは、アリシアの言うことを単なる気のせいやセンサーの誤作動とは捉えなかった。アリシアがそう言うのなら、確かにそこには何かがいたのだろう。だが少なくとも今の時点では目に見える脅威とはなっていない。今すぐ対処しなければならないものではない。それも確かなのだと思った。
「アリシア、私はお前の感覚を信じる。しかし今はまだ問題はないようだ。そのことについてはまた後で詳しく話を聞こう」
千堂にそう言ってもらえて、アリシアもようやく納得することが出来た。再び歩き出し、アレキサンドロが手配したリムジンへと戻っていく。
が、そんなアリシア達を見る者がいた。その目はまるで野生の肉食獣が獲物を観察し、どのようにして襲い掛かろうかと思案しているかのような危険を感じさせるものだった。それは、さっきの泥酔男であった。しかしさっきまでの酔っぱらいぶりは微塵も残ってはいなかった。
「いいねえ……狩り甲斐がありそうだ…」
男は口角を吊り上げ、笑みの形を作った。だがその目は決して笑っていない。男の全身からは、凄まじい危険な気配が漂っていたのであった。
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