メイトギアマニア、アリシアに驚く

男の携帯のスピーカーから聞こえてくる声は、微妙に違和感を覚えさせるものだった。やや平板で電子的な処理がされていることをうかがわせる声質だったのだ。自らの身元を隠す為なのだろう。


「眼鏡に適うかどうかはどうでもいい。だが、俺が捜してたのはあいつだ。間違いない。こんなところで会わせてくれたことには感謝するよ」


邪悪としか言いようのない笑みを浮かべた男はそのまま、警察による現場検証の様子を眺めていたのだった。




「え? HHCフェイスのフローリアM9? それとも、フローリアM9用のパーツでカスタマイズされたHHC!?」


小さな空港の滑走路で迎えを待っていた千堂の傍で待機していたアリシアの耳に、そんな声が届いてきた。しかもそれは、聞き覚えのある、浮かれたような軽い声だった。その声の方に視線を向けると、そこにいたのはやはり、都市<JAPAN-2ジャパンセカンド>に駐留する戦術自衛軍に所属する岩丸英資いわまるえいし三等陸曹であった。


距離としては百メートル以上離れてるが、聞き覚えのある声だったので反応してしまったのだ。岩丸英資三等陸曹と言えば、肥土亮司ひどりょうじ二等陸尉が率いる部隊の隊員だった筈だ。しかも筋金入りのメイトギアマニアの。その彼がどうしてここに?と思う暇もなく、こちらを凝視している岩丸の向こうに、見覚えのある顔が並んでいるのが見えた。上官である肥土亮司二等陸尉も、月城香澄つきしろかすみ二等陸曹の姿もあった。見れば彼らの傍に駐機されている飛行機は、一見すると民間仕様ではあるが、見る者が見れば民間仕様に似せた軍用の輸送機C-F1であることが分かるものだった。その為、そこにいる肥土達は皆、私服を着てはいるが明らかに任務中だというのがアリシアには分かった。


しかし、この距離で今のアリシアがフローリアM9のパーツを付けていることに気付くとは、マニアとはかくも侮りがたいものだと言えるだろう。


「お前、この距離でよくそんなこと分かるな」


珍しいものを見たと興奮気味の岩丸に対し、肥土がやや呆れたような口調でそう言っているのも、アリシアには聞こえていた。


「HHCちゃ~ん!」


岩丸が甘えたような声を上げながら手を振ってくるのが見えて、アリシアも愛想として小さく手を振り返した。実はアリシア自身は、岩丸のことがちょっと苦手だった。人間そのものが好きなアリシアではあったが、それでもやはり『この人、ちょっと苦手』というのは存在するのである。それがまさに岩丸だった。


「あ~! 返事してくれた! やっぱりHHCちゃんだったんだ~! え~、でも、どうしてフローリアM9用のパーツでカスタマイズしたりするかな~、HHCちゃんはあの控えめなバストラインが魅力なのに~」


などと好き勝手なことを言う。こういうところが苦手なのだ。アリシアは思わず苦笑いを浮かべていた。


するとその時、今度はこちらを見ていた月城香澄二等陸曹が声を上げた。


「あ、隊長、あのアリシアの傍にいる人、千堂さんじゃありませんか?」


そう言った月城の声に肥土も改めてこちらを見て、


「確かに、千堂さんだ。まさかこんなところで一緒になるとは、奇遇だなあ」


と声を上げていた。そうすると岩丸が、


「え~! 千堂さんがあんなカスタマイズしたって言うんですか? ショック!!」


とか言い出して、さすがに肥土が、


「お前いい加減にしろよ! 失礼だろう!」


と諫める様子まで聞こえてきたのだった。


「どうします? やっぱりご挨拶した方がいいでしょうか」


月城がそう言うと肥土も、


「そうだなあ、次の移動までは一応、自由時間だしな。よし、せっかくだから挨拶しておこう」


と言って隊員達を連れてこちらに近付いてきた。そこでアリシアも、千堂に声を掛けた。


「千堂様、戦術自衛軍の肥土亮司様とその部下の方々がいらっしゃいます」


その言葉にさすがの千堂も「何!?」と少し驚いた風にアリシアの方を振り向いた。しかしそれと同時に、アリシアの向こうからこちらに向かって歩いてくる肥土達の姿も見えて、すぐに納得したような顔になった。千堂も、肥土達の向こうに止まっているC-F1を見てピンと来たのだ。


「お久しぶりです、千堂さん。こんなところで奇遇ですね」


いつものように親しげに挨拶してくる肥土に、千堂も思わず顔がほころんでいた。


「私もこんなところで会えるとは思っていなかったから驚いたよ。皆、変わり無いようで何よりだ」


だがそんな千堂の言葉に、肥土を押しのけるようにして岩丸が身を乗り出してきた。


「千堂さん、どうしてHHCちゃんフェイスのアリシアにこんなカスタマイズを!?」


挨拶もそこそこにそんなことを言いだした岩丸に、さすがの肥土もギョッとなった。


「こ、こら、岩丸! すいません! 後できつく言っておきますので」


肥土が岩丸の頭を押さえ付けながら申し訳なさそうに頭を下げた。だが千堂はそんなことで機嫌を損ねるような男ではなかった。少々苦笑いは浮かべながらも、穏やかな口調で返す。


「ああ、これにはちょっとした事情があってね。今は応急修理の状態ってことかな」


その言葉に、肥土の表情がスッと締まった。千堂が連れているということは、これは要人警護仕様のアリシアの筈である。そのアリシアが応急修理を受けなければいけないようなことがあったということに気付いたのだ。


「それは、穏やかな話じゃありませんね」


肥土が察してくれたことに、千堂も隠す必要が無いと感じ、これまでの経緯を打ち明けたのだった。


「そうか、あの事件の現場に千堂さん達もいらしてたんですね。ということは、その時にテロリストの相手をしたのが彼女ということですか。確かにニュースではアリシアシリーズが撃退したと言ってましたが。まさか千堂さんのアリシアだったとは」


すっかり軍人としての顔になってアリシアを見た肥土に対し、彼女は小さく頭を下げた。しかしそんな空気を読まない者がいた。岩丸だった。


「こんなに可愛いHHCちゃんに酷いことする奴らは許せませんね! 今すぐ懲らしめてやりたいです!」


思わずそう口走った岩丸に対し、普段は温厚な肥土が珍しく厳しい顔を見せる。するとさすがに自分が失言してしまったことに気付いた岩丸も、慌てて口を閉ざし小さくなった。その様子を見て、千堂もある程度は察してしまったのだった。彼らが何故ここにいるのかということを。


恐らく機密事項にも関係することなので迂闊には話せないのだろうが、千堂らが巻き込まれた事件とは必ずしも無関係ではないのだろう。そういうことについては千堂も無知な立場の人間ではないので、敢えて何も聞かなかった。他の社員四人も、千堂の様子から察して口を挟まないようにした。


しかし、わざわざ軍をニューヨハネスブルグにまで派遣するとなれば、これはかなり大きな話ではある。今回の事件も一応は<人類の夜明け戦線>からの犯行声明があった為に彼らの犯行とはされているが、明らかにこれまでの彼らのそれとは違っていた。攻撃の規模も、そしてそこに参加した戦闘員の錬度も。


見えないところで何かが動いている。


口にこそ出さなかったが、千堂は確かにそれを感じていた。そして千堂に向けられた肥土の目も、そう語っていた。


「それでは我々はこれで失礼いたします。道中の安全をお祈りしています」


最後に肥土がそう言って、彼らは自分達の飛行機に戻っていった。乗り込む寸前に敬礼を送ってくれた彼らに、千堂も敬礼を返した。彼らが完全に飛行機に乗り込んでしまったちょうどその時、千堂らの迎えのマイクロバスも来た。それに乗り、窓から肥土達の乗った飛行機が動き出すのを見て、


『武運を祈る』


と、心の中で唱えたのだった。


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