アリシア、応急修理を受ける

他の者達は、自分も含めて皆一様に耳の異常を訴えていた。中には鼓膜が破れた者さえいる。なのにタラントゥリバヤだけは他の者達よりずっと軽く澄んだようなのだ。そう言えば先程、他の人間達は皆、頭を抱えるか、耳を押さえていたとしても単に銃声が恐ろしくて塞いでいた程度の者は一時的な難聴になっていた。しかし彼女はしっかりと耳を押さえ、しかも普通に会話も出来るくらいに平然としていたのだった。まるで、衝撃波爆弾が使われることを知っていたかのように。


だが千堂は、この時はその違和感を口にはしなかった。体質的にそういうものに強い人間だっているかも知れないし、何より彼女も自分達と同じ場所にいたのだ。アリシアの活躍により衝撃波の威力を抑えられなければ、彼女にも同じようにガラスの雨が降り注いだ筈なのである。だから現時点では疑いを向けるには根拠が弱すぎる。


「アリシア、ありがとう。あなたのおかげで命拾いしたわ。あなたは私達の命の恩人よ!」


バンの荷台に寝そべるアリシアに対して、タラントゥリバヤが感激したように声を掛けた。その様子を見るだけなら確かに彼女に命を救われて感謝の気持ちを表そうとしているようにも見える。それ自体は嘘を吐いているようには見えなかった。だから千堂も口出しはしない。


その後、かすり傷程度だが若干の怪我をした廣芝ひろしば達を病院に送り届けた後、千堂とアリシアを乗せたバンは、アレキサンドロの会社のサポートセンターに来ていた。破損した部品の交換をする為である。そこに警察も同行し、証拠品として、事件に関するデータと破損した部品の提出を、令状も提示して求められた。千堂はそれに快く応じ、アリシアが記録した映像、音声、及び彼女自身の作動状況を記録したデータ全てを提供。


捜査令状と共に発行された、ロボットのメモリーからデータを取り出す為の電子ロックの解除キーを用い、オーナーである千堂と警察官と立会人であるGJKトラスト社のスタッフ立会いの下、アリシアのデータのコピーが行われる。しかしそれは単純なデータのコピーではなく、改竄されたものでないこと、データの抽出が正しく行われたものであることを確認しつつ行われる為、非常に時間のかかる作業であった。


アレキサンドロの会社、GJKトラスト社のサポートセンターは、自社が取り扱う商品のサポートも行い、JAPAN-2ジャパンセカンド社やニューヨハネスブルグのロボットメーカーであるA&Tカイゼル社のロボット等の修理やメンテナンスも行う為、こういう形でロボットが持ち込まれることも多く、今回アリシアが受けたような対応はここでは日常的なことだった。何しろ、GJKトラスト社自体が地元警察に全面的に協力しており、ある意味では警察署に近い役割も果たしているのである。その辺りが、役割分担がきっちりしていてとかくお役所的と呼ばれる、都市としてのJAPAN-2との違いでもある。


そんなデータの抽出と並行して、アリシアの破損した部品の交換の準備も進められた。幸い、アレキサンドロも従えていたフローリアM9用にストックされていた部品がそのまま使えることで部品の調達は問題なかった。そしてアリシアは、千堂の言った通り、一晩で修理が完了。


翌朝、次の集合場所に待機していた廣芝達の前に、千堂とアリシアが現れた。千堂はアリシアの修理作業が行われている場所で椅子に座って仮眠を取っただけだったが、彼は一晩程度そういうことがあったくらいでは堪えない男だった。しかし、千堂の傍らに佇むアリシアを見て、廣芝達は若干の違和感を覚えてしまう。


「アリシアさん、ちょっと変わりました?」


廣芝のその言葉に、千堂は苦笑いを浮かべ、アリシアは少し恥ずかしそうに俯いた。というのも、廣芝達が違和感を覚えるのも当然だったからだ。何しろ、外装パーツがフローリアM9用のものになってしまったというのはつまり、エプロンドレスを模した部分のデザインが変わっただけでなく、少なからずプロポーションも変わってしまっているということなのだから。


基本コンポーネントがアリシアシリーズのものである為に胴体部のサイズは同じでも、日本人の平均的なプロポーションが基準となっているアリシアのそれと比べ、フローリアM9は当然、アフリカ系白人女性の平均的なプロポーションを基準としていることで胸の部分が若干大きく作られている。また手足も若干長く作られ、その上、皮膚の色がアフリカ系白人の肌色になってしまっているのだった。


一応、アリシア2234-LMN用のパーツも取り寄せている為、それが届けばすぐにでも本来の仕様に戻せるから大した問題ではないものの、アリシアとしてはどうしても気恥ずかしいという気分になってしまうのであった。


とは言え、取り敢えずは全員無事に揃ったことで、皆が胸を撫で下ろしていた。そこに合流したアレキサンドロも、


「話は聞いたよ。君達が無事で何よりだ。しかし、警備体制は見直しが必要だな。早急に治安当局と検討に入らないといけない」


と声を上げ、千堂らの無事を喜んだ。だが、あんな事件があっても、スケジュールに大きな変更はない。事件の少ない、都市としてのJAPAN-2ジャパンセカンドに比べ、あの程度の事件はある意味で日常茶飯事と言えるここではこういうものなのである。


が、少し前までの彼ならきっと動揺しきっていたであろう廣芝も、こちらに来てからの経験で見違えるようにたくましい感じになっていた。特に、昨日の事件を無事に生き延びたことが、気持ちの上でも彼を大きくしたのかも知れない。そんな彼を見て、千堂はまるで息子の成長を喜ぶ父親のように目を細めていたのだった。


しかしアリシアは少し浮かない顔だった。移動中のジェット機の中で、遠慮がちに千堂に話しかける。


「申し訳ございません、千堂様。私は本来、千堂様お一人を守る為だけにいるのに、何故かあの時、皆さんのことも守ろうとして無謀なことをしてしまいました…」


アリシアの言ったことはもっともだった。あの時、千堂一人を守ればよかったのなら、ガラスの破片が降ってこようと他の人間のことは無視して彼に覆いかぶされば済んだことだ。にも拘らず、彼女はガラスの破片が降り注ぐことそのものを阻止しようとしたのである。本来の要人警護仕様のメイトギアとしては有り得ない行動。そんなアリシアに、千堂は穏やかな笑顔を向けてくれた。


「いいんだ。お前は私の命令通り、人間そのものを守ろうとしてくれたんだ。何も間違ったことはしていない。だから昨夜の事件でも、負傷者は多数出たが死者は一人も出なかった。あの規模のテロ事件でこれは奇跡的なことだよ」


千堂の言うこともまた、もっともだった。確かに千堂が人間そのものを守ってほしいとアリシアに頼んでいた。アリシアはその命令に従っただけとも言える。彼のその言葉に、アリシアはまた救われるのを感じていた。


「ありがとうございます。千堂様…」




そんな千堂らが仕事に戻った一方、事件の現場では警察による現場検証が続いていた。アリシアのデータを基に警察用のメイトギアがアリシアの役をして事件当時の再現を行っていた。それを担当していた係員達が舌を巻く。


「これはすごいな。JAPAN-2ジャパンセカンドのロボットは本当にクレイジーだよ」


「まったくだ。JAPAN-2ジャパンセカンドのスペシャルなロボットは通常の三倍の性能を発揮するらしい」


「イかれてるよな」


普通なら有り得ない挙動でテロリスト達に対処するアリシアの動きに驚かされるばかりだった。


だが、その様子を、離れたところから窺っている男の姿があった。眼光の鋭い、ただそこにいるだけでどこか危険な雰囲気を放つ、まるで人間の姿をした野生の肉食獣のような印象の男だった。携帯電話に着信があり、男がそれを受ける。


「どうだ? あれが君の言っていたアリシア2234だ。お眼鏡に適うかね?」


その言葉を耳にした男の口元に、不穏な笑みが浮かんでいた。


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