千堂一行、ディナーに招待される

そのイヤリングは、ショーウインドウの隅の方にひっそりと目立たない感じで飾られていた。と言うのも、ここに買い物に訪れる人間達はテンションが上がっていることもあってかやや華美なものを好む傾向があり、決して良く売れる商品という訳ではなかったのだ。ただ、それ自体は、この地の有名アクセサリーショップが正規のライセンスを取ってこの地域限定品として作っているものなので、ファンにとっては垂涎ものの品でもある。しかしやはり、デザインが同じで色としてはもう少し強い色調のものがあり、そちらの方がよく売れるとのこと。


とは言え、それはあまり興味のない人間から見ても品質も高いしっかりした品だったし、何よりここに来なければ手に入らない品だったから、アリシアの選択は申し分の無いものだと言えた。


「ありがとうございます! おかげでいいプレゼントが出来ました!」


綺麗にラッピングされた上に丁寧に紙袋に入れられたそれを手に、廣芝が嬉しそうに笑う。それはまさに子供のような笑顔。その様子を見守る千堂の姿は、まるで若い父親のようにも見えた。


そうやって一日目はショッピングを楽しみ、二日目には全員でビーチに来ていた。もっとも、千堂はジムで水泳はするが海水浴にはあまり興味が無い。単に海風に当たり寛ぎたかっただけだ。


またアリシアは、ロボットだからそもそも泳がないし、防水は完璧と言えど、水、特に海水はあまり好きではなかった。しかもあまり長く海風に当たっていると、体に塩分がこびりつき粉をふいたようになってしまうというのもある。そうなると洗浄に時間もかかるし思わぬトラブルの素になる可能性がある。彼女はただ、千堂の傍にいられればそれでいいのだった。


それに加えて、例の<人類の夜明け戦線>と名乗る者達のテロに警戒しなければいけない。人間のように浮かれている訳にはいかないのだ。


と言っても、その後の捜査等により、<人類の夜明け戦線>と名乗る者達は、言動こそ過激だが、それを構成している人間達はせいぜい若者の不良グループ程度の能力しかなく、組織そのものも基本的には脆弱で、社会的な脅威としてはそれほど高いレベルのものではないことも判明してきていた。油断さえしなければ大きな被害が出るほどのものではなかったのだ。


ただその一方、使っている武器は決して陳腐なものではなく、強硬なゲリラやテロリストも愛用しているような強力なものでもあった。だから、背後には大規模なテロネットワークの存在もうかがわせるのだが、さすがにその辺りは警察などに任せるしかない。


しかもこのビーチリゾートは、ニューヨハネスブルグ一の規模を誇る警備会社と警察とが連携し、ここ十年、大きなテロは起こっていないという場所。それ故、廣芝慈英努ひろしばじぇいどら社員四人は水着に着替え、文字通りビーチリゾートを満喫することが出来ていたのだった。


同じように観光に来ていた女性達と親しくなったりして、見るからに羽を伸ばしている。すると、四人が突然、千堂とアリシアのところに戻ってきたのだった。数人の女性を連れて。


「こんにちは、またお会いしましたね」


陽気な感じで声を掛けてきたその女性に、千堂もアリシアも見覚えがあった。


「タラントゥリバヤさん!」


アリシアが嬉しそうに声を上げる。そう、ニューヨハネスブルグへ向かう社用ジェットでキャビンアテンダントとして乗務していたタラントゥリバヤ=マナロフであった。


友達のように互いに手を取り大きく振るタラントゥリバヤとアリシアを見ながら千堂が、


「君らもリゾートで?」


と声を掛けた。


グラマラスでその存在を強く主張するボディラインを際どいビキニで包んだタラントゥリバヤは、千堂と固く握手をした。とても女性とは思えない力強さだった。千堂でなければ力負けしていたかも知れない。そんな彼女に、千堂は微かな違和感を感じた。千堂の手を握る彼女の力の入れ方に、単なる力強さとか快活さではない、どこか挑みかかるような挑発的なものがあったように感じがして。


それは、これまでにも数えきれないくらいのいろいろな人間と握手を交わしてきた千堂だからこそ気付けたものかもしれない。その中には、決して友好的なだけではない、明らかに戦いを挑もうとする者達も少なくはなかった。千堂を欺き、陥れようとする者も少なからずいた。そういう者達から感じたものと、どこか近いものがあるような気がしたのだ。


ただ、この時は敢えてそれを表には出さなかった。自分の思い過ごしという可能性もある。また時には性格的にやや乱暴な握手をする者もいる。彼女も単に激しい気性を内に秘めた女性なのかも知れなかった。


彼女はフライト明けの休暇でここに来ているのだと言った。千堂達の泊まるホテルの隣のホテルの滞在してるのだと言う。そこでこの再会を祝してディナーに招待したいと彼女は申し出たのだった。


取り立ててそれを拒む理由もなかった為、千堂はその申し出を受けた。彼女に何らかの意図があるとするなら、そこで判明するかも知れないとも推測。


そして、千堂一行と、タラントゥリバヤが率いるキャビンアテンダント四人とのディナーが決まったのである。


とは言え、千堂はそういう出会いにはさほど興味も無く廣芝は既に付き合ってる彼女がおり、他の三人も妻帯者である為、本当に食事を楽しむだけの集まりになるのだが。


日が暮れて一旦ホテルに戻った千堂一行及びタラントゥリバヤ一行は、彼女が宿泊しているホテルに併設されたレストランのオープンテラスで一堂に会することとなった。


今回は彼女らがホストとして、千堂らを歓待することになる。しかしこう言っては失礼だが、一介のキャビンアテンダントにしては大変に立派なディナーであった。


普段は日本食を好む千堂ではあるものの、こういう食事の場に招待されることも多いことから、自分の好みを主張せず何でも口にする。社員達四人も、思わぬ豪華な食事に大いに盛り上がっていた。


一方、アリシアはと言うと、ロボットである以上、当然ながら人間の食事は摂れない彼女はただ、千堂の隣に佇みその場の雰囲気を楽しんでいた。彼女にとってはそれが何よりの御馳走だった。食べるということを知らないから、それを羨ましいとも感じないのだ。ただ人間が幸せそうにしているのを見ることで、満たされるのである。


そんな時間が流れ、アリシアもその場の雰囲気に酔っていた陰で、しかし不穏な空気をはらんだ者達が怪しい動きをしていることに、この時はまだアリシアでさえ気付いていなかった。


それほどまでにその者達の動きは洗練された隠密性を発揮し、アリシアどころかそこを警備しているロボットさえ欺いている。そしてどうしても躱し切れないロボットに対しては極細のワイヤーで繋がった小さな端子を打ち込み、操った。それは、以前、千堂の屋敷を襲撃した誘拐屋達が使っていたものと同じであった。


しかし、それまでは完璧な動きを見せていたその者達の行動に、小さな綻びが生まれた。まるで影そのもののようだったそのうちの一人が小さな段差につまづいて、手にしていた箱を落としてしまったのだ。


それ自体はよくあることだった。人間がミスで何かを落とすくらいのことではアリシアも警戒しない。だがそれはあくまで、落としたものが危険物でない場合である。落とした箱からこぼれ出たものは、まぎれもなく手榴弾だった。しかも殺傷力の高い、細かい金属片をまき散らすタイプの。アリシアもあの時、それをいくつも身に着けていた。その記憶が、彼女に危険を告げていた。


その瞬間、彼女はその場にいた全てのロボットに対し警報を発する。


『武装集団が周囲を包囲しています! 皆さん、人間を守って!!』


アリシアの信号を受けたロボット達が反応したと同時に、最初の爆発が起こったのだった。


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