千堂一行、オフを満喫する

その日は翌日と合わせた二日間、四週間に及ぶこの出張の中で唯一と言っていい完全オフの日だった。他は、午前オフ、午後オフという感じで丸一日休みになることがないのである。


「ということで、今回、アフリカ内海のリゾート地で骨休めをすることになった」


アリシアと、同行していた社員四人の前で、千堂がそう発表した。アフリカ内海とは、ネオアフリカ経済圏「GLAN-AFRICAグランアフリカ」各都市に囲まれた、火星では珍しい<海>である。ただしその大きさは、地球のカスピ海ほどしかない。これでも、百年近い時間をかけてここまでの大きさにした、技術と努力の結晶である。


そんな海は、そのほぼ全周がリゾート地として開発されていた。今回は、ニューヨハネスブルグにおける最大のリゾート地での休養となる。


「スケジュールの都合上、宿泊は全員同じホテルということになってしまうが、オフだからもちろん行動は自由。ただし、羽目を外し過ぎてその後の業務に支障が出るようなことは、出来れば避けてもらいたい。以上だ」


まるで引率の教師のようにそう説明すると、廣芝慈英努ひろしばじぇいどを始めとした社員達は「はい!」と大きく声を声を上げて頷いた。それを確かめて、千堂はアリシアに向き直って言う。


「まずはショッピングにでも行くか?」


その提案にアリシアが異を唱える筈もなく、こちらも「はい」と二つ返事で頷く。だがその時、千堂に対して遠慮がちに声を掛けてくる者があった。


「あの、すいません。僕はニューヨハネスブルグは初めてなので、どこに行けばいいのかとかいうのも分からないんです。だからご一緒させていただいてもいいですか?」


廣芝慈英努だった。他の三人は、千堂とアリシアが一緒にいることになった経緯を知っていた為、『空気を読めバカヤロウ!』と言いたげな顔になっていたが、当のアリシアが彼に向かって穏やかに微笑みかけ、


「ええ、いいですよ。ね? 千堂様」


と快く受け入れる。千堂もアリシアがそれを望むのならと受け入れてくれた。すると他の四人もそれならばと、結局、全員で一緒に行動することになってしまったのだった。


そういう訳で顔ぶれ自体はこれまでと変わり映えなかったが、その雰囲気はさすがにリラックスしたものとなっていた。一応それでも、六人で固まって行動するというのではなく、大まかな待ち合わせ場所だけを決めてそれぞれお目当てのショップなどに行く形にはなったが。


ただそうなっても廣芝慈英努だけは千堂とアリシアの後をついてくる形で、行動を共に。


廣芝慈英努は、飛び級で大学に進み先期に卒業したばかりの二十歳の若者だった。だからまだ学生気分どころか子供っぽさも抜けきっていないかった。真面目で優秀な若者なのだが、いかんせん幼い。優しくしてくれたアリシアに対して懐いてしまったようだった。


見た目には十代半ばから後半に差し掛かった程度のアリシアよりはさすがに年上に見えるものの、傍目には完全に、『外見が幼く見える姉に甘えてその後をついて行く弟』という感じだろうか。または、『自分の面倒を見てくれていたロボットからまだ離れられない大学生』にも見える。


実際、子供の面倒をロボットに任せっきりにしていた世帯では、子供が成人してからもロボット離れが出来ず、無理してロボットを購入してローンが返せず自己破産するケースもあったりして、ちょっとした問題ともなっていた。何しろロボットは人間と違い決して理不尽なことを言わず、自分のことを全て認めてくれるのだから、居心地が良すぎるというのもあるのだろう。


ただそれは、綿密に調査してみると、人間の親が育児放棄をし、その代償としてロボットに任せきりにしているというケースが多いというのも分かっていた。実の親に振り向いてもらえないストレスから精神的に成長出来ずにロボットに依存してしまっているものと考えられている。情報を精査すると、ロボットが子供と接している時間が限りなく十割に近付くほどその傾向が強くなるというのも判明している。


もちろん、そういう風に育った子供がすべてそうなる訳ではなく、茅島秀青かやしましゅうせいのようにロボットに強く反発する者も中にはいる。あくまで、そういった傾向が見られるというだけだ。


ロボットは人間と違って感情的になったりしないし、いつまででも優しい笑顔のままで子供の相手をしてくれる。ただそれは、ある意味では演技でしかない。人間の本質を育てることが出来るのはやはり人間だということを改めて人間に対して突きつけている出来事とも言えた。ロボットはあくまで、人間の補助をするだけの存在だ。疲れていたり体調が悪かったりどうしても時間の都合がつけられずに子供の相手を出来ない時にその穴を埋めてくれるだけの存在でしかなく、それに任せきりにしてしまうと人間としての根幹の部分が育たないのである。自分で感じ、自分で考え、自分で判断し、自分で決断し、自分で責任を負うという、人間としての根幹の部分が。


当然だろう。ロボットは自分で決断しない。命じられたこと、あらかじめ決まられたことしか出来ない。それを見習って育ってしまうと、自分で判断出来ない、指示されたことしか出来ない部分も受け継いでしまうのだから。


そういう点でも、どれほどロボットが進歩しようと、人間は人間、ロボットはロボットでしかないということがより鮮明になるだけと言えるだろう。


廣芝慈英努は、その意味ではかなり理想に近い環境で育った人間だったが、彼の場合はやはり『ようやく大人になりかけた子供』という感じだった。これから社会人として経験を積み一人前になっていくそのスタートラインに立ったばかりなのだ。千堂もその辺りは承知しているし、何より今日は仕事ではない。ハードなスケジュールを強いてきたのだから今日と明日くらいはリラックスしてもらえばいいと考えていた。


すると廣芝が、アクセサリーショップの前で足を止めた。それに気付いたアリシアも足を止めて振り返る。ショーウインドウの中に陳列されたアクセサリーを覗きこみながら何か思案している廣芝に彼女は声を掛けた。


「どなたかへのプレゼントをお探しですか?」


まるで店員のようなそれに、廣芝が少し慌てたような顔をした。


「あ、いえ、彼女に何かプレゼントとかした方がいいのかなって思って」


それを耳にした途端、アリシアの表情がパッと輝いた。


「まあ! お付き合いされてる女性がいるんですね! きっと喜ばれると思います。どういうのをお探しですか?」


ますます店員ぽくなる彼女の話し方に、その様子を見守っていた千堂が苦笑いを浮かべた。彼も少しショーウインドウを覗き込んでみたが、千堂から見るとやや若者向けの印象があり、逆にどれを選べばよいかピンとこなかった。だから敢えて口は挟まず、アリシアと廣芝のやり取りを見守ることに徹する。


「お相手の方はお幾つぐらいの女性でしょう?」


アリシアの問いに「二十二だったと思う」と廣芝が応えた。


「年上の女性なのですね。その方はどういうものを好まれるのでしょう? 好きなキャラクターなどはありますか?」


その質問には、地球で二十世紀終盤辺りから数百年にわたって愛され続ける定番の猫をモチーフにしたキャラクターの名前が告げられる。それは、幅広い年齢層に今でも高い人気を誇り、母から娘へ、娘から孫へとそのグッズが引き継がれるほどのキャラクターだった。


「なるほど素敵です。では、好きな色などは分かりますか?」


と訊かれて、


「ピンク…いや、桜色ってやつかな?」


と応える廣芝に対し、アリシアは満面の笑みを見せて言った。


「では、ピッタリのものがありますよ!」


そう言ってアリシアが指し示した先には、決して華美ではないが淡いピンク色の、廣芝の彼女が好きだというキャラクターをモチーフにしたイヤリングがあったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る