アリシア、ショッピングに付き合う
一方、千堂はと言うと、
「あなたはチャーミングなだけでなく、美しくなりましたね。素晴らしいことだと思います」
と、彼女が成長したことも感じ取ってくれていたらしい。それだけでも照れてしまい、彼女のメインフレームは大きく揺さぶられた。顔が赤くなる機能でもあれば、それこそ真っ赤になっていただろう。
そしてこの日は、すぐに屋敷の方へは向かわなかった。前回も途中で湖を見渡せる高台にやってきたりもしたが、今回はショッピングである。
そうなのだ。アリシアがメイトギアである以上、主人の買い物に付き合うくらいのことが出来なければ話にならない。
「行けるか?」
と問われたが、彼女は当然、
「行けます」
と応えた。
そのまま街の方へと自動車を走らせ、ブランドショップなども多数並ぶこの辺りでは一番のショッピングストリートへ向かう。
元々は会社の備品だった彼女は、こういう処へ連れてきてもらったことも殆どない。彼女が起動する時は常に警護の仕事の為だったからだ。もっとも、特定の個人に所有されていた訳ではない彼女の場合、仕事の度に初期化されることも多かった為、たとえ連れてきてもらったことがあったとしても覚えていなかっただろうが。
「綺麗ですね」
それはアリシアの素直な感想だった。華やかな街並みとそこを行き交う人々は、全て活き活きとしていて力を感じさせた。活力を感じさせる美しさだった。
そしてそこには、人間のショッピングに付き従うロボットの姿も散見された。それはアリシアシリーズだけでなく、多種多様なメイトギア達。中には少々武骨ないでたちのレイバーギアも少しだがいた。さらによく見ると、そのロボット達は皆、ちらりちらりとアリシアの方に視線を送ってくる。普通とは少々異なる信号を発している彼女を確認しようとしているのだ。データリンクを求めてくるロボットも多い。普通はそれを拒むことはないので、アリシアも拒まないようにした。下手に拒むと警戒される可能性があるからだ。これは『自分は危険なロボットではない』ということを知ってもらう為のロボット同士の挨拶のようなものだった。
データリンクと言っても本当に人間同士が行う挨拶や軽い立ち話程度の情報交換である。こういうところであれば、どこの店でセールをしているとか、ここの店は現在改装中で休みだとか、駐車場の空きはどうだとか、そういう内容なのだ。それで得た情報を基に、主人におすすめ情報を提示したりショッピングのプランを提示したりというのも、メイトギアの役目と言える。
もし、千堂の屋敷に来たばかりの頃のアリシアがここに来ていたら、アリシア2305-HHSに警戒されたように周りの殆どのロボットから警戒され、迂闊に近付けばそれこそ事故になってたかも知れない。だが今はもう、その危険は無いと言ってよかった。だからこそあのテストに合格出来たのだ。
千堂に付き従って、彼女は歩いた。他のロボットと同じように、当たり前のこととしてこの場の風景に溶け込んだ。ただ、ここにいるロボットの多くは、元々のボディデザインに加え、あるものは上着を羽織り、あるものは帽子を被るなど、それぞれの主人なりの一工夫が加えられていた。やはり人間に近い姿をしているだけにそういうアレンジも加えやすく、主人のセンスをアピールする手段としても用いられているというのもある。
あと、ショッピングに来ているのは女性が多い為か、男性型のメイトギアの比率が若干高いのも特徴かもしれない。これがスーパーのような日常の買い物をする場所であれば、特に着飾ってもいない標準状態の女性型メイトギアが殆どだったりするのだが。
その為か、アリシアは少し肩身が狭そうだった。外見上は完全な標準状態の自分が千堂の傍にいるのが申し訳ないように感じていたのだ。とは言え、千堂自身はそんなことを気にする性分ではない。彼はどちらかと言えば質実剛健に近いタイプの人間で、本人も着飾ったりするのは好きではなかった。だから見栄を張るつもりなど毛頭なかったのだが、同時に、自分の大切な家族にプレゼントの一つも送らないほど愛想の無い男でもないこともまた事実。
すると彼は一軒の店にすっと入って行った。その店は決して立派な店構えをしていない、どちらかと言えば質素な感じの小さな店だった。そこは、ジュエリーショップだった。店内にも、豪華で人目を惹くような、ジュエリーそのものが存在を主張する感じのものは見当たらない。だがよく見ると、シンプルで、しかし間違いなく美しいと感じるジュエリーが並べられてもいる。
千堂は躊躇うことなくカウンターに待機していた店員に声を掛けた。
「頼んでいたものは届いているかな」
そう声を掛けただけで店員は静かに頷き、背後の棚から手慣れた感じで小さなケースを取り出した。
「こちらでございます。千堂様」
何一つ無駄のないそのやり取りは、千堂がいかにこの店を馴染みにしているかを物語っているだろう。ケースを開けて中身を確認した彼は、「これで」とカードを差し出し会計を済ませた。そして受け取ったケースを持ちアリシアをの方に向き直ると、それを開きながら。
「おめでとう。アリシア。これは見事テストに合格した君へのプレゼントだ。本当は合格が決まった日に渡したかったのだが、デザイナーが気紛れな人物でね。昨日やっと届いたそうなんだ」
「…え?」っという表情をして、一瞬、彼女は事情が呑み込めてないようだった。だが、自分の前に差し出されたケースに入れられたものを見て、ようやく意味が染み込んでくる。
それは、シンプルなのに確かに美しい、小さなダイヤがあしらわれたピアスだった。しかもロボットであるアリシア用に特別にしつらえられた、彼女の為だけのピアスだった。
「千堂様、これを、私に…?」
呆然と言葉を漏らす彼女に、彼はふっと微笑んで。
「そうだ。お前のものだ」
その言葉に、アリシアは自分の顔を手で覆う。それは間違いなく、驚きと嬉しさで涙が溢れてきてしまった時の仕草だった。
「さあ、着けてごらん」
千堂に促され、彼女はさっそく、ピアスを手に取り、自分の耳に着けた。こんな細かい作業さえ危なげなく出来るアリシアシリーズならではの姿だった。こういうアクセサリーも着けられるように彼女の耳には元からピアス用の穴が開けられているのだが、彼女はそれを使うことになるとは思っていなかった。
「やはり似合うよ。さすがだな」
彼女を見る千堂も嬉しそうに微笑む。アリシアはもう何も言えずただ頭を下げた。ロボットの自分にここまでしてくれる彼に、なんてお礼を言えばいいのかも分からなかった。こういう時に使う定型文ならすぐに検索出来るが、どれも今の自分の気持ちを伝えるには足りない気がしてしまう。
彼を好きになって本当に良かったとまた思えた。それどころか、彼を好きにならない方がおかしいとさえ思った。だがそれは、彼女が彼女だからこそのものでもあることにアリシアはまだ気付いていなかった。アリシアだからこそ、千堂はここまでしてくれるのだ。
ジュエリーショップを出たアリシアは、とても誇らしい気分だった。決して目立つことはないかも知れないが、主人である千堂からとても特別なものを送ってもらえた自分を誇りたい気分だった。
千堂の後に付き従う彼女の姿は、ほんの少し胸を張っているようにも見える。さっきまではロボットばかりが彼女のことを見ていたのに、今度はすれ違う人間までが自分のことを見ているような気がしていたのであった。
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