13日目 秀青、アリシア2234-LMNと対峙する

『今すぐ、茅島秀青かやしましゅうせい様を解放し、その場から下がりなさい』


仁王立ちになったアリシア2234-LMNがそう警告してきた。もちろんロボット同士の通信の内容だからそう喋ったわけでもないし人間には聞こえないが、人間に理解出来るように解読するとそういうことになる。それに対し、アリシアはあくまで低姿勢だった。


『はい、分かっています。失礼しました』


アリシアがすっと秀青をおろすと、彼は少し残念そうな顔をした。しかし、ゆっくりと後ろに下がる彼女が視線を向けている先に目をやると、全てを理解したようだった。その表情がみるみる不機嫌そうになり、そして言った。


「お前、来てたのか。お祖父さんの命令か?」


彼を迎えに来たアリシア2234-LMNからはまだ百メートルほどの距離がある。しかし、大声を出す必要が無いことを彼は知っていた。


「私の最上位命令者は、勝昭まさあき=ミシェル=茅島様です。勝昭様の命令でお迎えに上がりました」


発声を調整し、百メートルの距離を感じさせないよく通る声でアリシア2234-LMNがそう応えた。それは暗に、秀青が両親の暗証番号を用いて設定を書き換えたことを表していた。


最上位命令者とは、ロボットの納品時にメーカー側により設定される、それ以外のあらゆる命令者よりも優先されるべき人間のことである。普通はオーナーが登録されるのだが、それ以外の人間を登録することも可能だった。これは、ユーザー側で設定を変えられるペアレンタルコントロール等の設定よりも上位に位置するもので、メーカー側の権限を用いないと変更出来ないのだった。つまり、これもまた、秀青が何か特殊な方法で設定を書き換えた訳ではないことを示している。


だが、秀青にはもっと腑に落ちないことがあった。それは何故、このアリシア2234-LMNに自分のいる場所が分かったのかということだ。彼の行動を予測してということも考えられるが、明らかにこの場所にいるのが分かっていて迎えに来たかのようなタイミングの良さが気になったのだ。険しい顔で彼は問い掛けた。


「何で、僕の居場所が分かった?」


今は、GPSを搭載していないデバイスを探す方が難しいくらいにGPSが普及しており、盗難品や落し物の捜索にも気軽に使われるほどである。だから彼は、そういうものが搭載されていそうなものは一切持たずに出て来た筈だった。邪魔されたくなかったからだ。にも拘らず、何故、自分のいる場所が分かったのか。ましてや他人の私有地の中など、捜索の優先順位としては最下位を争うくらいに低い候補地の筈。その秀青の問いに、アリシア2234-LMNの答えは冷淡だった。


「私にはそれをお答えする権限がありません。しかし秀青様の安全に対する勝昭様の配慮だということは申し上げておきます」


彼には、その答えだけで十分だった。その答えだけで理解出来てしまうくらい、彼は敏い子供だった。


「僕の体にチップを埋め込んでるんだな?」


そう言った彼の声は、嫌悪感を隠そうともしない憤りが込められたものだった。彼の言葉に今度はアリシアがハッとなった。GPS用の信号など珍しくもないから意識してなかったが、言われてみれば確かに彼の体から信号が発信されているのが分かる。


現在、ペットに対してはチップの埋め込みが、飼い主の義務として法制化されている。しかし人間に対しては、本人の承諾なしには行えない。だが実際には、迷子防止や誘拐対策の為に<保護者の権限として>子供にチップを埋め込むことが黙認されている状態だった。法律上はグレーの行為である。厳密には違法なのだが、やはり誘拐等への対策としてはそれなりに有効とみられ、また乳幼児などの場合には本人の同意を得ることも実質上難しいことがその背景にあった。とは言え、人間をまるでペットのように扱うその行為に対する嫌悪感が根強いこともまた事実。そして秀青も、その一人だった。


「お前らは、また……!」


そう呟いた彼の体に力が入るのを、アリシアは感じていた。それは紛れもない憤りであり、憎悪と言ってもいいほどのもの。彼のバイタルサインがそれを示していた。だから彼女は声を掛けた。静かに、穏やかに、彼の怒りを溶かそうとするかのように。


「秀青さん。もしよかったらまた明日も来ませんか? 私、お付き合いしますよ」


その声にハッと振り向いた彼がそこに見たのは、手を後ろで組み、少し前屈みになって微笑みながら自分に語り掛ける<少女>の姿だった。


今、自分が憤りを向けていたロボットと全く同じ外見をしている筈なのに、どこからどう見ても人間にしか見えない彼女の姿に、彼は思わず見とれてしまう。そのあまりに愛らしい姿に、少年は魅了されていたのだ。


しかし、それに水を差すものがいた。


「それは認められません。勝昭様のご命令により、秀青様には私が同行いたします」


アリシア2234-LMNだった。冷静で平板で、同時に取り付く島の無い断固たる意図を伝えてきていた。だがそんなアリシア2234-LMNに対し、秀青は少しもひるまない。


「黙れ! 勝昭=ミシェル=茅島の孫である茅島秀青が、勝昭=ミシェル=茅島の代理人として命じる! お前は口を挟むな!! 完全待機! そこで待ってろ!!」


代理人宣告。それは、最上位命令者が命令を出せない状態の際に、一時的な代理として命令を発する為に行うものだった。一般にはあまり知られてるものではなく、よほどロボットに精通した者でしかその仕組みは理解していないそれを、秀青は使ってきたのである。


代理人は、宣告を行えば誰でもなれるというものでなく、命令者の序列で言えば三番目の者までしかなれない。しかも、最上位命令者の命令に逆らうような命令は受諾されず、あくまで最上位命令者が命令を出せない場合の応急措置的なものでしかなかった。この場合、最上位命令者である勝昭がこの場におらず、かつ、本来は序列四位だった秀青が設定を書き換えたことで序列二位になっていた為に有効な命令として受諾されたということだ。ちなみに本来の序列二位は秀青の母親で、序列三位は彼の父親(婿養子)である。


ただし、有効な命令として受諾されたのは『口を挟むな』と『そこで待ってろ』だけであったが。『完全待機』は、一切ついてくるなという意味なので、秀青に付き従うように改めて出された勝昭の命令とは相反する為、無効であった。一応、序列二位の秀青が普通に命令したとしても聞き入れられてた可能性はあるが、戦闘モードが起動するかも知れないような危機的状況とアリシア2234-LMNが認識しているので、秀青の保護が最優先となって命令は聞き入れられない可能性もあり、代理人宣告を行った方が確実であったのは確かである。なんにせよ、これでアリシアと話すのを邪魔されることはない。


そんな彼に、アリシアは言った。ふわりとした柔らかい笑顔で、彼を真っ直ぐに見詰めながら。


「秀青さん。そんなに怖い顔しないでください。私達ロボットは、人間の幸せをいつも願っています。確かに命令通りにしか動けなくて不器用かもしれませんけど、秀青さんに幸せになってほしいと思ってるのは本当なんです。私も、秀青さんのアリシア2234-LMNもです。


いいじゃないですか。秀青さんに付き従うのは彼女の役目なんです。彼女に仕事をさせてあげてください。私もロボットの一体として、お願いします」


美しい姿勢で立ち、そこから深々と頭を下げた彼女の姿に、彼はまた呆然と見とれた。そんな彼女が発した言葉もまた、彼の心に深く沁み込んでくる。


秀青は思った。


『……そうだ。ロボットはあくまでロボットだ。命令されたことに忠実に従うのは、すべて人間の為なんだ。ロボットに裏表はない。悪意もない。仕事が忙しいとか言い訳もしない。ただ言われたことをするだけだ。ロボットがムカつく真似をするなら、それは命じてる人間の意図が反映されてるだけなんだ……』


彼女に言われると、なぜか素直にそう思えてしまう。


「……」


改めて自分に付き従うアリシア2234-LMNの方を見た秀青の表情は、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかであった。


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