第33話 王子は妖術妖精を書き換える

「さあ、ギラ。決着をつけようか」


そう言って俺が床にぶちまけたのは、大量の妖精だ。


いや、正確には、大量の妖精の死骸である。


胴を裂かれ、首をちぎられ、羽をもぎ取られた妖精たち。


トラキリアの城内に潜伏していた妖精どもの成れの果てだ。


「なっっ……! み、みんな!?」


ギラ・テプトがうろたえた。


「トラキリア城内にいた妖精は一匹残らず狩り尽くした」


「な、なんてことをしてくれたんだ、おまえええええっ!?」


「それはこっちのセリフだ。ずいぶん好き勝手してくれたな、ギラ・テプト」


俺とギラの会話に、マクシミリアン兄さんが戸惑って言う。


「な、何を言っているのだ? この妖精どもの死骸はいったい……」


「兄さん、しっかりしてくれ。兄さんはこの妖精にたぶらかされていたんだよ。今回の敵兵はエルフだけど、それを都合のいいほうに誘導していたのは妖精どもだ。まあ、エルフに妖精の『テンプテーション』は効きにくいから、全面的に妖精が黒幕ってわけじゃないみたいだけど」


「なんだと!?」


「どういう……ことだよ!? どうして僕は動けない!? どうしてみんなが殺された!? それも、人間なんかに!!」


「苦労したぜ。この『星眼』を手に入れるまでにはな」


俺が自分の額を指差して言うと、


「なっ……せ、星眼だって!? 馬鹿な! 星眼はずっとずっと昔に妖精が位相の奥に封印したはずだ!」


「へえ、やっぱり知ってるのか」


星見の尖塔にあった伝承はほぼ真実だったってことだな。


いや、尖塔にあった伝承は、星眼の真価を伝えきってはいなかった。


「『星眼』にできるのは、何も異なる位相を見ることだけじゃない。そこに流れる運命の暗号ゲームデータを読み取り、部分的に改竄することができるんだ」


この世界がゲームなのか現実なのかはいまだによくわからない。


ただ、星眼によってその「データ」にアクセスできることは実際にやって確かめた。


「妖精は、『そこにいるのにそこにいない、そこにいないのにそこにいる』。頓知めいて聞こえるが、ゲームという概念を噛ませれば単純なことだ。妖精は、データなんだ」


たとえば「りんご」という言葉がそこにあったとする。


その言葉は「りんご」のイメージを想起させるが、実際にりんごを生むわけではない。


まあ、妖精の場合はもう少しややこしく、データがこの地上に悪さをしたり、実体を持って「確定」されたりもするんだけどな。


「妖精が倒せないのは、確定された実体ですら、妖精の『本体』ではないからだ。妖精の本体は異なる位相にあるデータだ。そのデータを破壊しない限り、妖精を倒すことはできない。魔眼をもつエスメラルダが妖精を倒せるのは、魔眼がデータの処理に干渉するからだ」


エスメラルダの魔眼は、培養脳を使った機械学習を行っている。


つまり、この培養脳もまた、データを生む。


魔眼の破壊状態がセーブデータ間で引き継がれたのも、魔眼の存在が異なる位相の側に大きく食い込んでるせいだ。


俺は魔眼を使ったことがないから細かいことは不明だが、魔眼の異なる位相への干渉能力を利用することで、妖精の「本体」にダメージを与えられるようになるってことだろう。


まだ完全に解明できたわけではないのだが、セーブ&ロードをしてもなくなることのない俺の意識もまた、データとして同じような領域にあるのかもしれない。


「異なる位相ってのは、データだとも言えるし、肉体を離れた魂の存在する領域だとも言えるだろう。この世界風の理解なら、妖精に代表される魔の存在が住む世界の精神面と言うのがいいのかな」


「な、にを……言って、るんだ?」


「地球風に言うなら、妖精はプログラム上で生きるウィルスのようなものなんだ。でも、この世界はゲームのデータが『現実』となって具現化するという奇妙な仕組みになっている。かといって、すべてがデータにすぎないわけでもない。物質的な世界の上に、Carnageのゲームデータがかぶさって『現実』を書き換えてる? グレゴール兄さんがいろいろ考えてくれたけど、正直言ってわけがわからん」


「わけが……わからないのはこっちだよ!! どーしてくれるんだよ、これぇっ!? こんなの……こんなの、ゼンゼンたのしくないじゃん!!?」


ギラ・テプトが、仲間の死骸を指差して叫んでくる。


「ふっ、はははっ!」


俺は笑う。


必死の形相のギラを見ると、笑えて笑えてしかたがない。


「な、なにがおかしいんだよ!?」


「ギラ……おまえが楽しくないほど、俺は楽しい。少しだけだが、おまえの気持ちがわかったよ」


「くあああっ!? ムカつく! ムカつくぅぅぅっ! つまんない、つまんない、こんなのゼンゼンつまんないよおおおおっ!!」


「そのつまらない人生だが……そう簡単に終わらせてやるつもりはない」


俺はギラに近づき、その身体を右手でわしづかみにする。


「い、痛っ!」


「だろう? 星眼の力でおまえの本体に直接触れてるからな。こうして、力を入れると……」


「あぎゃあああっ!? 痛い、いたいいたいたい、いやだ、いたい、やめて、やめろよおおおっ!」


「ただのデータでも、自我を持ってるんだ。その情報量は膨大で、その構造は複雑。それを直接いじくられるのは、人間が頭の中をかき回されるのに等しい」


「うううぐぐうううがああああああぎいいいいい」


「面白い声で鳴くな、ギラ・テプト」


「お、おい、ユリウス! おまえ、その妖精にどこまでの恨みがあるのだ!?」


ギラを痛めつける俺に危ないものを感じたのだろう、マクシミリアン兄さんが言ってくる。


「まあ、簡単に説明すると、こいつはマクシミリアン兄さんに俺たちきょうだいへの疑念を吹き込み、兄さんに俺たちを殺すよう仕向けた。もし俺が何もしなかったら、兄さんは俺たちを捕らえて公開処刑してたんだ。しかも、俺たちが処刑される寸前になって、こいつは兄さんの洗脳を解き、兄さんに自分が取り返しのつかないことをしたという絶望を味合わせる……」


「な、なに!? だが、なぜそんなことがわかるんだ!?」


「俺はその光景をこの目で見た。こいつは遊び半分で俺たちきょうだいに殺し合いをさせた。詳しい説明はこのメモを読んでもらえばわかる」


俺は左手でポケットから紙の束を取り出し、兄さんに渡す。


兄さんがそれに目を落としているあいだに、


「……ギラ。おまえほどのデータ量をもつ存在を完全に消すのは厄介だ。星眼をもってしても時間がかかる。他の妖精ならものの数秒でよかったんだけどな」


「ぐぎぎぎいいいいい、そそそそれなら、離せせせ……よ!」


「妖精はデータだ。データのサイズに限界はない。長生きした妖精は、若い妖精とは比較にならないほどのデータを持つ。これを単純に上書きしようとしても、俺の脳で処理しきれる量には限界がある。地球風に言うなら……そうだな、パソコン内のファイルを、手作業でひとつずつ消してく感じだ。消したつもりでも復元できたりするから厄介だよな」


「なななななにを言っててててるるるるんんんんんだだだ」


「だから、おまえのデータにべつのデータを上書きすることに決めたよ。『本人』からのご所望もあったしね。他に同じくらいのサイズのデータがないから、俺の手持ちのデータで上書きする」


「や、やめめめ、やめろろろ、やめろおおおおっっ!!」


「わからないなりに、ヤバいことされてるのはわかるみたいだな。どうだ、生きながらにして自分を書き換えられる気分は?」


「ぎぎぎぎががががぐぐぐぐ……」


「他人におもちゃにされるのがどういう気分かわかったか? 反省したか?」


俺は「書き換え」をいったん緩めてそう聞いた。


「は、反省した、反省したよ! もう二度とユリウス王子には関わらない! 本当だ! 信じてくれよう!」


「どうせ、気分次第でまた何か仕掛けてくるに決まってる。反省したのは結構だが、おまえの反省を真に受けるほど、今の俺はお人好しじゃないんでね」


「そ、そんな! 反省した、反省したって言ってるじゃないか! こんなの、ちっともたのしくな――」


「俺は楽しいぞ。こんなことを楽しむような人間になってしまったことに悲しさはあるけどな。それもこれも……もとをたどればおまえらのせいだ!」


俺は「書き換え」を加速する。


「ぎぎぎ」だの「ががが」だのと、声というよりは電子音のような声を漏らすギラ。


「書き換え」が進むとともに、その姿が変化していく。


無邪気な永遠の美少年といった感じだった容貌は、やや大人びた少女のものに。


輝く金色の巻毛は、黒くつややかな長髪に。


花弁を逆さにしたような服は、地球の「キモノ」をアレンジしたようなものに。


黄色みのかかった透明だった羽は、すみれ色へと変わっていく。


俺がギラ・テプトの書き換えに使ったデータ。


それは、俺の脳裏に蘇った地球のCarnageプレイヤー「ショコラ」さんの記憶だった。


完全に変身を遂げたギラ――いや、妖精サイズになったショコラさんが目を開く。



「……はじめまして、ユリウスくん」



いつか動画で聞いた通りの声で言って、ショコラさんが微笑んだ。

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