第32話 王子はついに星眼を手に入れる

「できた……」


俺はテントの中で、クラフト台の上に現れた蒼い球体を見てつぶやいた。


魔脳眼100個の回収は大変だったが、以前エスメラルダ撃破の準備のためにやった周回よりは全然マシだ。


「ショコラ」さんの攻略法があっても、エスメラルダが強敵であることに変わりはない。


魔眼の機械学習を撹乱するのに有効なソードウィップを使ったフェイントだが、戦いが長引くと魔眼は俺のフェイントのパターンを学習し、フェイントが徐々に効きづらくなってくる。


俺はフェイントが入ること前提の最低限の能力しか持ってない。

そのフェイントが通じなくなれば、あっというまに形勢が逆転する。


常に死と隣り合わせの緊張感の高い戦いなのだが、俺はそんな緊張感に既に慣れてきていた。


死んでもやり直せることからくる安心感はもちろんある。


しかし、死やその直前の痛みへの恐怖はなくならない。


そのわりに、キツい戦いそのものには慣れつつあるのは、たぶん「ショコラ」さんの影響だ。


「ショコラ」さんは、ほとんど勝ち目のないような条件設定のもとにVRRPG・Carnageをやり込んでいた。


しかも、そのプレイを動画投稿サイトで配信していたらしい。


「ショコラ」さんにとって百戦百敗は決して珍しい話ではない。


攻略の糸口を掴むまでに、千回を越えるテストプレイをしていることもある。


そんな状況で、一回一回の負けを気にしていたらとてもやってられないだろう。


「ショコラ」さんはきわめて淡々とプレイする。


プレイしながら分析する。


かといって気持ちが入っていないわけではない。


むしろ、攻略への算段が立証できる予感に身震いしながらプレイしている。


もちろん、この「現実」はゲームではない。


俺は死ぬたびにかなりの苦痛を味わう。


それでも、「ショコラ」さんの感覚が徐々に俺の中に蘇るように湧いてきて、俺の感覚を侵食している。


エスメラルダ戦の準備をしていたときにも、「ショコラ」さんの感覚がフラッシュバックすることはあった。


だが、その頻度は、今回の魔眼回収周回ではっきりと増えていた。


おそらく、「ショコラ」さんの編み出した戦法を繰り返し使っているせいだろう。


エスメラルダ相手にフェイントを仕掛け、際どい攻撃を避ける瞬間に、俺のものではない感覚に襲われる。


その感覚のおかげで窮地を脱したことも多かった。


俺が思い出せる「ショコラ」さんの記憶の範囲も徐々に広がった。


「ショコラ」さんがゲームプレイの配信で生計を立ててたらしいことも、つい最近になってわかったことだ。


……話が脱線したな。


俺はクラフト台に現れた蒼い球体――ついに完成した星眼を手にとった。


大きさは、魔眼と同じくらいだろう。


眼球のように弾力のあった魔眼とちがい、星眼はガラス玉のように硬質だ。


外側から中心に向かってコバルト色の線が無数に走っていて、中心部は成層圏のような暗い藍色になっている。


コバルト色の線や藍色の闇の中で、絶え間なく銀色の光が瞬いていた。


「作ったはいいけど……やっぱり目をくり抜いてこれを入れないといけないのか?」


妖術妖精ギラ・テプトには晴らさずにはいられない深い恨みがあるが、片目を犠牲にできるかと言われるとためらってしまう。


決断を先延ばしにしてひとまずはもっとよく観察しようと、星眼を目の前につまみ上げて覗き込む。


すると、星眼がひとりでに俺の指から浮き上がった。


「うおっ!?」


のけぞる俺を追いかけるように星眼が近づいてくる。


避けようとしたが、それより早く、星眼が俺の額に激突した。


いや、激突したと思ったが痛みはない。


慌てて額を触ってみる。


いつもどおりの自分の額の真ん中に、覚えのない縦のシワが増えていた。


しっかり触らないとわからないようなかすかなシワだ。


俺はテント内のドレッサーを開き、鏡に自分の顔を映してみる。


「……これ、か?」


額のシワは、パッと見ではわからないほどの浅いものに見えた。


だが、俺がシワのあたりに意識を凝らした途端、そのシワがばくりと開いた。


「う、うわっ!?」


シワの奥には、星眼があった。


「……埋め込まれたってことか?」


二つの目とはべつに額に現れた星眼は、まさに第三の目という感じだ。


「前頭葉っていうのか。脳と直結してる感じか……?」


意識してみると、これまで両目で見ていた視界に、わずかに高い位置からの「視界」が重なっているのがわかった。


すこし青白いその視界は、意識することで濃くも薄くもできるようだ。


星眼を閉じていてもある程度は透けて見えるようだが、開いたほうが視界がよりはっきりする。


「まさか、これが妖精がいるっていう異なる位相なのか?」


そうとわかれば、さっそく試してみるか。



 †



俺は、データをロードして星眼の効果を確かめた。


驚くべき効果だった。


この成果をもとに、グレゴール兄さんやアリシアにも相談して、ギラ・テプト戦の構想を練り上げた。


セーブ&ロードでいくつかの検証を行い、すべての段取りを整えたところで、俺は貿易都市ユードスへと転移する。



【セーブ】

 スロット41

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

   貿易都市ユードス・街門前

  942年双子座の月4日 06:55

  「ギラ戦準備完了」



念のために転移先のセーブポイントでセーブを済ませると、俺は見張りの騎士に声をかけた。


「ゆ、ユリウス殿下!? い、今は危険です! マクシミリアン殿下がユリウス殿下を即刻処刑するようにとの命令を全軍に発しています!」


「その誤解を解くためにやってきた」


「し、しかし……」


マクシミリアン兄さんの様子がおかしいと気づいているのだろう、騎士は俺を制止しようとしてくれる。


「大丈夫だ。誤解は必ず解ける」


さらに何度か問答をかわすと、俺の本気をようやく悟り、騎士は俺をマクシミリアン兄さんのところに案内してくれる。


案内されながら、俺は閉じたままの星眼で、周囲の様子を探ってみる。


妖精は、その数が多いとは言いがたい。


下調査でも、現在ユードスにいるのはギラ・テプトだけだとわかってる。


「あの……お荷物をお持ちしましょうか?」


案内の騎士が俺に聞いてくる。


騎士が言うのは、俺が肩にかけた大きなずた袋のことだ。


城の倉庫にあった適当なもので、王子が王子を説得する場面には、どう見てもふさわしくない。


「いや。大丈夫。これは必要なものだから」


「は、はぁ……」


首をかしげる騎士を促し、俺はマクシミリアン兄さんの逗留する宿へと着く。


「ユリウス! 貴様、よくおめおめと顔を出せたものだな!」


マクシミリアン兄さんが憎悪に顔をどす黒く染めて詰め寄ってくる。


その兄さんをかわして、俺は額の星眼を全開にした。


兄さんの背後に浮かんでいたギラが、目を見開いて俺を見る。


だが、そのギラを、俺のほうでも捕捉している。


それだけじゃない。


俺がギラを捕捉したことで、ギラの存在は地上へと確定された。


兄さんが驚いた顔で俺の額の星眼を見、次に、俺が見ている兄さんの背後へと振り返る。


「なっ……妖精か!?」


「な、なんだよ、これ!? や、やべえ、やべえよ! 身動きひとつできないじゃないか!」


ギラは、中空で身をよじり、なんとかそこから逃げようとしている。


その動きを、俺は星眼で封じ込める。


「さあ、ギラ。決着をつけようか」


俺は担いできたずた袋の口を開くと、その中身を宿の床へとぶちまけた。

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