第34話 王子は次の目標を見据えている
無事、妖術妖精ギラ・テプトを「倒した」俺は、マクシミリアン兄さんを連れて星見の尖塔前にファストトラベルし、グレゴール兄さんとアリシアを呼んで、全員をキャンプのテントへと招き入れた。
もちろん、ギラのデータを上書きして生み出した地球のプレイヤー「ショコラ」さんも一緒にいる。
俺はこれまでの経緯を改めて全員に共有した。
額の星眼を開いて見せたときには、アリシアが跳び上がって驚いてた。
「……というわけで、エスメラルダもギラも倒すことができた。今回の一件も、さすがにこれ以上こじれることはないだろう」
俺の言葉に、一同が安堵の息をつく。
「油断は禁物だよ、ユリウスくん」
俺の目線のあたりに浮かぶ妖精姿のショコラさんが言った。
ショコラさんは、長い黒髪に着物という日本人形のような妖精になっている。
もとが妖精だけにかなり美形になった……のかとも思ったが、彼女の記憶からすると、ショコラさんはもとからこれに近い見た目だったようだ。
「いえ、油断はしませんけど……ショコラさんはまだ裏があるかもしれない、と?」
「それはわからないわ。でも、Carnageがとっても性格の悪いゲームだってことは事実だから」
「その場合でもロードはできるわけですし」
「ユリウスくんは感覚が麻痺してるみたいだけど、君が苦しむのをわざわざ見たいとは思わないわ」
「そうですよ、お兄様。お兄様が死ぬ前提でものを考えないでください」
「わ、わかったよ。考えてみれば、ロードし直すってことはみんながそれだけひどい目に遭ってるってことだしな」
仮にやり直せるにしても、その回数は少ないに越したことはない。
「あの、ショコラさん」
「なに?」
「ショコラさんは、この『現実』がゲームなんだと思いますか?」
「うーん……悩ましいわね。でも、これはログアウトできなくなったVRゲームだ!なんてわかりやすい話じゃないことは確かでしょうね。ユリウスくんが以前考えてた通り、現実は現実よ。地球の仮想現実技術でも、ゲームの中に人を閉じ込めるなんてことはできない……はず」
「はず、というのは?」
「現実に、わたしはゲームそっくりの世界に『転生』しちゃったわけだしね。転生なんて事態を認めるなら、他のどんな可能性も認めるしかなくなるもん。それくらいありえないことがわたしの身には起こってるの。でも、これはまちがいなく現実でしょうね。その部分を疑い出すと、何も信じられなくなってしまうわ。これはたしか、前にグレゴール……殿下も言ってたわね」
「グレゴールで構わないよ、ショコラさん。僕が以前にしていた話というのは?」
グレゴール兄さんが俺に聞いてくる。
「たしか、俺たちがこの世界がゲームでないかと疑うことと、地球人が自分の現実がゲームではないかと疑うことのあいだに、本質的な違いはないはずだ……って話だったと思う」
最初にグレゴール兄さんを助けた時の進行で、グレゴール兄さんがそんな話をしてた。
ショコラさんは、セーブポイントを初めて見てから現在に至るまでの俺の一連の経験を共有している。
俺もショコラさんの「前世」の記憶はほぼ完全に取り戻している。
その記憶をギラ・テプトの膨大なデータにコピー&ペーストして生み出したのが、この妖精姿のショコラさんというわけだ。
厳密には、前世のショコラさんの記憶を元に再構成したコピーということになるが、「この」ショコラさんの主観で見る限りでは、前世からいきなりこの世界に「転生」したのと同じことだ。
では、前世のショコラさんはどうなったのか?
当然浮かんでくる疑問なのだが、肝心のその部分の記憶が曖昧だ。
そもそもオリジナルのショコラさんはCarnageをプレイして配信するあいまに食事や睡眠などの必要最低限の「生活」を済ませる、という、かなり偏った暮らしを送っていたらしい。
「前世の最後の記憶がないっていうのがねー。いったいどんな死に方をしたんだか。それとも、死んでないのかもしれないけど」
「……なんだか、あっけらかんとしてますね?」
アリシアがショコラさんに言った。
「好きだったゲームの世界に転生!なんて、配信者としてはむちゃくちゃ美味しいからね。まあ、この世界からじゃ配信もできないんだけどさ」
「元の世界に戻りたい、とは思わんのか? 安全な世界だったのだろう?」
マクシミリアン兄さんがショコラさんに聞く。
「そうね。身の安全を考えれば元の世界に戻りたいかなー? でも……なんていうのかな。元の世界って、『もう終わった』世界って感じなんだよね」
「もう終わった世界?」
俺が聞くと、
「人類は、ついに自らを越える知性体――人工知能を造り出しました。人類の生産能力はそう遠くないうちに消費能力を軽く上回ることになるでしょう。すべての人が、ほしいものをほしいだけ手に入れられる世界がやってくる。実際、人工知能によって職を奪われた失業者たちは、人工知能が稼いだ分の税収からベーシックインカムをもらって暮らしてるの。最低限の文化的な生活が営めるだけの額が、すべての人に行き渡ってる」
「それは理想郷なのではないか?」
マクシミリアン兄さんが聞いた。
「ところが、人間には承認欲求っていう厄介なものがあるのよね。自分は役に立つとか、他人より優れてるとかって思われたい。人工知能という『ママ』に養われるだけの人生はむなしいものよ」
「そういうものか」
マクシミリアン兄さんは難しい顔で首をひねるが、俺にはショコラさんの言うことがわかった。
「ああ、わからなくもないぜ。俺は第三王子という、恵まれてはいるが、誰の役に立つでもない立場に生まれたからな」
「ちょっとお兄様。そういうおっしゃりかたはやめてください。お兄様は自分で思っているよりずっと立派なかたです。それは、今回のことがなかったとしても、です」
「いや、べつに自虐のつもりじゃなかったんだけどな」
俺は頬をかいて、ショコラさんに聞く。
「それで、終わった世界っていうのは?」
「なんていうのかなぁ。他にやることもないからみんなして面白いことやって盛り上がろうとしてるんだけど……なんか薄っぺらいんだよね。そこに切実な感情がないから、笑いも上辺だけのむなしいものになっちゃうし」
ショコラさんは、言葉を選ぶように宙をくるりと回転した。
「何もしなくても生きていられる世界で、何をして生きていけばいいのかって話ね。ほんの十数年前にはあったはずのいろんな苦悩や葛藤が、基礎給付がもらえるってだけで過去のものになっちゃった。物語を読んでも、登場人物の苦悩や葛藤に共感できない。だって、それはもう人工知能が解決済みの話なんだもの。娯楽の大半が過去の遺物と化して、地球人は生きる楽しみを失いかけていたわ。今はまだ、もやもやしてるだけの段階だけど、将来的にはきっと深刻な問題になったでしょうね」
「それが『もう終わった世界』というわけだね」
グレゴール兄さんがうなずいた。
「今回、ユリウスくんのなかにわたしが『転生』したのがなぜなのかはわからないわ。でも、必死にがんばるユリウスくんを見てたら、ああ、これが人間なんだって思ったの。地球人が失いかけているものを、ユリウスくんはとても大事にしてる。転生した先がユリウスくんでよかったと思ってるわ」
「そうか? 苦労なんてレベルじゃなかったぞ……。こんな体験、しないで済むならそのほうが絶対いい」
「それはたしかにね。ユリウスくんからしたら、『他人事みたいに簡単に言いやがって、この平和ボケしたクソアマが!』ってことになるんでしょうけど……」
「いや、そんな口の悪いことは思ってないから!」
薄々思ってたけど地球人――とくにインターネット上の地球人は口が悪い。
「わたしは、ユリウスくんからいろんなことを学べると思う。地球では、学ぶことの意味すら薄れかけていたの。学ばなくたって生きていけるんだもん。そりゃそうなるわよね。だから、わたしにとってユリウスくんは新鮮だった。ま、早い話、『面白かった』ってことなんだけど」
ショコラさんのぶっちゃけた言葉に、俺たちは揃ってずっこけた。
「いい話っぽかったのに、最後のでぶち壊しだよ!」
「人生、楽しまなくちゃ損よ。前向きに、前向きに」
「そりゃそうだけどさ」
「だから、わたしはユリウスくんの計画に賛成。せっかく目の前に信じられないような謎が広がってるんだから、じっとしてる手はないわ」
「そっか。ショコラさんがいてくれるなら心強いよ」
「うん。頼むわよ、相棒!」
ショコラさんが俺にウインクした。
それに慌てたのがアリシアだ。
「ち、ちょっと待ってください! ユリウスお兄様の『計画』ってなんのことですか!?」
「ああ、これから説明するよ」
俺はみんなに向き直り、咳払いをしてから切り出した。
「――俺はこの国を出ようと思う」
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