第27話 王子はエスメラルダから妖精の秘密を聞き出した

マクシミリアン兄さんから事情は聞けた。


妖術妖精ギラ・テプトが兄さんに「テンプテーション」をかけた時間ははっきりしない。


星見の尖塔でのエスメラルダ撃破後データの時刻が「05:21」なので、その前か後かは確認したいところだ。



【セーブ】

 スロット24:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  貿易都市ユードス・街門前

  942年双子座の月4日 13:27

  「マク兄からギラを追い払った、事情説明済み」



念のためにセーブだけはしておき、



【ロード】

 スロット22:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  トラキリア城・星見の尖塔前

  942年双子座の月4日 05:21

  「エス戦後、ギラについて説明後」



このデータをロード。


星見の尖塔に出た俺は、「貿易都市ユードス・街門前」にファストトラベルで転移する。


最初に来た時とは別の見張りの兵に名乗りを上げると、驚かれながらも今回は素直にマクシミリアン兄さんのところに案内してくれた。


だが、兄さんは俺の顔を見るなり、憎悪に顔を赤くした。


「貴様っ! どうしてこんなところにいる!?」


「……くそっ。これは間に合わないみたいだな」


俺は初回と同じ流れを踏んで妖術妖精ギラ・テプトを追い払い、兄さんに事情を説明した。


一度見た流れとは言え、ギラの所業にいかり、きょうだいを疑ってしまった自分を責める兄さんを見るのはつらい。


ここでギラを逃してしまえば、いつまたちょっかいをかけてこないとも限らない。


ギラは、ギラの正体を暴いた俺に関心を持ってしまったみたいだしな。


まずまちがいなく、今後俺や俺の周囲に干渉してくるだろう。


今後の憂いを断つためにも、ギラがまだ俺を警戒していないこのタイミングで、一気にギラを仕留めてしまいたい。


そのためのヒントを得るために、俺はべつのデータをロードする。



【ロード】

 スロット7:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  トラキリア城・星見の尖塔前

  942年双子座の月4日 07:19

  「グレが囮になり尖塔到達、敵が近い」



かなり前のデータだ。


俺が最初に星見の尖塔に到達した時のデータだな。


このデータではノエルを始めとする多くの騎士が死んでいるので今後の本線にするつもりはないが、最も邪魔が少ない状況でエスメラルダと「話せ」そうなのはこのデータだろう。


尖塔前に現れた俺は、すばやく尖塔の裏に回り、「登攀」スキルで塔をよじ登る。


ひさしぶりなので崩れやすい箇所などを忘れていて、何度か足を滑らせかけたが、一度で無事に登りきることができた。


エスメラルダ戦の準備のための「やり直し」で、屋根の上などを含め城内はくまなく探索している。


あまり意識はしてなかったが、「登攀」の習熟度が上がってるのだろう。


ゲーム内で言うところの能力値の上昇や、他のスキルの習熟度もプラスに働いてるはずだ。


星見の尖塔の屋上は吹き抜けになっていて、最上階である星見の間を見下ろすことができる。


星見の間には、緊張感とともに対峙するアリシアとエスメラルダの姿があった。


その会話は既に聞いている。


最後にエスメラルダがアリシアを殺す流れだった。


正史にはしないとはいえ、アリシアが殺されるのを黙って見ているのは気分が悪い。


俺は吹き抜けへと身を踊らせ、


「――フローティング」


瞬間浮遊魔法で落下速度を落として着地する。


「誰だ!?」


「ゆ、ユリウスお兄様!?」


いきなり現れた俺に、エスメラルダとアリシアが驚いた。


「なにっ!? 貴様がユリウス第三王子だというのか? 聞いていたのと随分ちがうな……?」


エスメラルダが警戒も露わに俺を見る。


「お兄様! なぜここに……!?」


「悪いな、アリシア。今回は事情説明はなしだ。

 そう警戒するな、エスメラルダ。ちょっと話がしたくなっただけだ」


「なっ!? 貴様、どうしてわたしの名を知っている!?」


「……あー、そこからだっけか」


そういえばそんな流れだった。


俺のほうではもう嫌というほどこいつと戦ってきたから感覚が麻痺してるな。


「面倒な説明は省かせてもらう。あんたにとっても重要な用件になるはずだ」


「……いきなり現れて何を言っている?」


「まあ、そういう反応だよな。

 俺の用件は単純だよ。エスメラルダ、あんた――妖精に憑かれてるぜ?」


「な、に!?」


俺の指摘に、エスメラルダが弾かれたように視線を左右に飛ばす。


そして、星見の間の一点を睨みつけた。


「――そこか!」


「ヤバっ!?」


エスメラルダの手からソードウィップがほとばしる。


突然姿を現した妖精の羽の一翼を、鞭形態のソードウィップがもぎとった。


「ぐぎゃあああっ!」


妖精が空中でバランスを崩し、床に落ちる。


「わたしをたぶらかすつもりだったか! 原初の精霊に灼かれて消えろ、ヴォイドフレア!」


「うあ――」


妖精の姿がしろい炎の中に消えた。


断末魔の悲鳴ごと灼き尽くされ、妖精は跡すら残さず消え失せた。


硝子状になって溶け固まった床が、今の魔法の威力を物語っている。


「……あっけないもんだな」


俺はおもわずつぶやいた。


Carnage内では妖精は滅ぼすことができないとされていた。


その妖精を、エスメラルダはあっさり始末してしまった。


「ふん、礼は言わんぞ」


エスメラルダが俺に言ってくる。


「礼はいいが、代わりに教えてくれないか? 今、どうやって妖精を見つけたんだ?」


「なに? 貴様がいると言ったのではないか」


「いるとは言ったが、見つけたのはあんただろ?」


「そうか、普通の人間には妖精の位相が見えぬのだったか」


「妖精の位相?」


「答えてやる義理もないが……まあいいだろう。妖精は、他の種族とは異なる位相に住んでいる。それくらいは知っているだろう?」


「ああ」


ゲーム知識でも、妖精は異なる位相にいるから通常の攻撃が当たらないとされている。


じゃあ「位相」ってのは何か?


ゲーム内では漠然とした説明しかなかったようだが、「ショコラ」さんの知識ではこうだ。


まず、ドーナツを想像してほしい。


真ん中に穴のあいたリングドーナツだ。


そのドーナツの表面に、一つ点を置くとする。


この点は、ドーナツの表面上を自由に動ける。


この点は、ドーナツの表面上を動く限りにおいて、どこまでも途切れることなく、無限ループしながら動き続けることができる。


しかしこの点は、ドーナツの表面から離れることはできない。


だから、たとえばドーナツの穴の部分には、どう動いたところで到達できないことになる。


妖精はまさにこのドーナツの穴のような場所にいる存在なので、ドーナツ上で生きている他の種族には捕捉することができないのだ。


一方、妖精のほうからは、ドーナツの上の光景はよく見える。


近づいて、悪さをすることもできる。


もちろん、ドーナツの上に着いてしまえば他の種族から捕捉されることになるのだが、よほどタイミングが悪くなければ見つからないだろう。


ともあれ、プレイヤーから見ると、妖精というのは触れることのできない存在で、倒すことの不可能な「お邪魔キャラ」ということになる。


「妖精が異なる位相にいるというのは正しい。だが、その異なる位相とやらが言うほど広いわけではない。妖精以外の種族が存在する位相に対して、薄皮一枚程度の厚みしかないのだ」


「そう、なのか」


ドーナツのたとえでいえば、ドーナツの表面を薄くチョコレートが覆ってるような感じだろうか。


「そもそも、もし妖精がその位相だけで生きていけるのなら、地上に領土を持つ意味がないだろう。やつらが地上に領土を持つのは、妖精の位相が広くはなく、地上の空間と基本的には紐付いているからだ」


そこで、おずおずとアリシアが口を開く。


「妖精は異なる位相を通って別の場所に出ることができると聞きますが……」


「まれにそういう場所もあるというだけだ。どこでも通り抜けられるわけではない」


アリシアが指摘したことをドーナツの話に持ってくると、ドーナツの表面のある地点から、ドーナツの穴を経由して、反対側の表面に移動する、という感じになるだろう。


たしかに、妖精は離れた地点を行き来する能力を持っているらしい。


だがエスメラルダによれば、それはむしろ特殊なケースみたいだな。


……って、アリシアはよくこの状況で話に入ってこれたな。


アリシアなりに事情を推測して、俺が話を引き出せるようにしてくれてるのかもしれない。


「ともあれ、妖精はこの世界と薄皮一枚の場所にいる。人間には難しいが、エルフや天使、魔族のような魔力に優れた種族の中には、意識すれば位相をいくらか見ることができる者もいる」


「でも、見えたとしても、妖精をそこから引きずり出せるわけじゃないだろ?」


「ところが、そうでもない。妖精が姿を隠している状態というのは、『そこにいないのにそこにいる』、『そこにいるのにそこにいない』という状態だ。これは、他者に見られていない限りにおいて成り立つのだ。つまり、わたしがあの妖精を『見た』ことで、妖精は『そこにいるのにそこにいる』状態となった。それは単に『そこにいる』のと同じことだ。妖精は、他者に見られることによって、その存在が地上に確定することになる。他にも、『名前とともにその場にいることを言い当てられる』ことによっても、妖精はその存在を確定される」


「……頭が痛くなる話だな」


名前を言い当てることで妖精を引きずり出せることは知っている。


前々回、マクシミリアン兄さんに憑いたギラ・テプトをあぶり出した方法だ。


妖精は名前を言い当てられると姿を隠せなくなって逃走する。


それだけなら、ゲームの知識にも、王子としての常識にもあることだ。


「だが、名前を言い当てるだけじゃ妖精は倒せないだろう」


実際、ギラには逃げられた。


「ふん、そこまで答える必要はない」


「そのわりにはいろいろ教えてくれたな」


「奴らが嫌いなだけだ」


エスメラルダは吐き捨てるように言った。


「……ひょっとして、魔眼がらみか」


「なっ……貴様、なぜそんなことまで知っている!? いや、今更か。貴様がなぜわたしの正体を知っているのかはわからんが、わからぬなら聞き出すまでだ」


「あんたに拷問されるのは勘弁してほしいな」


「ならばどうする?」


「せっかくだ。修行に付き合ってもらおうかな」


俺は背中に、ソードウィップとデモンズブレイドを一本ずつ斜めにかけている。


前回は「ショコラ」さんの編み出した戦法で勝利した。


だが、あれは奇策にすぎず、エスメラルダ以外の相手には有効とは言いがたいやり方だ。


俺はデモンズブレイドを抜き放つ。


「ほう、わたしとやるつもりか?」


余裕を崩さずに、エスメラルダが目を細める。


「お、お兄様!? 彼女は相当な手練れです! ノエルですら歯が立たなかったのですよ!?」


アリシアが必死で俺を止めようとする。


「……やっぱり、この進行だとノエルはやられてしまったのか」


「何をぶつぶつと言っている? まあ、いい。力づくで聞き出せばいいだけだ」


「全力でやってくれよ。修行にならないからな」


「ほざけ!」


エスメラルダがソードウィップを鞭に変えて繰り出してくる。


流れるような動きだ。


まばたき一回にも満たない時間で、鞭の先端がもうこっちに迫ってる。


俺が踏み出すために体重をわずかに傾けた瞬間を狙いすました攻撃だ。


「未来視の魔眼」は機械学習でこちらの動きを読んでいる。


それは何も、敵の攻撃を避けるためだけのものじゃない。


こちらの回避行動もまた、かなりの精度で読まれるのだ。


「うぉっと……!」


俺はデモンズブレイドで鞭をいなした。


今の攻撃――「ビュートストライク」のスキルは射撃属性だ。


エスメラルダが初手に選ぶ確率が最も高い攻撃なので、俺は既に「射撃見切り」のスキルを覚えている。


「矢かわし」の上位互換スキルである「射撃見切り」の習得には、実に1000~2000回のジャスト回避が必要だ。


エスメラルダといったい何戦したのかは覚えてないが、このスキルを覚えたことからすると、数百回はやってることになるだろう。


エスメラルダのソードウィップは斬打射三属性の混合攻撃だから、「打撃見切り」と「斬撃見切り」のカウントも同時に稼げているはずだ。

実際、既にそれぞれの下位スキルである「殴打かわし」「白刃かわし」はもう覚えた。


エスメラルダはさらに魔法攻撃まで使ってくれるのだから、回避や防御のスキル習得には絶好の相手といえた。


しかも、ニューロリンクスキルは、自分より強い敵と戦っているときほど神経回路の形成が進みやすいことがわかってる。

スキルの習得判定も、強敵と戦っているときのほうが確率が高くなるらしい。


俺は、エスメラルダの呵責ない攻撃を、ギリギリでかわし、あるいはかわせずにくらいながら笑って言う。


「いいね! 実にいい! やっぱあんたは最高の『道場』だよ、エスメラルダ!」


「また、わけのわからぬことを!」


実力的には、エスメラルダは俺のはるか上を行く。


「ショコラ」さんの戦法を使わずに戦って勝てる目はほとんどない。


……いまはまだ、な。


「ちっ、もう限界か」


「ユリウスお兄様ぁっ!」


そんな絶望的な声を上げられると、さすがに罪悪感を覚えるな。


全身をくまなく切り裂かれ、おびただしい血を流し、片膝をついた状態だ。


アリシアの反応は当然だ。


「ふん、人間にしてはよく粘ったほうだと思うが、これまでのようだな」


「みたいだな」


「武士の情けだ、苦しまずに殺してやる――などと、わたしが言うと思ったか? ククッ、貴様をこれから拷問できるかと思うとたまらない。この戦いは、わたしを昂ぶらせるためのいい前座になってくれたようだ」


「あいかわらず趣味の悪いことで」


優位を確信したエスメラルダが、動けない俺に近づいてくる。


「だが、まだ油断しないほうがいいんじゃないか?」


「虚仮威しを。その状態で何ができるというのだ?」


俺のすぐ間近にまでやってきて、エスメラルダがソードウィップを俺の喉元につきつける。


「こうするのさ」


俺は、「自爆」すると強く念じた。


俺の身体が爆発し――



 GAME OVER



タイトル画面に戻された。

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