第28話 王子は魔眼を分解する

俺はエスメラルダから情報を引き出して死亡した後、タイトル画面から適当なデータをロード。

すぐにキャンプを選んでテントの中に入った。


俺は囲炉裏端にあぐらをかき、紅茶を淹れて気分を落ち着かせる。


「ずいぶんペラペラとしゃべってくれたな。まあ、勝ちを確信してたからだろうけど」


実際、最後には俺は敗北したのだ。


エスメラルダの判断はまちがってない。


俺がセーブポイントからやり直せたりしなければ、な。


「妖精を『見る』か『名前を言い当てる』ことで、妖精を異なる位相から地上へと引きずり出せる。異なる位相というから難しく聞こえるが、それは地上から薄皮一枚のところにあるらしい。だったら、薄いカーテンの向こうに隠れてるようなイメージでもそんなにまちがってないだろう」


問題は、そのカーテンが魔法のカーテンだってことだな。


「エルフ、天使、魔族のような魔力に優れた種族には、妖精の隠れてる位相がいくらか見えるらしい。じゃあ、俺が魔力を高めればいつかは見えるようになるのか?」


高位の魔術師が妖精を見た、という話はそれなりにある。

そのすべてが事実とは限らないが、全部が嘘とも思えない。


「でも、セーブ&ロードを使っても、能力値としての魔力を高めるのは難しいんだよな。スキルは引き継ぎバグが利くけど、俺の身体的な状況はセーブ時点のものに戻される」


たとえば、俺はエスメラルダと戦うための繰り返しで、たくさんのスキルを身に着けた。


ニューロリンクスキルは脳内の神経回路を読み取り、補う形で発動するものだ。


だから、死亡からのロードを経ても、リセットされずにそのまま引き継がれる。


だが、俺の身体的なスペックは、ロードすればその時点の状態に戻される。


魔力も、どうやら「戻される」部類に入るらしい。


Carnageでは、プレイヤーのステータスは数値では表示されていなかった。


いわゆるマスクデータというもので、プレイヤーは各種能力値を自分の感覚で把握するしかない。


これは、ステータスを数値で示すことがVRゲームとしての没入感を削ぐと判断しての仕様だろう。


実際、ゲーム知識にある限りでは、VRゲームの多くがそうした仕様になってたらしい。


HPがいくつ、MPがいくつ、攻撃力がいくつ、といった「ステータス」を直接確認する方法は、Carnage内には存在しない。


もちろん、この「現実」でも、ゲームの内部数値に当たる情報を見る方法などあるはずがない。


俺がエスメラルダ相手に安定して勝ちにくいのは、能力値の引き継ぎがないせいでもある。


「ショコラ」さんの攻略法があるとはいえ、俺の能力値はほとんど初期値に近いのだ。


一撃大きな攻撃をくらっただけで即死だし、こっちの攻撃が与えられるダメージも大きくない。


Carnageの場合、能力値よりはスキルの習熟度のほうが影響が大きいから、それでもなんとか戦える。


要するに、基礎能力の不足を戦術とスキルで補ってるわけだ。


「魔力を高める方法がないわけじゃないが、エスメラルダ並みの魔力を得ようとすれば、相当な期間修行する必要があるだろうな」


しかもその修行期間は、セーブ&ロードで「なかったこと」にはできないのだ。


「となると、やっぱり頼みの綱はこれか」


俺はポケットから、黒い球体を取り出した。


赤く縦長の虹彩があるその球体は、宿主が死してなお、こちらに静かな目を向けている。


もちろん、エスメラルダを倒したときに回収した「未来視の魔眼」だ。


「未来視のタネは機械学習による未来予測だったわけだが、それだけならエスメラルダが妖精をあっさり片付けられた理由がわからない」


俺は手のひらの上で魔眼を転がす。


「……まさか、自分で自分の目をくり抜いて、これをはめろ……なんて言うんじゃないだろうな」


肉体の状態はロードすればリセットできるとはいえ、できればそんなおそろしいことはしたくない。


エスメラルダを監視していた妖精はギラ・テプトの一味の一匹だ。


ゲーム知識によればギラ一味の下っ端の一匹だったらしい。


「ショコラ」さんの記憶には主要な妖精の名前がすべて入っていた。


外見的特徴からすると、さっきの妖精は「ヤー・プンカ」だろう。


ヤーは、ギラに比べれば実力的には数段劣る。


ヤーをどうやってか仕留めたエスメラルダだが、ギラを仕留められるかどうかはわからない。


「魔眼が妖精対策になるんだとしても……魔眼の何がどうなって妖精を倒せるようになるのかがわからないことにはな」


俺は魔眼をしばらくながめて、


「……よし。分解してみよう」


そうつぶやいて立ち上がる。


俺は囲炉裏端から離れ、クラフト台の上に魔眼を置く。


「『クラフト』による分解は……できないみたいだな」


代わりに、クラフト台の上に置いた魔眼の上に文字が浮かぶ。



『魔脳眼』



「『魔脳眼』……?」


魔眼じゃないのか。


分解はできないが、じゃあ、この「魔脳眼」を素材として何かをクラフトすることは?



『魔脳眼』×100→『星眼』



「星眼、ねえ……」


クラフト台は鑑定器ではないから、名前以上のことはわからない。


「星か……この城には『星見の尖塔』があるわけだけど」


星見の尖塔は、星を見て運命を占う占星術のために造られた塔だ。


とはいえ、占星術というのは、この世界でも地球同様オカルト扱いされている。


占星術では、星の運行に運命の変転を対応させ、未来を読もうとする。


「未来視の魔眼とは一脈通じてる……か? まさか、占星術で見る『星』っていうのは、異なる位相のことなのか?」


アリシアや、星見の尖塔にいるはずの占星術師になら、何かわかるかもしれないな。


だが、その前に、最初にやろうと思ったことをやっておこう。


「クラフト台で分解できないとしても、物理的に分解することはできるだろ」


俺はデモンズブレイドを抜き、その刃をクラフト台の上の魔眼へと押し当てる。


魔眼は微妙な弾力とともに二つに切れた。


濁った飛沫が飛び散り、断面からどろりとした灰色の何かがこぼれだす。


しわのよった、ぶよぶよとした灰色の粘土のような塊だ。


こんな塊を、俺は城での戦いの中で何度か見た。


死体の頭蓋骨からこぼれだしていたものとそっくりだ。


「の、脳……!?」


魔眼の中身は、脳だった。

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