第26話 王子は長兄に事情を話す

馬を飛ばし、街道を進むこと、七時間。


優秀な斥候兵なら五、六時間と聞いていたが、俺の乗馬の腕ではこれが限界だ。


エウデニア地方は森に覆われた一帯で、その北部は妖精領と接している。


位相を異にする妖精が現実世界で土地を持つ意味はあまりなさそうなのだが、なんの気まぐれか、あるいは深い意味があるのか、妖精たちは自分たちの領土に他種族が足を踏み入れることを許さない。


Carnageのゲーム知識によれば、滅亡したトラキリアの領土のうち、その北側は妖精領になったようだ。


その知識が先にあれば、今回のエルフによる奇襲の陰に妖精の存在を疑うこともできたかもしれない。


エウデニアの南側にある貿易都市ユードスに、マクシミリアン兄さん率いる巡察部隊が駐屯している。


俺は、ユードスの街門前に、ライムグリーンの発光体を見つけた。



【セーブ】

 スロット23:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  貿易都市ユードス・街門前

  942年双子座の月4日 12:44

  「ユードス到達」



一度ロードし直してファストトラベルしてもいいが、今の状態を見ておいても損はない。


俺は街門に近づき、見張りの兵に名乗りを上げた。


「第三王子、ユリウス・ヴィスト・トラキリアだ! 火急の用件があって、兄上であるマクシミリアン第一王子に面会を願う!」


「ゆ、ユリウス第三王子でありますか!?」


兵がうろたえた声を漏らす。


「どうした、証明が必要か?」


「い、いえ、わたしはマクシミリアン殿下麾下の騎士で、城でユリウス王子のお顔は知っております。ただ、その……」


騎士の様子を見れば察しがついた。


「わかっている。私とグレゴール兄上に謀反の疑いがかけられていることはな。だからこそこうして急ぎ罷り越したのだ。私一人で、マクシミリアン兄上相手に何ができるはずもないだろう。釈明の機会くらいは与えてくれてもよいのではないか? もとより、私たちが父上を謀殺したなどと、誰もが信じているわけではあるまい?」


「そ、それは、そうですが……」


なおも騎士が躊躇していると、


「――何をしている!」


門の奥から、聞き慣れた声がした。


何人かの騎士を引き連れて、俺の求めていた人物がそこにいた。


がっしりとした体格の、金髪を刈り上げた偉丈夫が、怒りに充血した瞳をこちらに向けている。


「マクシミリアン兄さん! 俺です、ユリウスです!」


「貴様っ! どうしてこんなところにいる!? まだ命令書は王都には届いていないはずだ! そうか、わが軍に内通者がいるのだな!? くそっ、どいつもこいつも俺を虚仮にしてくれる……!」


「ちがう! 聞いてくれ!

 ……って、言っても無駄だったな。

 それなら先に確かめるか。邪悪な妖精ギラ・テプト! そこにいるのはわかってるぞ!」


俺があたりに向かってそう叫ぶと、


「んおっ!? な、なんでわかったし!?」


オーロラ色のにじみから、ギラ・テプトが現れた。


こいつから聞き出すべき話はなにもない。


俺は無言のままギラに迫り、腰にさしていたデモンズブレイドで抜き打ちざまに斬りつける。


ギラは俺の剣をひらりとかわす。


「うひゃあっ! 怖い怖い! でも、その程度の魔剣じゃ僕は切れないよん?」


「ちっ、やっぱりか」


「どうやって僕のことを知ったのかわからないけど……バレちゃったらしかたないね。おとなしく退散することにするよ。ユリウス第三王子だっけ? 君ってばとってもおもしろいね! キャハハハっ!」


「待てっ!」


再び斬りつけるが、今度は消えゆくギラの残像を斬っただけだった。


「くそ、取り逃がしたか……」


現状、妖精を仕留められそうな手段がないから、こうなるとは思ってたんだけどな。


「な、んだと……?」


一方、今の流れを見ていたマクシミリアン兄さんは、目を見開いて凍っている。


「兄さんは妖精に惑わされていたんだ」


「だ、だが、俺の留守を狙っておまえたちが父を殺し……」


「父さんと母さんを殺したのは、正体を隠して奇襲をしかけてきたエルフだったよ。敵将はなんとか仕留め、エルフたちは捕虜にした」


「と、とうてい信じられぬ! グレゴールがいるとはいえ、エルフどもの奇襲を受け、父上たちが殺された状況で、なぜそんな結果に至るのだ!」


「う、それは……」


マクシミリアン兄さんの疑問はもっともだ。


「その説明をするには、時間がかかる。でも、妖精の『テンプテーション』がなくなった今なら、兄さんの意見も変わるだろ? そもそも、俺たちの言い分も聞かずに全軍に処刑命令を発するなんて、兄さんらしくもないやりかただよ」


俺の言葉に、近くにいた他の騎士たちもこっそりうなずいている。


「ぐ……そ、それは……その通りだな。もし謀反が事実だとしても、事情を問いただす必要がある。ことがことだけに、裁判にかけるのが適切なやり方だ。いや、それ以前の問題として……おまえたちが父を殺すはずがないではないか!」


ようやくまっとうな結論に至ってくれたみたいだな。


「順を追って説明するよ。ただ、時間もかかるし、秘密にすべきことも多いと思う」


「う、む。わかった。部屋を用意させよう」


時間のことを考えると、そこのセーブポイントからテントに入ったほうがいいのだが、兄さんはまだ混乱してるからな。

いきなり、謀反したと思いこんでた相手に得体のしれない場所に誘われて、ついてきてくれるかはわからない。


「――おい、誰か!」


騎士に命じて部屋を用意させる兄さんに、俺はひとまず安堵の息をついたのだった。



 †


「なんだと!? おのれ、妖精めぇぇぇっ! ただでは済まさんぞ!」


事情を聞き終えた兄さんが、顔を赤くして机に拳を叩きつける。


兄さんの拳で机が真っ二つに割れてしまった。


マクシミリアン兄さんは、武人だが温和な性格で、怒りのままに何かを壊してるところなんて見たことがない。


だが、ギラ・テプトのやったことの一部始終を聞かされて、激怒しないほうがおかしいだろう。


「俺もなんとかして仕留めたいんだけど、妖精だからね。仕留める方法がわからない」


ギラは他にも一味の妖精がいるようなことを言っていた。


そいつが、エスメラルダに「テンプテーション」をかけ、アリシアを殺させないようにしていたらしい。


ひょっとしたら、他にも何体もの妖精が城に入り込んでいたのかもしれないな。


「先々のことを思うと、妖精は確実に一掃しておきたい」


「うむ。まったくだ。しかし、エルフに妖精とは……なぜわが国だったのだ?」


「エルフは、魔族と人間を対立させるため、妖精はそこに漬け込んで事態を紛糾させため、かな」


「そのような卑劣な謀略のために父上は殺されたというのか……!」


兄さんの怒りはもっともだ。


「しかし、エルフは妖精の天敵と言われているのではなかったか? そのエスメラルダという女将軍も相当な実力者だったのだろう? なぜ妖精どもはエスメラルダに干渉できた?」


「そういえばそうだね。妖術妖精ギラ・テプトとその一味はゲームでも悪名高かったから、エスメラルダ相手でも『テンプテーション』がかけられるのかもしれないけど」


「そもそも、エルフはなぜ妖精の天敵と言われておるのだ? エルフには何か妖精に対抗できる手段があるということではないか?」


「……そうか」


たしかに、兄さんの言う通りだ。


今回は妖精にしてやられた形のエスメラルダだが、本来ならば何らかの対策があったのかもしれない。


「これは……直接聞いてみる必要があるな」


「直接聞くだと? その女将軍はおまえが既に討ち取ったのだろう?」


「その前のデータから再開すれば大丈夫だよ」


「その……『げーむ』とやらの話は、俺にはいっこうに呑み込めぬ。おまえの話を疑うわけではないのだがな」


「それが普通の反応だと思うよ」


あっさり理解してしまったグレゴール兄さんやアリシアが異常なのだ。

俺も正直、今でさえ呑み込みきれない感じがするくらいだ。


「それにしても、強くなったな、ユリウス」


俺を見て、感じ入ったように兄さんが言ってくる。


「そう、かな」


「うむ。数え切れぬほど『やり直した』というのもうなずける。愚直に努力を続けたものだけが至りうる境地におまえは既に達している。今俺とやりあったら、負けるのは俺のほうかもしれんな」


「いや、さすがに兄さんには勝てないって」


エスメラルダは、「ショコラ」さんの攻略法があったからこそ、ハメ殺しにすることができたのだ。

あの攻略法なしの真っ向勝負なら、俺は百戦して一勝できるかどうかだろう。


マクシミリアン兄さんも武芸で知られた人で、魔法を反射する固有スキル「白銀しろがねの鎧」を持っている。

兄さんと戦うなら、純粋に剣技だけで勝負するしかない。

その条件だと、勝率だけならエスメラルダを相手にするのと大差はないと思う。


でも、もしマクシミリアン兄さんとエスメラルダが戦ったとしたら、結果はエスメラルダの圧勝になるはずだ。


たしかにエスメラルダの魔法攻撃はマクシミリアン兄さんには効かないが、エスメラルダは防御魔法も使いこなす。

正統派の剣を使う兄さんは、ソードウィップのような変則的な武器は苦手だろう。

ソードウィップは斬打射三属性の特殊な武器で、さすがの兄さんも三属性すべての見切りスキルは持ってない。


何より、エスメラルダには魔眼がある。

単純な技量でもエスメラルダは兄さんと同等以上だろうが、それに未来が視える(正確には予測できる)魔眼が加われば、エスメラルダの勝ちは揺るがない。


しかし、エスメラルダがマクシミリアン兄さん相手に相性がよかったとしても、他のエルフ兵にとってはそうではない。

魔法は「白銀の鎧」で弾かれ、得意の弓も兄さんなら余裕で対応できるだろう。


エスメラルダがマクシミリアン兄さんが留守のタイミングで奇襲をかけたのは偶然ではないはずだ。


それでも、トラキリアの守りのかなめを自任する兄さんにとって、自分の留守を狙われたのは忸怩じくじたるものがあるのだろう。

その上、妖精の「テンプテーション」できょうだいを処刑する命令まで出してしまったのだ。


兄さんは立ち上がり、その大きな両手で俺の肩をがっしりとつかむ。


「……ありがとう、ユリウス。よくぞ、アリシアやグレゴールを守ってくれた」


「兄さん……」


「俺は自分が情けない。妖精の妖術にむざむざとかかり、おまえたちへの疑心に取り憑かれるとは……」


「あまり気に病まないでくれよ。ギラ・テプトは妖精でも屈指の妖術使いなんだ」


「だとしても、だ。俺のおまえたちへの信頼は揺らぐことのない確かなものだと思っていた。だが、それは一種の慢心だったのだろうな。おのれの内なる疑心に目を向けず、ただ信じる一辺倒では、疑念を吹き込まれた時に土台から揺らぐということか」


兄さんがそう言ってため息をつく。


……まあ、頭から信じ込んでいたからこそ、疑念を吹き込まれたときに弱かったってことはあるかもな。


心のどこかでちょっとでも疑ったことがあれば、「いや、そんなはずはない」と打ち消す経験も積んでるだろう。


兄さんは俺たちのことを疑ったことがなかったせいで、急に疑いが生まれたときの「免疫」がなかったということだ。


でも、


「そういうこともあるかもしれないけど……やっぱり妖精の『テンプテーション』がそれだけ強力だってことだよ。信じる気持ちを強くするよりも、妖精の存在を事前に察知したり、妖術を無効化したりすることを考えたほうがいいと思う」


「うむ、それが現実的なのだろうな。しかし、ユリウスからそうした意見が聞けるとは……短い間で成長したようだ。いや、おまえにとっては長い時間なのだったか。どうもいまだに混乱してしまう」


「……兄さんから見て、そんなに違って見えるの?」


「ユリウスが、数え切れぬほどの死線をくぐってきたのは見ればわかる」


「そうなのか……」


自分ではよくわからないが、人から見ると違うのかもな。


アリシアやノエルも同じような反応をしてた。


正確には、死線をくぐってきたのではなく、毎回死んでたわけなのだが。


「兄さんのもとにギラが現れたのは何時だかわかる? なるべく正確に知りたいんだけど」


「ギラがいつ現れたかはわからぬな。そもそも、俺は奴に気づいておらなんだ」


「じゃあ、兄さんの俺たちへの気持ちが急に変化した時間は?」


「ううむ……悪い夢を見て目が覚め、そのときには既に疑心に取り憑かれていたようだ。目が覚めたのは明け方だった」


「ユードスには時計塔や鐘はなかったっけ?」


「聖堂の鐘が毎朝午前7時に鳴るはずだ。だが、今日は鐘どころではなかったからな……。すまぬな、はっきりとはわからぬようだ」


「いや、確かめればわかることだから大丈夫だよ。さっそく前のデータから確認してみる」


「それもよいが、今後の動きを相談しておきたいのだが……」


「ええっと、セーブしてからでもいいかな? もしエスメラルダ撃破後のデータからすぐにここに飛んでギラを追い払うことができるんだったら、そっちの進行を本線にしたいから」


「む、むう? よく意味がわからんぞ」


「ああ、えーっと。セーブしてから説明するよ」


まあ、セーブしたらすぐに前のデータをロードするから、セーブした後に俺が兄さんと今後の打ち合わせをする未来は訪れないことになると思うのだが……兄さんにわかるように説明するのは難しいな。

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