第25話 王子は妖精への対策を考える

俺の怒りは、なかなか収まらなかった。


子どもの頃から穏やかな性格と言われることが多かった俺だが、それでも許せないものは許せない。


俺たちきょうだいの仲を利用し、マクシミリアン兄さんに俺たちを殺させた。


しかも、もうどうしようもなくなった瞬間を見計らって、マクシミリアン兄さんの洗脳を解いた。


処刑場に響いたマクシミリアン兄さんの魂の張り裂けるような絶叫が、まだ耳に残って離れない。


そんなことを、あの妖精は、遊び半分に、自分がたのしむためだけにやったのだ。


「妖術妖精ギラ・テプト……!」


一口に妖精といっても、その悪質さにはかなりの個体差がある。


ちょっとものを隠したり、食べ物をくすねたりして、人が戸惑うのを見て喜ぶ程度の、いたずらの範疇にとどまる妖精もいる。


むしろ、ほとんどの妖精はその程度のいたずらしかしないらしい。


中にはいたずらをせず、人の役に立つことをする善なる妖精もいるというのだが、王子としての俺はそんな事例を聞いたことがない。


ギラは、妖精の中でも最悪の部類に入るという。


悪意なく、ただたのしむためだけに、人の心を砕いて回る、札付きの邪悪な妖精だ。


俺は、血文字のタイトル画面を睨みながらつぶやいた。


「エスメラルダが片付いたと思ったら、今度はギラ・テプトかよ……」


一難去ってまた一難……どころではない。

一難の中にもう一難がひそんでたってことだ。


怒りはいまだに煮えたぎっているが、頭は徐々にギラへの対策に向かって回りだす。


「……今回、ギラが俺の前にのこのこ姿を現したのは大失策だ」


ギラは、最後まで姿を隠していることもできたはずだ。


それなのに、あえて俺の前に現れた。


もちろん、処刑される寸前の俺をあざ笑ってたのしむためだろう。


妖精は企みを巡らせはするが、そこに深い計画性など存在しない。


こうしたほうがおもしろそうと思ったら、それまでの計画を放り出し、おもしろそうなほうに飛びつくのだ。


だから、ギラには「大失策」なんて概念はない。


そもそも策ってものを考えられないのが妖精なんだからな。


何か考えてるように見えても、それは目先のたのしさを求めてのことだ。


ともあれ、ギラが姿を見せたことで、俺は妖精が介入しているという事実をつかんだ。


ギラがぺらぺらとしゃべったことの中にはヒントも多い。


あとは、セーブ&ロードで早めに妖精を始末すればいいだけだ。


もっとも、


「……妖精を始末、か」


それこそが難事なのだ。


妖精は、他の種族とは存在の位相を異にしていると言われている。


そこにいるはずなのに、そこにはいない。


そこにはいないはずなのに、そこにいる。


まるで頓知のようだが、「ショコラ」さんの知識によれば、もう少しそれっぽい解説もできる。


ここに、ドーナツがあるとしよう。


そのドーナツの表面に一点を起き、その一点を表面に沿ってまっすぐに動かしてみる。


その一点は、表面上を移動する限りにおいて、永遠にドーナツの上をループする。


この点が俺たち人間なのだとすると、妖精はドーナツの真ん中にあいた「穴」である。


ドーナツの「穴」は、そこにあるともいえるし、ないともいえる。


穴のないドーナツはドーナツと呼べない以上、ドーナツのリングの真ん中に穴は「ある」。


だが、ドーナツの穴だけを取り出すことは不可能だ。


ドーナツのリングの部分を取り去ってしまえば、そこにはもう何も残らない。


その意味では、ドーナツの穴は実在しない。


この世界がドーナツのリングであり、俺たち人間がドーナツ上で生きているのに対し、妖精はドーナツの穴にいる存在だ。


……うん、まあ、こうして説明してみると、これも結局頓知じゃないかと思えてきたけどな。


Carnageでも、妖精を倒すことは基本的にできないとされていた。


一応、妖精にも弱点はある。


名前だ。


妖精は名前を言い当てられると、姿を隠していることができなくなる。


その状態で一部の特殊な魔法や神術をくらえば、妖精といえどただでは済まない。


エルフ、魔族、天使が妖精の天敵とされるのには理由があるということだ。


「今回の場合、マクシミリアン兄さんに憑いてるのはギラ・テプトだとわかってる」


処刑命令が届く前にマクシミリアン兄さんに接触し、ギラ・テプトを排除する。


これだけで、とりあえず俺たちが揃って処刑される事態は避けられる。


問題はギラが排除できるかどうかだが……一度やってみるしかないだろう。



【ロード】

 スロット21:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  トラキリア城・星見の尖塔前

  942年双子座の月4日 05:21

  「エス戦後、グレ・アリ・ノエに説明後」



エスメラルダを倒し、テントでみんなにこれまでの事情を説明した直後のデータをロードする。


星見の尖塔前のセーブポイントに出ると、すぐそばにまだアリシアとノエルがいた。

俺のポケットの中にはグレゴール兄さんもいる。


「すまん、もう一度テントに集まってくれ」


「えっ?」


「わたしは敵兵を拘束する仕事が……いや、時間はかからないのだったか」


「うん? ひょっとして、今のユリウスは二周目以降なのかな?」


アリシアとノエルが戸惑う中、グレゴール兄さんが察してくれた。


「そういうこと。これから厄介なことになる」


「……今以上に厄介なことがあるのですか?」


眉根を寄せてつぶやくノエル。


「まったく同感だけど、時間がもったいないからテントでな」


俺たちはテントに入った。

アリシアたちの感覚では、テントから出た瞬間に戻ったわけだけどな。


「さて、正直思い出すのも嫌な話なんだが……」


俺は、この後で俺たちに起こったことを説明する。


「なんだと!?」


憤りを露わにしたのはノエルだ。

顔を赤く染め、拳をぶるぶると震わせている。


「なんてことだ……まさか兄さんがそんなことになってるなんて」


グレゴール兄さんが深刻な顔でつぶやいた。


「そんな……酷すぎます! そのあと、正気に戻ったマクシミリアンお兄様はどうなったのでしょうか……」


「それは、俺も死んだからわからないけどな」


見ずに済んでよかった、と心のどこかで思う自分もいる。


妖精に騙され、かわいがってきたきょうだいを処刑してしまったあと、マクシミリアン兄さんはどうなったのか。


唯一残された王族として、自刃するわけにもいかないだろう。


「……アリシア。君が『運命の鼓動』を感じたのは、明け方の奇襲前と、ユリウスが尖塔に現れた時だけだったね?」


グレゴール兄さんがアリシアに聞く。


「はい……でも、おかしいですね。マクシミリアン兄さんにそんな変調があったのなら、『鼓動』が乱れないはずがありません。いえ……一つだけ可能性があります。ユリウスお兄様が現れた時には、かつてない『鼓動』の乱れがありました。それと重なるような時機にその妖精がマクシミリアンお兄様に『誘惑』をかけたのだとしたら、『鼓動』が重なって読めないかもしれません」


「明け方のほうと重なっていた可能性は?」


「いえ、明け方のほうは、大きな拍動でしたが、紛れ込むような音ではありません。ユリウスお兄様の場合は、拍動が乱れに乱れましたから……てっきり、お兄様が『せーぶぽいんと』を使って運命を大きく変えたことが影響しているものとばかり……」


「じゃあ、マクシミリアン兄さんがギラの『テンプテーション』にかけられたのはついさっきってことか」


「どうでしょうか。『鼓動』は予兆ですから、あの乱れからいくらか時間を置いて事象が起こるはずです。事象によってどのくらいの時間が空くかはわからないのですが」


「ギリギリで、まだ『テンプテーション』が使われてない可能性が残ってるわけだな」


もっとも、今から俺がマクシミリアン兄さんのところへ向かっても、たどり着くのに五、六時間かかるだろう。

「テンプテーション」の前に滑り込むのは期待薄だ。


ただ、向こうでセーブポイントが見つかれば話はちがってくる。

今のデータをロードし直し、ノータイムでファストトラベルすれば、洗脳前のマクシミリアン兄さんに会えるかもしれない。


「とにかく、そういうわけだから、俺は今からマクシミリアン兄さんのところに向かうよ。城内のことは、大変だろうけどよろしく」

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