第24話 王子は黒幕と邂逅する
「――マクシミリアン王子は……これは第二王子と第三王子が結託して起こした謀反であると……グレゴール王子と、ユリウス王子が、
ノエルが叫ぶと同時に、アリシアの手から紙がこぼれ落ちた。
宙を舞って俺のほうに飛んできた紙をキャッチする。
その内容を読んで、俺は目を疑った。
「第二王子グレゴールと第三王子ユリウスは結託して父王を謀殺した……父殺し、主君殺しの大罪人を許してはならぬ。王太子マクシミリアンは全軍に第二王子・第三王子の即時処刑を命じる……!?」
そんな……
そんな、馬鹿な!?
「な……んだって?」
グレゴール兄さんが困惑の声を漏らす。
俺は、テーブルに矢文らしき紙を置く。
グレゴール兄さんは紙を食い入るように見つめた。
「そんな……! ど、どういうことなのですか!?」
アリシアが悲鳴のような声を上げる。
「ノエル! この矢文は一体どこから!?」
「はっ。先ほど、城壁外に現れた兵たちが城内に射込んできたものです」
「……たしかに兄上の署名がある」
グレゴール兄さんがつぶやいた。
「複数箇所から何回かに分けて矢文を射かけてきたようです。内容に気づき、回収しようとしたのですが、一部は既に……」
「な、なんてことだ……!」
「でも、そんな……! マクシミリアンお兄様が、弟であるグレゴールお兄様やユリウスお兄様を討てだなんておっしゃるはずがありません!」
ほとんど恐慌状態に陥ったグレゴール兄さんとアリシアに、ブレヒトが言った。
「な、なにか行き違いがあったのでございましょう……。情報が歪んで伝わることは、戦場ではままあることですから……」
ブレヒトの言うことは事実である。
この世界には、インターネットはおろか電話もない。
上の命令が独り歩きして末端で思ってもみない結果を招くのはよくあることだ。
だが、
「それにしたって、どう歪んで伝わったらこんな結論になるんだよ!?」
俺はおもわずそう叫ぶ。
「仮に情報が歪んで伝わったって、マクシミリアン兄さんが俺たちの言い分も聞かずにいきなり全軍に処刑命令を出したりするはずがないじゃないか!」
俺たちは、王族には珍しい仲のいいきょうだいだ。
……その、はずだ。
もし情報の行き違いがあったとしても、マクシミリアン兄さんは、俺たちではなくまずその情報のほうを疑うはずだ。
「ユリウスの言うとおりだ。それに、もし僕たちが共謀して謀反を起こすにしても、わざわざマクシミリアン兄さんのいない時期を狙うはずがない。僕たちが王位につくには、王太子である兄さんを排除する必要があるんだから。
……いや、そもそも、謀反なんて話が嘘だってことは、いくらでも証明できるじゃないか。エルフ兵はまとめて捕虜になってるし、ユリウスが敵将と戦ってるところを見ていた騎士はいくらでもいる。むしろ、この城の中にいる人間で、これが僕とユリウスの陰謀だなんて話を信じる者はいないはずだ!」
「……どうしましょう。マクシミリアンお兄様の誤解を解かなくては……!」
だが、俺たちに今後の方針を打ち合わせる時間はなかった。
慌ただしい足音ともに、食堂に騎士たちが入ってくる。
「グレゴール殿下、ユリウス殿下。マクシミリアン殿下のご命令により、拘束させていただきます」
先頭に立つ騎士が、抜き身の剣をぶら下げたままでそう言った。
「待て! このような命令は無効だ! おまえたちもユリウス殿下たちの奮闘を見ていたはずだろう! マクシミリアン殿下は何か勘違いをされておられるのだ!」
ノエルが俺たちをかばうように前に出て言った。
騎士は、ノエルにうなずいた。
「そうでしょうとも。わかっております。しかし、命令は命令。効力のある命令書が発された以上、われわれはそれを無視するわけにはまいりません。私からも必ず、マクシミリアン殿下にご説明申し上げます。ですので、今のところはどうか、従っていただけますまいか?」
「くっ……」
騎士の言葉に嘘はないだろう。
これまでの経緯を直接見聞きしてる騎士たちからすれば、この命令がまちがっていることは明らかだ。
それでも、王亡き今、王太子の命令は絶対なのだ。
「……素直に従っていただいたほうが、殿下がたのお立場がよくなるものと愚考いたします。もし抵抗されたり、逃亡されたりなさると、かえってマクシミリアン殿下の心証を損ねましょう」
「それは……その通りだね」
グレゴール兄さんがうなだれた。
「だけど、命令では兄さんは即時処刑を求めているね? 拘束するだけでいいのかい?」
「処刑にも段取りというものがございましょう。今はこうして城内が混乱している状態でもあり、即時の処刑は現実的ではないと思われます。マクシミリアン殿下がご帰還されるまでに、とても間に合うとは思えません」
それが、騎士なりの方便なのだろう。
拘束はしたが、時間がなかったので処刑はまだできていない――ギリギリで命令違反にならない言い分だ。
騎士としては、それでも大きなリスクを負っている。
顔つきを見る限り、他の騎士たちも同じような心境らしい。
「お待ちなさい! もしお兄様がたを捕らえると言うのなら、わたしも一緒に捕らえなさい!」
アリシアがそう言って進み出る。
「わたしはお兄様がたとずっと行動をともにしていました。もしお兄様がたに謀反の疑いがあると言うのなら、わたしも無関係ではないはずです!」
「お、王女殿下……! そのようなことをおっしゃられても困ります!」
「マクシミリアンお兄様の命令書に、わたしの名前は挙げられていませんでした! ならば、わたしの王族としての権利はなんら拘束を受けていないはず! そのわたしが、グレゴールお兄様、ユリウスお兄様の拘束に反対しているのです! もしお兄様がたを捕まえたいというのなら、まずはわたしから捕らえなさい!」
騎士たちは、困ったように顔を見合わせる。
「……致し方ありませんな。マクシミリアン殿下からのご命令の執行を妨げたアリシア様を、やむなく拘束致します」
こうして、俺たちは何もできないままに捕まった。
それでも、申し開きの機会くらいは与えられると俺たちは思っていた。
だが、それは楽観がすぎたらしい。
翌朝、兵を集めて戻ってきたマクシミリアン兄さんは、俺たちを王城前の広場に引き立てるように命じた。
広場には、処刑台が作られていた。
これから王族を殺すとは思えない、安普請で急ごしらえの処刑台だ。
俺とアリシアはなすすべなくギロチンに首と手首を拘束された。
マクシミリアン兄さんに命令の撤回を求めたブレヒトやノエル、俺たちを拘束しに来た騎士のリーダーは――もう殺されているのだろう。
リス姿のままだったグレゴール兄さんも、マクシミリアン兄さんとサシで話に行ったきり戻ってない。
まさかとは思うが……
「――マクシミリアン兄さん!」
俺は俺をギロチンに押し付ける処刑人に逆らいながら、ようやく姿を見せた兄に呼びかける。
「俺を兄と呼ぶな。虫唾が走る」
金髪を短く刈り上げた偉丈夫が、整った眉を歪めて吐き捨てた。
爽やかで明るい兄さんの、そんな顔を見るのは初めてだ。
「事情を説明させてくれ! ちゃんと話せばわかるから!」
「俺はこれまでずっとおまえたちのことをきょうだいと思い、大切にしてきたつもりだ。だが、おまえたちはそんな俺を陰であざ笑っていたのだな」
「ちがう! 俺たちだって兄さんのことを兄と慕ってきた! そのことはわかってるはずだ!」
「……俺は武辺者だ。俺には邪心というものがない。だから、これまで気づけなかったのだ。父を殺されてからようやく気づくなど、俺は王太子失格だ……」
マクシミリアン兄さんは、本気で自分を責めている口調でそう言った。
「マクシミリアンお兄様は何も間違ってなどおりません! 血の繋がりのないわたしのことを、本当の妹のように扱ってくれてきたではありませんか! わたしもお兄様のことを本心から兄とお慕いしてまいりました……!」
「黙れ! そもそもは父があの女にたぶらかされたのが元凶ではないか! 俺はもうわかっているのだ! おまえがグレゴールとユリウスをたぶらかし、俺を殺すようにそそのかした張本人だとな! 恥を知れ、魔女の娘め!」
「な、なにをおっしゃっているのですか……!?」
「ええい、もう貴様らの声など聞きたくない! 処刑人よ、早くその謀反人どもの首を落とせ!」
処刑人を命じられた騎士たちがまごついた。
騎士たちも、マクシミリアン兄さんがおかしいことはわかってる。
だが、今の兄さんに面と向かってそう言えば、自分が先に処刑されることになるだろう。
「何をしている! 早く殺さないか! それとも貴様らも謀反人の仲間なのか!?」
「そ、そのようなことはありませんが……!」
「ならば、即刻ギロチンの刃を落とすがいい!」
マクシミリアン兄さんの命令に、騎士たちもいよいよ覚悟を決めた。
苦渋の滲む顔で、ギロチンの刃を吊るした縄へ剣を構える。
そこで――俺の真ん前に、オーロラ色のにじみが生まれた。
それは渦を描きながら濃くなると、羽のついた人形サイズの
花弁を逆さにしたような服をまとうその小人は、俺の眼前でふよふよと漂うように浮いている。
性別は、男だろう。
男というより、少年という風貌だ。
それも、紅顔の美少年という言葉がしっくりくるような愛くるしい容貌をしている。
いつか大人の男になるという感じが、この少年の中にはまったくない。
いつまでも少年のままでいることが、この少年の持って生まれた本性であると――そう感じさせるような「永遠の少年」だ。
その少年は今、無邪気な笑みを浮かべていた。
何かが楽しくて楽しくてしかたがない。
笑いをこらえるのが楽しくてしかたがない。
その無垢な悪意は、邪心がないだけに、本物の邪悪よりもたちが悪い。
「妖精……!」
「はぁい? はじめまして、ユリウス君! 君はとっても運命に愛されてるみたいだね! ね、ね、今の気分はどうだい? 実の兄に濡れ衣着せられて、国民の前で断頭台の露と消える! なかなかできる体験じゃないよね? いったいどんな気持ちがするのかナ?」
……そうか。
俺は、目の前をひらひらと舞う妖精を見て、すべてを悟った。
こいつのしわざなのだ。
マクシミリアン兄さんに「テンプテーション」をかけ、疑心暗鬼を植え付けたのはこいつだ。
固有スキル「
だが、妖精の「テンプテーション」は魔法ではない。
妖術と呼ばれる種族固有の疑似魔術とされていて、Carnageではスキルのうちに含まれない。
ゲーム内では、NPCがイベントでのみ使うものだった。
ゲームシステムではなく、あくまでもシナリオの一要素として描かれた、芝居の「書き割り」のような、形ばかりの術なのだ。
しかし――これはゲームではなく「現実」だ。
妖精が妖術を使えるという「設定」があれば、それはゲームシステムの裏付けがなくても存在しうるということだろう。
実際、王子として見聞きした話の中にも、妖精が妖術で人を惑わしたという「事例」が山ほどある。
「お、ま、え、かあああああああっ!」
「きゃはははっ! すっごい顔! でもねえ、べつに僕だって悪さばかりしてるんじゃないんだよ? あのエルフの女将軍、いるでしょ? あの人がすーぐアリシアさんを殺そうとするから、そのたびに僕の仲間が『テンプテーション』で気をそらしてたんだよ? エルフをあんまり調子に乗らせるのは嫌だから、アリシアさんのことは魔族に売ろうと思ってだんけどねー」
妖精は。
Carnageでは、最悪の種族だとも言われている。
一年後の戦乱では、人やドワーフ、獣人といった妖精の「誘惑」に弱い種族を操って、天敵である魔族、天使、エルフを、自らの血を流すことなく根絶やしにしようともくろんだ。
それは、自分たちの生存のため……ではない。
実際、他の種族とは異なる位相で暮らすとされる妖精は、他の種族とはあまり生活空間がかぶらない。
妖精が他の種族にちょっかいを出すのは、たんにからかって遊ぶためだ。
子どもというのは、ときに、大人がぎょっとするような、無邪気な邪悪さを発揮することがある。
――嘘をついて、人を陥れる。
――人のものを盗んで、知らないふりをする。
――単なる好奇心で、虫や小動物をいじめて殺す。
そうした子どもの無邪気な邪悪さを凝縮したような存在が妖精だ。
しかも、目の前の妖精には「見覚え」がある。
「妖術妖精ギラ・テプト……!」
「えっ、すっごーい! どうして僕の名前を知ってるの!? 僕ってひょっとして有名人!? うわっほーい!」
妖精の中でも最悪の一匹が、俺の目の前を飛び回る。
その姿は、俺以外には見えてないはずだ。
この会話も、妖術によって他の者には聞き取れないようにされている。
「くそっ、あの命令が出た時点ですぐに疑うべきだった……!」
マクシミリアン兄さんが、本人にはあるまじき行動を取っているのだ。
だとすれば、誰かに操られているか、誰かに脅されているか。
いずれにせよ、兄さん自身の意思で動いてないのは明らかだった。
そこまで疑うことができれば、妖精の介入に気づくこともできたはずだ。
他の者にはできなかったかもしれないが……ゲーム知識を持つ俺にはできたのだ!
「ふっふーん? 僕の仲間が、君のことを変わってるって言ってたけど、ほんとみたいだね! アリシアさんなんかよりよっぽどいいおもちゃになりそうだ。あっ、でも、もう死んじゃうか! ちょっともったいないことしちゃったかなー?」
こいつがさっき自白したとおり、エスメラルダがアリシアを殺したり殺さなかったり不安定な行動を取っていたのも、妖精の介入のせいだとしたら納得だ。
俺が星見の尖塔に最初に着いた時にエスメラルダがアリシアを殺したのは、俺が見ていたせいで妖精が動けなかったか、あるいは、俺のほうが面白そうだと思って、アリシアのことを見限ったせいだろう。
こいつらは、人が壊れるさまを見てひとしきり笑うと、子どもが古いおもちゃを放り出すように捨ててしまう。
最初はアリシアを魔族に売る予定だったはずなのに、それよりおもしろそうな俺が現れると見殺しにし。
俺のことも、兄であるマクシミリアンに殺させればおもしろそうだと思った瞬間、もう生かしておくつもりがなくなった。
場当たりで、無軌道。
幼稚で、無責任。
打算はないが、思いつきで他人の運命をもてあそぶ。
Carnageでも、狂王フレデリックの背後にいたのが、このギラ・テプトの一味だった。
妖精にたぶらかされ、いもしない邪神に家族や臣下をひとり残らず捧げたあとに、すべて嘘だったと種を明かされ、狂王フレデリックは絶望のあまり憤死した。
ギラは、無邪気な笑みを深めて言う。
「あ! いいこと思いついちゃった! くしし……今から、マクシミリアン君にかけた妖術を解いてあげまーす! もう処刑命令出しちゃったけど、今からでも取り消しが間に合うといいねっ!」
……最悪だ。
俺の前から、ギラの姿が消えた。
処刑人たちが、葛藤に苦しみながら、俺とアリシアのギロチンの刃を吊るす縄を、その剣で断とうとしているところだった。
そこで、マクシミリアン兄さんの様子がいきなり変わる。
「……お、俺は何を? ユリウス、アリシア!? なぜこんなことに!? そ、そうだ、俺は二人を処刑せよと命じて……うああああっ! ダメだ! やめろ、やめてくれ、やめ――」
マクシミリアン兄さんの手が虚空をかく。
その制止の言葉が間に合うことはなく、剣がそれぞれの縄を切り裂いた。
首が飛ぶ感覚は、もう慣れたものだった。
だが、
「――うああああああああああっっ!!」
マクシミリアン兄さんの絶叫が、暗くなっていく処刑場にこだました。
GAME OVER
「くっそがああああああっ!」
俺は、タイトル画面に戻された。
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