第23話 王子たちは事後処理に奔走する
俺がエスメラルダを倒した後、時間は驚くほどスムーズに流れていった。
敵であるエルフ兵は指揮官を失い完全に戦意喪失、大人しく捕虜になることを受け入れた。
俺は城中を駆け巡って敵兵に投降を促し、もし抵抗するようなら組み伏せた。
俺がエスメラルダを倒す場面を直接見なかった敵兵の中には、敗北を信じようとしない奴も多かったからな。
そいつらを問答無用で斬り捨てたところで誰からも文句は出ないのだが、人質がいればエルフとの交渉がより有利になるはずだ。
城内の指揮は、俺とグレゴール兄さんで共同して取っている。
本当は王位継承権で上位にあるグレゴール兄さんに任せたいところなのだが、あいにく兄さんの「変身」が解けていない。
いくら第二王子とはいえ、シマリスが机に座って指示を出すのは絵的にしまらないものがある。
混乱を防ぐために、第一王子であるマクシミリアンが戻ってくるまでのあいだ、俺がグレゴール兄さんの添え物として控えていることにした。
⋯⋯まあ、見た目的には、俺の前でシマリスが指示を出すという絵図なので、シュールさでは大差ないような気もするのだが。
もうひとりの王族であるアリシアには、怪我人の治療に専念してもらっている。
治癒の魔法の才能は、魔法の才能の中でも希少なものだ。
トラキリアにはアリシア以上の治癒魔法の使い手は存在しない。
マクシミリアン兄さんといい、グレゴール兄さんといい、アリシアといい、なぜ王族に才能が集中しているのか?
あながち、理由がないわけでもない。
この世界では有史以来ずっと戦乱が続いている。
そんな世界で権力の座につける者は、強力な固有スキルを持ってる可能性が高い。
しかも、その権力を使って、他の「固有持ち」を身内に囲い込むこともするだろう。
固有スキルが直接遺伝することはないようだが、固有持ちはたいてい武芸か魔術に秀でている。
血統に恵まれた者のほうが、固有スキルを手に入れやすくなるはずだ。
つまり、社会的な「淘汰圧」が働いているのである。
これは、ゲーム知識に付随したCarnageのプレイヤーの知識を得ての推測だ。
俺のゲーム知識のもととなったプレイヤーは、あの動画の投稿者である「ショコラ」さんでまちがいない。
エスメラルダに挑むノエルを見て蘇った記憶では、
あのとき感じた気分は、「自分の」アップロードした動画が反響を生むのを見て悦に入っている⋯⋯と解釈するしかないと思う。
俺の視界の隅で肩に黒い髪がかかってるのがわずかに見え、マウスを握る手は白くて華奢なものだった。
そう、「ショコラ」さんは女性なのだ。
結局、あの時見た記憶以上のことは思い出せないままなのだが⋯⋯。
グレゴール兄さんが、ひっきりなしに飛び込んでくる部下たちに指示を出すのを見守るうちに、執務室の窓の外が暗くなってきた。
風に乗って、時計塔の鐘の音が聴こえてくる。
午後6時の鐘の音だ。
最初のセーブデータの保存時刻が午前5時3分だったから、あれから半日が経ったことになる。
あの何千回、何万回もの繰り返しを思えば遅いようでもあり、エスメラルダを倒してからのことを思えば短いようでもあった。
「ふぅ⋯⋯さすがに疲れたね」
グレゴール兄さんが短い前足で顔をかく。
セーブポイントのテントを利用して、エスメラルダ戦後に俺、グレゴール兄さん、アリシア、ノエルは仮眠を取っている。
仮眠、といったが、テントでの睡眠は極上のものだ。
全員が気力体力を取り戻したのだが、その後のごたごたで、また疲労が溜まってきた。
そこで、執務室の扉がノックされる。
「グレゴール殿下、ユリウス殿下、ご夕食の準備ができましたぞ」
そう言って入ってきたのは、俺の供回りであるブレヒトだ。
俺を逃すために城に残ったから、俺はてっきり討ち死にしたものとばかり思い込んでいた。
だが、ブレヒトは敵を引きつけながら逃げ回り、瀕死になりながらもかろうじて生き延びていたのだ。
⋯⋯そりゃ、たしかに「なんとしても生き残れ」とは言ったけどさ。
よく生き残れたものである。
瀕死の重症は、アリシアに応急処置だけ施してもらい、その後テントに連れ込んで眠らせて治した。
他の兵にも同じことをしようと思ったのだが、グレゴール兄さんとアリシアに、この力はみだりに見せるべきではないと諭されてしまった。
ブレヒトは父から隠し通路の入口を教えられていたくらいの忠臣なので、「ギリOK」という判断だ。
王である父はもちろん、主だった重臣たちも殺されてしまった現状では、ブレヒトのような政務の勝手を知る人材は貴重である。
「わかった。これが片づいたらすぐ行くよ。といっても、僕の夕食はリス食だけどね。⋯⋯あ、ユリウス、そこの記入がまちがってるよ」
器用に肩をすくめて答えながら、グレゴール兄さんは、俺が代筆で記入している書類の不備を指摘した。
こんな緊急時でも、いや、緊急時だからこそ、書類仕事は山積みだ。
シマリス状態のグレゴール兄さんに書類仕事はできないので、全部俺が代筆する羽目になっている。
剣を振ることには慣れたはずなのに、ペンの使いすぎで腱鞘炎になりそうだ。
「『変身』の暴走の問題は早く解決しないとな⋯⋯」
署名を代筆で済ませるわけにはいかないので、緊急の命令書のほとんどは第三王子の署名となっている。
緊急の命令だけに慣例をすっ飛ばしたものも多く、そんな命令を俺の名前で乱発するのは心臓に悪い。
⋯⋯世が世でも、王になんかなりたくないな。
早くマクシミリアン兄さんが帰ってきてくれることを祈りたい。
俺とグレゴール兄さんは、ブレヒトとともに食堂に向かう。
王城は無事な場所などないというくらいに荒らされた。
負傷者の救助、死体の搬出、血で汚れた部屋の清掃⋯⋯と、気が滅入るような作業を、生き残った者たちは強張った表情のままで続けている。
食堂は、生き残ったメイドたちが優先的に綺麗にしてくれたらしい。
俺たちが食堂に入ると、
「ユリウスお兄様!」
アリシアが顔を上げて言ってくる。
「アリシアも休憩か?」
「ええ⋯⋯重傷者の治療は終わりました。助けられた人もいれば、そうでもない人もいますが⋯⋯」
助かる見込みのないものは、半日が経った時点でもうほとんど死んでいることだろう。
緊急の治療が「終わった」というのはそういう意味も含んでいる。
「アリシアはよくやったよ。アリシアがいなかったら助からなかったやつはたくさんいる」
「そう、ですね」
それでも、助けられずに死んでいく者を目の前で見ていれば、簡単に割り切ることはできないのだろう。
「わたしが、『運命の鼓動』を読み解いて、奇襲を予測できていれば⋯⋯」
アリシアは、夜明け前にかつてない運命のうねりを「聴いて」いたという。
今にして思えば、それは今回の事件の予兆だったことになる。
アリシアはそのことでもおのれを責めているのだ。
暗い顔をするアリシアを、グレゴール兄さんが慰める。
「さすがにそれは無理だと思うよ。アリシアが運命のうねりを聴いたとしても、それが具体的にどんな形をとるかは、いろんな情報を突き合わせて分析するしかないことだ。
いや、分析したところで、確実に読み切れるようなものじゃない。今回の奇襲は完全に予想外のものだった。
その責任を問うのなら、アリシアからうねりのことを聞いた時点で、僕が分析しなければいけなかったんだ⋯⋯」
「そんな⋯⋯グレゴールお兄様は悪くありません」
「それなら、君だって悪くない。結局、運命というのは人の身では読みきれないってことなんだろう。その点では、ユリウスのゲーム知識は反則的だ」
「Carnageのシナリオも、『現実』とはいろいろ齟齬がありそうだけどな⋯⋯」
結局、俺が星見の尖塔に最初にたどり着いたときに、なぜアリシアがエスメラルダに殺されたのかはわからずじまいだ。
シナリオとの齟齬を言うのなら、そもそもプレイヤーキャラクターでない俺にセーブポイントが見えるようになった時点でおかしいとも言える。
捕らえたエルフ兵への尋問でも、今のところ背後関係までは洗えていない。
俺のゲーム知識から、エスメラルダはエルフの非主流派の一つであるオーキス
もしどうしても情報が必要なのであれば、エスメラルダを倒す前のデータをロードして、エスメラルダを殺さずに捕らえ、本人の口から聞き出せばいい。
現時点でそれをしていないのは、マクシミリアン兄さんが戻るのを待って、兄さんの意見を聞いてからのほうが、何かと効率がいいからだ。
マクシミリアン兄さんは王太子だ。
王である父から、余人には聞かせられない話も聞いてるだろう。
「そういえば、マクシミリアン兄さんからの返事はまだないの?」
俺はブレヒトに聞いた。
「まだですな。敵将を討った伝令はもちろん、それ以前にも奇襲を受けて陛下やグレゴール殿下が放った伝令があちらに向かったはずなのですが」
「伝書鳩や信号魔法による駅伝通信もやってるんだけどね」
グレゴール兄さんもそう言って眉をひそめる。
信号魔法っていうのは、魔法版の
信号弾を打ち上げ、それを見た別の魔術師が同じ信号弾を打ち上げる。
その繰り返しで、単純な情報なら馬より早く伝えることができる。
⋯⋯でも、これはもっとうまい方法がありそうだな?
断片的に「ショコラ」さんの知識が浮かんできた俺はそんなことを思う。
「マクシミリアンお兄様がいらっしゃるのはユードスですよね? 徒歩で二日、伝令兵が馬を飛ばせば五、六時間といった距離でしたか。向こうからの伝令がもうついてもいい頃ですね」
アリシアの言葉に、ブレヒトが言う。
「まさか、エルフどもがなんらかの妨害工作を?」
「いくらエルフでも、すべての伝令を始末することは不可能だよ。伝令は、なるべく経路を分散するように走らせてる。伝書鳩や信号魔法となると防ぎようがないはずだ」
森の民であるエルフなら、街道脇の木立に潜んで伝令を狩ることはできるかもしれない。
だが、グレゴール兄さんはそうした妨害を想定して四方に伝令を走らせている。
その伝令をすべて始末できるほどの人数が準備できるのなら、奇襲部隊にもっと人数を割いてもよさそうなものだ。
ちなみに、奇襲部隊は夜闇に紛れて城壁の一部を魔法で砂に変え、そこから城内に侵入したことがわかってる。
その方法で大人数を送り込むのは難しいだろうから、周辺にその分の人員を配置していてもおかしくはないが⋯⋯。
「アリシア。今、『運命の鼓動』で何か聴こえるかい?」
グレゴール兄さんがアリシアに聞く。
「いえ⋯⋯今朝に大きなうねりがあった以外では、ユリウスお兄様が現れた時に異常な鼓動があっただけです」
「まだ、遅すぎるとまでは言いきれぬ時間でしょう。敵将は討ち取り、敵兵をすべて捕らえたのですから、今しばらく様子を見てもよいと思いますが」
やや心配そうながら、ブレヒトが言う。
その問題についてはそれ以上言えることもなく、俺たちは現状の話をしながら食事を取る。
その知らせが飛び込んできたのは、俺たちが食事を終えようとしていたときのことだった。
「ーーた、大変です!」
ノックもせずに、血相を変えたノエルが飛び込んできた。
「何事です?」
アリシアが立ち上がって聞く。
「まさか……マクシミリアンお兄様に何かがあったのですか!?」
「そうか! 王城への攻撃とはべつに、マクシミリアン兄さんにも敵兵が差し向けられていたのか!?」
アリシアとグレゴール兄さんが口々に叫ぶが、ノエルは血の気の失せた顔を左右に振る。
「む、謀反、です」
ノエルがようやくのことで絞り出した言葉に、俺たちは戸惑った。
「……なに?」
ムホン……謀反のことか?
なぜ、そんな言葉がここで出る?
マクシミリアン兄さんは第一王子で、王だった父は既に亡い。
兄さんが謀反を起こそうにも、逆らう相手がいないのだ。
「ええと……マクシミリアン兄さんの家臣の誰かが、兄さんに謀反を起こしたってことか?」
半信半疑で言った俺に、ノエルがまた首を振る。
……だよな。マクシミリアン兄さんの強さはみんな知ってる。
だいたい、もし兄さんを討てたとしても、それだけで家臣が王になれるわけがない。
父さんやマクシミリアン兄さんによほど人望がなければ別だろうが、どちらも人格者として知られている。
「……ノエル。いったい何があったのです? 落ち着いて、最初から説明してください」
「はっ、も、申し訳ありません。しかし、ことはあまりにも……」
ノエルが言葉をつまらせる。
ノエルは、握りしめていた紙をアリシアに手渡した。
アリシアはその紙に目を落とし――
「なっ……どういうことですか!?」
驚きに目を見開く。
ようやく息を整えて、ノエルが言う。
「――マクシミリアン王子は……これは第二王子と第三王子が結託して起こした謀反であると……グレゴール王子と、ユリウス王子が、
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