第14話 王子はアリシアルートを発見する
「自爆」を覚えてエスメラルダ対策が整った。
だが、せっかくタイトル画面に戻ってきたので、積み残したことがないか確認しておこう。
俺は「FOCUS HERE」を睨んでロード画面を開く。
【ロード】
スロット1:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:03
「最初のセーブデータ、敵兵がいる」
スロット2:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:41
「地下通路西開通、敵兵はいない」
スロット3:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(西)
942年双子座の月4日 05:42
「キャンプの効果検証」
スロット4:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 06:07
「謁見の間到達、両親の死亡確認」
スロット5:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・謁見の間階段下
942年双子座の月4日 05:44
「移動先引き継ぎバグ確認」
スロット6:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・中庭
942年双子座の月4日 06:37
「グレゴール兄さん回収後中庭到達」
スロット7:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・星見の尖塔前
942年双子座の月4日 07:19
「グレが囮になり尖塔到達、敵が近い」
・
・
・
セーブデータにコメントがつけられることを思い出したので、あとで混乱しないよう状況を簡潔にメモしておいた。
「星見の尖塔前」のセーブポイントに到達したことで、城内の6つのセーブポイントへのファストトラベルが開通している。
引き継ぎバグのおかげで、どのデータをロードしても、すべてのセーブポイントに飛ぶことができる。
なら、それを利用して、スロット1の記録時刻である「05:03」時点での各セーブポイント付近の様子をチェックしておくべきだろう。
「とくに重要なのは、『謁見の間階段下』と『星見の尖塔前』の二つだな」
とりわけ、謁見の間の5時3分の状態は、絶対に確認しておく必要がある。
薄い可能性ではあるが、この時点で俺の両親――この国の王と王妃がまだ生きているかもしれないからだ。
「グレゴール兄さんの話を聞く限りじゃ厳しそうだけど……」
自分の両親がもはや助けられないことを確認するのは辛いが、避けて通るわけにはいかないことだ。
「『星見の尖塔前』のほうも同じだな。俺が隠し通路に逃げ込んだ時点で、敵兵は王族の居住区画まで入り込んでいた。まず間に合わないとは思うが、敵の体勢を確認する意味でも見ておきたい」
もし5時3分の時点で星見の尖塔に入り込んだ敵兵の数が少ないようなら、アリシアを連れ出すチャンスはむしろ最初にこそあるかもしれない。
スロット7の「07:19」の時点では、エスメラルダがアリシアを見張っていた。
アリシアを連れ出すには、エスメラルダを倒すなりどこかにおびき出すなりする必要がある。
だが、俺一人でエスメラルダを倒すことは不可能だ。
グレゴール兄さんを連れて行ったとしても、それでもなお勝てないだろう。
ゲーム知識によれば、エスメラルダの戦闘力はCarnage中盤の詰みどころと言われるほどに高いらしい。
じゃあ、星見の尖塔への跳ね橋で見張りをおびき出したように、グレゴール兄さんに陽動をかけてもらうのはどうか?
しかしこれも、成功の可能性は極めて低い。
もし塔のそばで何かが起きたとしても、エスメラルダは部下に命じて確認させるだけだろう。
ひょっとしたら、陽動ではないかと勘づいて、アリシアのそばを離れないかもしれない。
いや、悪くすると、陽動への対処を優先して、アリシアを先に殺そうとするかもな。
「……だいたい、なんでエスメラルダはアリシアを殺したんだ? アリシアは魔族に利用価値を見いだされて虜囚になるはずじゃなかったのか?」
それを言うなら、そもそも今回の敵は、魔族ではなく、魔族に偽装した
Carnageでは、トラキリア王国を滅ぼしたのは魔族だということになっていた。
それ自体は、「エルフが魔族の仕業に見せかけてトラキリアを滅ぼし、人間に魔族への敵意を植え付けた」と解釈することができなくもない。
相互不信の渦巻くこの世界だから、そうした謀略があったとしても、驚くよりはむしろ納得できる。
だが、その流れでは、一年後にアリシアが魔族の虜囚になっていた経緯がわからない。
この城を襲撃したのはエルフなのだから、アリシアが「エルフの」虜囚になることはまだありえる。
しかし、「魔族の」虜囚になるのはおかしいだろう。
「こじつけることならできるけどな……」
エルフに捕まった後、そこからなんとか逃げ出したものの、今度は魔族に捕まってしまった、だとか。
魔族がエルフの里を襲って、そこに囚われていたアリシアを自国に連れ帰った、だとかな。
「……いや、違う。そもそもの前提が間違ってる」
アリシアはエスメラルダに
今エスメラルダに殺されたアリシアが、一年後に魔族の虜囚になれるわけがない。
「なんでゲーム知識と『現実』に矛盾が生じたんだ? ゲームと現実とで何が違う?」
最も大きな違いは――そうか。
「……俺がセーブポイントを発見したことか?」
ゲーム内の史実では、俺は今回の落城によって殺されていたはずだ。
まさか、俺が逃亡に成功したことが、アリシアが殺される原因になった?
「……いや、それも考えにくい。俺を殺せなかったから代わりにアリシアを? 理由になってないだろ、それ」
なんらかの理由で「俺を」殺すことが重要だったのなら、アリシアのことはむしろ殺さないでおいたほうがいいはずだ。
アリシアを人質にして、俺に投降を促したり、おびき出したりできるからな。
ドSメラルダがいかにも好みそうな方法でもある。
「いやいや、それだって怪しいもんだ。そこまでして俺を殺したい理由がわからない」
人間の国を魔族の仕業に見せかけて滅ぼし、人間と魔族を争わせるという今回のエルフの目論見は、俺一人を逃したところで十分に達成できるだろう。
この国の王と王妃を殺すことには成功したんだからな。
「グレゴール兄さんは謀略を見抜いていたけど、そのことをエスメラルダは知らないはずだ」
じゃあ、エスメラルダの目的がトラキリアの王族を皆殺しにすることだった、という線はどうか?
人間の憎悪を煽るために、王族を皆殺しにせよとエルフの族長から厳命されてたとしたら?
「その線なら、アリシアを殺すのは自然だし、俺を殺すことにこだわる理由にもなる。
でも、王族を皆殺しにすることに意味があるのなら、やっぱりアリシアを人質にして俺やグレゴール兄さんを釣り出すほうが効果的だ。
どうせすぐに捕まえられると踏んで、アリシアに人質としての価値を認めなかった? 人間を見下してるエルフならそういう発想になる……のか?
たしかに、それならアリシアをあっさり殺した理由にはなるが……ゲーム知識との矛盾は解決しない。ゲームの正史ではアリシアは生きてるんだから」
ああ、くそ。こんがらがる。
俺がえんえん悩んでると、俺の脳裏で何かがうずくような感覚があった。
ゲーム知識に付随した、プレイヤーの漠然とした記憶である。
「『バタフライ効果』……?」
地球の言葉だろうか。意味が脳裏に浮かぶ同時に、そんな言葉が口から出た。
蝶が羽ばたいて起こした風ともいえないような空気の震えが、遠く離れた場所で竜巻になる――
複雑な事象ではささいな初期値のちがいが大きな相違をもたらしかねないというたとえ話だ。
「つまり、俺がセーブポイントを発見したことが、よくわからない過程を経て、アリシアの死へとつながった……? そんなことがありうるのか?」
それらしい説明は、つけようと思えばいくらでもつけられる。
たとえば、第三王子を取り逃がしたことで、「今回の」エスメラルダの機嫌は、史実よりいくらか悪かったはずだ。
その鬱憤を晴らすために、エスメラルダは史実にはないアリシアを殺すという行動を取ったのだ……とかな。
「でも、そんなこと言い出したら何もできなくなるぞ……」
俺の行動がまわりまわって予期せぬ結果をもたらすとなったら、俺は何を基準に自分の行動を決めればいいのか?
「……まあ、まだそうと決まったわけじゃない。まずは開始時点での各セーブポイントの状況把握だな」
バタフライ効果のことは、あとでグレゴール兄さんにでも相談すればいいだろう。
きっと、嬉々として考察してくれる。
俺は、スロット1のデータをロードする。
一瞬で、俺は見慣れた洞窟の中にいた。
「人間に生まれたことを呪うんだな!」
「ひさしぶりだな、おい」
敵兵の射かけた矢を、俺は「矢かわし」のスキルでひらりとかわす。
「な、なんだ――」
敵兵が驚くのには構わずに、ファストトラベルで「謁見の間階段下」に転移する。
風景が一瞬で切り替わり、俺は謁見の間への階段の下に立っていた。
周囲にはかなりの敵兵がいた。
階段の下に数人、階段の上に二人。謁見の間のほうにもさらに数人分の気配がある。
「なっ!? いきなりどこから現れた!?」
「ちっ!」
近くの敵兵に見つかった俺は、階段を段飛ばしで駆け上がる。
「止まれッ!」
「いや、そいつは第三王子だ! 殺せっ!」
階段の上の敵兵二人が俺に気づき、片方が矢を射かけてくる。
「当たるかよっ!」
階段を駆け上りながら、矢をスレスレで回避する。
謁見の間の扉は、この時点で既に破られていた。
その奥、玉座の前に、折り重なって倒れる王と王妃の姿があった。
胸を黒い剣で貫かれ、その剣の柄には王冠が引っ掛けられている。
何度見ても見慣れることのない、胸くその悪い光景だ。
気配からして、両親がもう死んでることは間違いない――
「くそっ、やっぱりか……」
わかっていたことだったが、こうして直接目にすると、頭を殴られたような衝撃を受けた。
力を失いうなだれる俺に、
「人間風情がっ!」
敵兵が剣を抜いて斬りかかってくる。
俺は、心のなかで「自爆」を使うと強く念じた。
直後、俺の身体が光って爆発する。
脳も一緒に爆発したらしく、すべての感覚が一瞬にして消えていた。
GAME OVER
俺はタイトル画面に無事戻る。
「……くっ、父さん、母さん……」
どうして、あんな優しい人たちが、こんな最期を迎えなければならなかったのか。
「せめて、アリシアだけでも。父さん、母さん……すべてが済んだら、必ず弔いをするからな」
できることなら、仇を討つと誓いたかった。
だが、それができないことはわかってる。
自分の無力さがただ悔しい。
この悔しさも、キャンプのテントで寝ればなくなるのだろうか。
でも、この気持ちをそんな簡単になかったことにはしたくない。
今はただ、両親の死を悼み、アリシアを救ってみせると両親に誓う。
俺はタイトル画面に留まって、長い時間を黙祷に捧げた。
†
気持ちになんとか整理をつけたところで、俺は再び最初のデータをロードする。
「人間に生まれたことを――」
おなじみのセリフとともに飛んできた矢をかわしながら、セーブポイントに手をかざす。
ファストトラベルを選び、「星見の尖塔前」のセーブポイントに転移する。
「謁見の間階段下」と同じく、敵兵に囲まれるだろうと覚悟していた。
だが、想像に反して、セーブポイントの周りに敵兵はいなかった。
といっても、周囲が無人だったわけじゃない。
むしろ、セーブポイントの周囲はごった返していた。
敵兵ではなく――トラキリアの騎士たちで。
騎士たちは殺気だった顔で、手にした武器を跳ね橋のほうに向けている。
その騎士たちの後ろに、探し求めていた姿があった。
――無事だった!
そのことはわかってたはずなのに、感極まって涙が溢れた。
銀髪の少女は、ちょうどこっちに振り返るところだった。
蒼い瞳が俺を捉え、驚きで大きく見開かれる。
「ユリウスお兄様!?」
「アリシアっ!」
こうして俺は、5時3分の星見の尖塔前で、アリシアと合流することに成功したのだった。
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