第13話 最悪のNPC

女将校は抜き打ちざまに一撃で首を刎ねたのだろう。


アリシアの長い銀髪が、もがれた天使の羽根のように、星見の間を舞い散っている。


その中を、アリシアの首が回転しながら飛び、観測鏡にぶつかって、金色の表面に赤い血を残して転がった。


……なにが起きたかわからなかった。


ありえないはずのことが起きたのだ。


アリシアが、ここで死ぬはずがない。


ゲーム知識からそれは明らかだ。


なのに、アリシアは殺された。


一瞬で。


なんの躊躇いもなく。


花をたやすくもぐように。


アリシアの首は刎ねられた。


「なっ……!」


俺は思わず声を漏らした。


乗り出した身体が、星見の間の吹き抜けから前に出る。


ほんのわずかな物音だったはずだが、女将校にはそれで十分だった。


「――誰だ!?」


女将校が振り返り、手にした剣を吹き抜けに向かって一閃した。


アリシアの血に汚れた剣は、空中でいきなり稲妻のように伸びてきた。


伸びた剣が、俺の右足に巻きついた・・・・・


「ぐああっ!?」


激痛が身体を駆け抜ける。


俺の右足には、バラバラになった剣のかけらが食い込んでいた。


いや、違う。


剣のかけら同士が、細いワイヤーでつながっている。


――ソードウィップ。


ゲーム知識からそんな特殊な武器のことを思い出す。


「ぐあああっ!?」


「降りろッ!」


女将校が剣の握りを力任せに引いた。


俺の身体が宙に浮き、俺はなすすべもなく星見の間へと墜落する。


かろうじて腕で頭をかばったが、その腕はありえない方向に曲がっていた。


ソードウィップの刃は右足に食い込み、肉のあいだから血がとめどなく溢れ出す。


二階建ての天井くらいはある吹き抜けを落ちた俺の身体は、どこもかしこも痛んでいて、どこがどうなったのかわからない。


地べたに這いずった俺を、女将校が見下ろしてくる。


「貴様は⋯⋯ユリウス第三王子か? 地下から逃げたと報告を受けたが⋯⋯わざわざ戻ってくるとはな。愚鈍という噂はどうやら本当らしい」


「く、そっ⋯⋯」


今の衝撃で、手にしていた剣も手放してしまった。


持ってたところでもうまともに動けるとは思えないけどな。


完膚なきまでに「詰んだ」俺を見下ろして、女将校が低く笑う。


「ククッ⋯⋯そんなにこの娘が大事だったのか? 血の繋がりはないと聞いているが、義理の兄妹で男女の関係にでもあったのか?」


「⋯⋯違う」


「そら、貴様の大事な妹だ」


女将校は、床に転がったアリシアの頭を蹴って・・・、俺のそばへと転がした。


驚きに固まったアリシアの目が俺を見る。


いや、その目はもはや何物も見ていなかった。


アリシアの蒼く美しい瞳からは、既に生命の輝きが失われていた。


頭が、沸騰しそうになる。


「いいな、第三王子。その顔だよ。実にそそる。どうしようもない憤怒を抱えながら、同時にそれを晴らすことは絶対にできないと気づいたものが浮かべるその表情⋯⋯わたしは貴様が今浮かべているような表情が大好きだ。楽園に土足で踏み込まれ、大切なものを足蹴にされた気分はどうだァ、第三王子?」


嗜虐心たっぷりに、女将校が言った。


その口調、そのセリフ回しに、俺の脳裏にひとつの名前が浮かび上がった。


「エスメラルダ・オーキス……」


「なっ……貴様!? なぜわたしの名を知っている!?」


女将校が顔色を変えて、倒れた俺につかつかと近づいてくる。


女将校――エスメラルダは、俺の胸ぐらを掴み上げた。


エスメラルダは兜をうとましげに跳ね上げ、俺を睨む。


かさばらないように編み上げた白金色の髪。


作り物のように整った冷たい美貌と翠の瞳。


それだけなら、典型的な「エルフ」の容貌だ。


だが、エスメラルダの場合は、右目に黒い白目と赤い虹彩をもつ魔眼があり、顔の右上から左下にかけて大きな刀傷が残っている。


こんな特徴的なエルフは他にいない。


まちがいない。こいつはエスメラルダ・オーキスだ。


「エルフも……落ちぶれたものだな」


「なんだと!?」


「精霊から授かったとされる神聖な髪と瞳を隠し、忌み嫌う鉄の鎧を部下に着せて、魔族の真似事か? おまえがやったことを今一度思い出せ。胸に手を当てて、精霊様に今回の一部始終を報告できるか考えてみろよ」


「この……クソガキがっ!」


エスメラルダは俺の髪を片手でつかむと、俺の顔を床に向かって叩きつける。


「ぐぁっ!?」


「この、この……! 貴様らさえ、貴様らさえいなければ……!」


「図星って……ことだろう? 早く森に帰って……精霊様に、謝るんだな」


「薄汚い劣等種にそんなことを言われる筋合いはない!」


「ははは、なら、何を言われても平気なはずだ。やましいから、怒るんだ……そうだろ?」


「貴様っ!」


エスメラルダはさらに一度床に俺の頭を叩きつけると、俺の肩に手をかけて、俺の身体を仰向けにする。


「わたしは……帰れない。貴様ら人間を根絶やしにしなければ……」


エスメラルダは俺の左肩を右足で踏んづけると、左足のかかとを俺の目の真上に持ってきた。


尖ったヒールの先が俺の黒目の真上にくる。


「貴様にも味あわせてやろう。目を失う恐怖を……な!」


エスメラルダのヒールが、俺の右目に突き刺さる。


「ぐがあああっ!?」


「痛いか、痛いだろう! さあ、もうひとつの目を失いたくなければ吐け! どこでわたしの名を知った!? 言えッ!」


エスメラルダは暴れる俺の額を踏みつけ、俺の頭を固定する。


死なない範囲で、最大限の苦痛を。


エスメラルダはヒールの先を執拗に回し、俺の眼窩をえぐっていく。


この状況から、逃れる手段はなかった。


俺はエスメラルダに責められるたびに、セーブポイントのことやグレゴール兄さんのことを吐き出した。


どうしようもなかった。


こんな苦痛を我慢することはできなかった。


ただひたすら、苦痛から解放され、死という結末を一刻も早く迎えたかった。


俺は惨めに「殺してくれ」と懇願する。


事実をすべて正直に話した、本当だ、信じてくれ!


エスメラルダの靴に身体を擦り付けて、惨めそのものの姿で自分の死を乞い願った。


「この……っ! 最後まで虚言ばかりを吐き散らして……! もういい、貴様は死ね!」


エスメラルダは、俺の言葉を信じなかった。


俺は、その鋭いかかとが喉を貫く感触を、俺を苦痛から解放するためにやってきた救世主のように受け入れた。



 GAME OVER



この画面が、こんなに待ち遠しかったことは過去にない。



 †



「うがあああああっ! くっそおおおおおっ!」


タイトル画面で、俺は絶叫した。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


俺に身体があれば、何かに当たり散らしていただろう。


それほどに悔しく、苦しく、恥辱に満ちた経験だった。


「全部、吐かされた……秘密にするべきことも……。その上、グレゴール兄さんを売った! 命をかけて囮を引き受けてくれた兄さんを……うああああああっ!」


苦痛そのものは、恥辱ではなかった。


苦痛に屈して、守るべきものを売ってしまったことこそが恥辱である。


これは、セーブ&ロードでやり直せるからいい……なんて話じゃない。


たしかに、エスメラルダが俺から一部始終を聞き出したことは、俺がデータをロードし直せば「なかったこと」にできる。


だが、たとえそうしたとしても、俺が今回エスメラルダの拷問に屈して肉親を売り、仇敵に死を乞うた記憶はなくならない。


誰も俺がやったことを覚えていなかったとしても、俺だけは、自分のやったことを忘れられない。


それほどの屈辱、それほどの恥辱。


そして、拷問から「解放」されてなお残る、エスメラルダへの恐怖心。


もう安全だとわかっていても、身体の震えが収まらない。


タイトル画面では身体はないが、そんな錯覚をするほどに、あの女への恐怖を心の奥底まで刷り込まれた。


自分に恥辱を味あわせた相手に、いまだに恐怖を覚え、次に会っても逆らえないと本能的に思ってしまう――そのことがまた、俺にさらなる屈辱を味あわせる。


気持ちを落ち着けるのに、おそろしく長い時間がかかった。


一時間や二時間じゃない。

三日や四日は経っているだろう。

ひょっとしたら、もっと経っているかもしれない。

立ち直るのにそれほどの時間がかかるだけの精神的な打撃を受けたということだ。


ようやく最初の混乱を抜け出したところで、俺はふと思いついた。


「キャンプ」のテントで眠った後は、心身ともに絶好調になっていた。


ならば、この精神の混乱も、テントで眠れば回復できるのではないか?


俺はさっそく適当なデータをロードし、キャンプを選ぶ。


いつものテント内に転げ込むように入り、現実から逃れるように寝袋へとくるまった。


あっというまに眠気に襲われた。


夢も見ないほどに熟睡した。


どれほどの時間が経ったかわからないが、起き上がってみると、エスメラルダへの恐怖心はなくなっていた。


「ふう……」


俺はようやく安堵のため息をつくことができた。


「それにしても……くそっ、拷問か」


俺のセーブ&ロードを封じるには実に効果的な手段である。


死んでもやり直せるとはいえ、死ぬたびに拷問を受けるのでは、やり直そうという気持ち自体が折れるだろう。


テントで精神状態を回復した今でも、もう一度あんな経験をしたいとは思えない。


エスメラルダは単に「趣味で」拷問をしただけだが、結果的にそれが俺のセーブ&ロードを封じる方法として有効に機能してしまっている。


「エスメラルダ・オーキス。Carnageで『ドSメラルダ』として悪名高いユニークキャラクターだったな……」


俺は拷問前に気づいたゲーム知識を思い出す。


Carnageでも、プレイヤーがエスメラルダに捕まって拷問を受ける場面がある。


VRならではの迫力ある拷問シーンは、トラウマになるプレイヤーが何人も出て、マスコミに問題視されたほどだという。


仮想現実の中でなら何をされても平気なのでは? と思うかも知れないが、たとえ仮想現実だとわかっていても、プレイヤーが経験する恐怖自体は本物だ。


ごく初期のVRコンテンツに、VRで断頭台を体験するというアプリがあった。

自分の首がギロチンで落とされ、転がるさまを疑似体験するというものだ。


初期のVRはゴーグルをかぶって視界を覆う程度の初歩的なものだが、感受性の高いプレイヤーは、本当に自分の首が斬られたように感じたという。

そのショックはアプリを終了した後もしばらくのあいだ続いたらしい。


完全没入型のVRでさらに手を込んだ演出を施せば、プレイヤーにトラウマを植え付けることは十分にできる。

地球では、VRコンテンツには安全基準が設けられ、専門家による事前審査が行われていたという。


だが、それでも、ゲームでは痛覚までは再現されていない。


その点で、俺のさっきの経験は、安全基準を無視した違法なVRゲームよりもいっそうひどいものだった。


完全没入型のVRでなら、痛覚の再現自体は技術的には可能である。

脳に痛みを錯覚させればいいだけだ。


しかし、VRでの痛覚の再現は、各国の法律によって禁止されている。

PTSDなどの心理症状を引き起こしかねないからだ。


もっとも、各国政府は民生用VRでの痛覚の再現を禁止する一方で、軍用のVRでは痛覚の再現を秘密裏に研究していたらしい。


もちろん、捕虜を拷問にかけるためである。


VRでの拷問なら、捕虜に身体的なダメージを与えないため、あとから拷問が発覚しにくいというメリットがある。

その道の「専門家」を用意しなくても、VR装置だけで拷問が行えるので「コスパ」もいい。

何より、実行する側の手が汚れない。


地球ほど文明が発達した世界であっても、人間が考えることは同じらしい。

この研究は研究者の内部告発によって発覚し、大問題になったという。


「俺は本職の拷問官の本物の拷問を実際に体験したわけだからな……。そりゃトラウマにもなるか」


もしテントで精神状態の回復ができなければ、俺はしばらくのあいだ――下手をすればこの先一生、あの経験を引きずるはめになったかもしれない。


「くそっ。せっかくアリシアのところまでたどり着いたっていうのに……!」


エスメラルダの隙をうかがってアリシアを連れ出すことは、セーブ&ロードをすればできるだろう。


しかし、あの女は簡単に隙を見せるような相手ではない。


連れ出したあとで追っ手に捕まれば、またエスメラルダの拷問にかけられるおそれがある。


拷問されたあとで死んでやり直せばいい――それはまったく正しいのだが、とてもじゃないが、それを前向きに実行していくことはできそうにない。


もしそれをやるのなら、拷問にかけられる前に確実に死ねる方法を確保しておく必要がある。


毒物を用意する? この状況でどうやって?


ナイフを忍ばせておいて自刃する? 捕まってからでは不可能だ。


「まさか、生きる方法じゃなくて死ぬ方法を探すはめになるとはな……」


だが、考えてみると、そういう方法は早めに見つけておいたほうがよさそうだ。


死ぬこともセーブポイントに触れることもできない状況は他にもありうる。


敵に捕まり、猿ぐつわでも噛まされれば、それだけで自殺することはできなくなる。


牢に閉じ込められたり、はりつけにされたりした場合も同様だ。


今回の敵兵はエルフだったことが確定したが、天使やその支配下にある他種族の使徒は、異端者を捕らえて火刑にする。


火刑っていうのは、ただ焼き殺すわけじゃない。

とろ火で長く人体を炙り、生かさず殺さずの状態のまま、最悪の苦痛を少しでも長引かせようとする。

普通の火刑でも半日以上生きていることがあるらしいが、もし処刑者が最悪の人格をしていれば、魔法で治療させながらたっぷり三日はかけて焼き殺す。


そういう状態に陥ってから、自殺の手段がないことを嘆いてももう遅い。


俺はテントの囲炉裏ばたにあぐらをかいて、ゲームの知識を思い出そうとする。


「自殺……自爆?」


ニューロリンクスキルに、「自爆」というまんまな名前のものがあるようだ。


文字通り、自分の命と引き替えに敵に大ダメージを与えるスキルである。


優秀な魔術師の中にも、体内の魔力を暴走させて自爆することができるものもいるが、このスキルは魔法による自爆とは別物だ。


本来は魔力のない爆発性のモンスターが使うスキルで、プレイヤーキャラクターがこれを習得できるのは、Carnageでは固有スキルを除くすべてのスキルがなんらかの形で覚えられるようになってるからだ。


この「自爆」には、まったく使いみちがなかったらしい。


ソロプレイのVRRPGであるCarnageでは、プレイヤーキャラクターの死はゲームオーバーとイコールだ。


その場でのコンティニューができないCarnageでは、ゲームオーバー時にはセーブデータからのやり直しとなる。


つまり、「自爆」で敵を倒したところで意味がない。


引き継ぎバグのことを考慮しても、「自爆」せずに全滅した場合と「自爆」してから全滅した場合とで、異なるのは「自爆」の使用回数くらいである。


「自爆」の習得条件は簡単だ。

10回自殺的な行為をして、実際に死ぬという経験をすると、確定で覚えることができるらしい。


ゲームでなければ絶対に満たすことのできない条件だが、セーブ&ロードと引き継ぎバグのおかげで俺には満たしやすい条件である。


「……っていうか、もう覚えてるみたいだな」


「自爆」というスキルがあることを知識として知ったことで、俺は自分が「自爆」を既に覚えていることに気がついた。


なんのボタンかわからないボタンが頭の片隅に転がっていたが、それが自爆のためのボタンだと聞いて、「ああ、これを押せば自爆できるのか」とわかったような感じである。


使用方法も簡単。たんに「自爆」を使うと強く念じればいい。


念じることすらできない状況というのは考えにくいので、実質的に俺はどんなときでも好きに「自爆」できることになる。


ゲーム中では無駄なスキルだったかもしれないが、今の俺にとってはとてつもない価値がある。

セーブポイントを使わずにタイトルに戻れることになるからな。


エスメラルダに拷問されるリスクがなくなると考えれば、命綱と言ってもいい。

まあ、この「命綱」は、命を断つためのものなんだけどな。

拷問されるより爆死するほうがマシなんだと思ってくれ。


「それにしても……ちょっと投げやりなスキルじゃないか?」


10回自殺すれば確定で覚え、使うには念じるだけでいい。

ただし、ソロプレイのCarnageでは、これで魔物を倒しても意味がない。

「とりあえずプレイヤーにも覚えられるようにしておきましたよ」といった感じの投げやりさを感じるな。


「……とにかく、いざってときの『脱出手段』が確保できてよかった」


このスキルがあればエスメラルダ相手の試行錯誤も怖くはないが……さて、うまい救出ルートが見つかるだろうか。

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