第11話 王子はルートを死に覚える

――アリシアは星見の尖塔にいる。


グレゴール兄さんから情報を得た俺は、兄さんをポケットに入れて再び城内へと繰り出した。


星見の尖塔は王族の居住区画の奥にある。


中庭を突っ切って居住区画に入り、それを斜めに横切って、小さな跳ね橋を渡った先が、目指す星見の尖塔だ。


中庭には敵兵がいなかったが、王族の居住区画では敵兵があちこちをうろつきまわっている。


もちろん、まだ見つかっていない第二王子グレゴールを捜してのことだろう。


第三王子である俺もまた逃走中だが、こっちのほうは最後に地下隠し通路で敵兵に目撃されている。


俺のことは、すでに城内にいないものと思われてるはずだ。


このことは隠密行動をする上ではメリットなので、今後も可能な限り敵兵に俺の姿を見られたくない。


もし見られたら、その敵兵はなんとかして仕留める必要がある。


俺一人では厳しいところだが、魔術に長けたグレゴール兄さんがいれば、一対一なら逃げられる前に倒せるだろう。


兄さんはシマリスに「変身」したまま元に戻れない状態だが、魔法を使う分には問題ない。

むしろ、シマリスの姿のほうが敵の不意を打てて有利なくらいだ。


だが、さいわいにも兄さんの出番はなくて済んだ。


居住区画は俺の「気配察知」で敵兵の位置を確認しながら素通りできた。


城のこのあたりは俺やグレゴール兄さんにとっては自分の庭のようなものだ。

「気配察知」を抜きにしても、どこを敵兵が通りそうかは察しがつく。


居住区画を抜けた俺は、建物から出て、小さな池のほとりに出た。


清らかな水を湛えた池の真ん中に、苔むした尖塔が建っている。


地球のちょっとしたビルくらいの高さのこの塔が、話にあった「星見の尖塔」だ。


「やっぱり見張りがいるね」


物陰に隠れた俺のポケットの中からグレゴール兄さんが頭を出してそう言った。


池の中島にある星見の尖塔に出入りするには、細い跳ね橋を渡る必要がある。


跳ね橋が上がっているのではないかという心配はとりあえず杞憂で、跳ね橋は下ろされたままになっていた。


ただし、跳ね橋の向こう、尖塔の入り口に、見張りの兵が一人立っている。


「ふむ⋯⋯僕が陽動をかけよう」


しばらく考えてから、兄さんが言った。


「近場で騒ぎが起これば様子を見に動くだろう。すくなくとも、中にいるはずの上官におうかがいを立てにいくはずだ。そのあいだに跳ね橋さえ渡ってしまえば、あとはユリウスの『気配察知』でどうにかできる。まあ、もし見つかって殺されても、君の場合はやり直しがきく」


「そりゃそうだけど、兄さんが危険だ」


「僕はこの通りの身体だからね。なんとか逃げるさ。もし僕が頓死するようなら後でやり直してくれると嬉しいけどね」


「そりゃもちろんそうするよ。アリシアとグレゴール兄さんの生存は、俺にとっては脱出の必須条件だ」


「そう言ってくれるのは嬉しいよ。君の試行回数を減らすためにも、なるべく生き残るようにしようとは思う。君と違って、僕は死後に意識を引き継ぐことはできないだろうしね」


「ああ、そうか⋯⋯」


俺がセーブデータをロードすれば、グレゴール兄さんの死をなかったことにはできる。


でも、目の前にいる「この」グレゴール兄さんにとっては、俺がデータをロードした後に復活する「次の」グレゴール兄さんは別人と同じだ。


俺にとっては、「この」グレゴール兄さんと「次の」グレゴール兄さんは、まったく見分けがつかない同じ人物に見えるはずだ。


しかし、二人のグレゴール兄さんは意識が連続していない。


兄さんが死ねば、今の兄さんの意識は、「次」に引き継がれることなく消えてしまう。


⋯⋯なんだかこんがらがってくる話だが、後で俺がやり直すにせよ、「この」グレゴール兄さんにとっては、今回の死が自分の死だとしか思えないってことだ。


つまり、グレゴール兄さんは自分の命をかけて俺とアリシアを救おうとしてくれている。


「ありがとう、兄さん」


「いや、気にしないでくれ。いずれにせよ君が来なかったら僕は敵に見つかって死んでいた可能性が高いんだからね。『変身』の暴走だっていつ解けるかわかったものじゃないし」


俺と兄さんは短く打ち合わせを済ませた。


俺の「気配察知」で近場の敵兵の位置を確認し、それが尖塔に近づいたところで、グレゴール兄さんが魔法で仕掛ける。


爆発音とともに、紅蓮の火の粉が尖塔にほど近い一画から噴き出した。


「な、なんだ!?」


尖塔の見張りがうろたえ、判断に迷ったように、問題の一画と尖塔とを見比べる。


そこで、炎の噴き出した一画から、火に包まれた敵兵が転がり出た。


「ーーぐあああっ! 熱い! 助けてくれぇっ!」


「だ、大丈夫か!?」


見張りは尖塔を離れ、跳ね橋を渡って、火に包まれた敵兵へと駆け寄った。


その隙に、俺は隠れていた物陰から飛び出し、跳ね橋を一気に渡り切る。


星見の尖塔の前には、もはや見慣れた淡く輝く緑の球体があった。



【セーブ】

 スロット1:

  ・

  ・

 スロット6:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  トラキリア城・中庭

  942年双子座の月4日 06:37

 スロット7:

  ユリウス・ヴィスト・トラキリア

  トラキリア城・星見の尖塔前

  942年双子座の月4日 07:19

  ・

  ・

  ・



セーブを済ませると、俺はすぐにその場を離れる。


セーブポイントは、どれもたいてい見つけやすい場所に置かれている。


ゲーム内での重要スポットなのだから当然だが、この「現実」では都合が悪い。

敵に(というか俺以外に)セーブポイントが見えなかったとしても、セーブポイントの前にいる俺の姿は見えるからだ。


「今のうちに隠れないと……」


俺は跳ね橋側から死角になるほうへと尖塔の外壁を回り込む。


ちらりと背後を振り返って確かめると、地面に転がって火を消そうとする敵兵に、見張りだったほうの敵兵が「ウォーターフロー」の魔法をかけている。


だが、少々の水ではその火は消えない。


兄さんが魔法で火をつける前に、敵兵に油をぶっかけているからだ。


事前に俺が油の入った樽を扉の上に固定し、扉が開くと同時に樽が壊れる罠を仕掛けておいた。


「キャンプ」のテントにはいくつもの設備があるのだが、「気配察知」を習得したことで斥候として一定の経験を積んだとみなされたらしく、簡単な罠のクラフトができるようになっていた。


その罠で敵を油まみれにすると同時に、兄さんが「ファイヤーボール」の魔法を撃ち込んだ。


音も効果も派手な「ファイヤーボール」を選んだのは、あえて人目を引くためで、火が簡単に消えないようにしたのは、敵兵の注意を囮に引きつけるためである。


兄さんは無事に逃げられただろうか?


気がかりではあったが、俺が手を休めてしまったら、なんのための陽動だかわからなくなる。


俺は星見の尖塔の裏に回りこむと、びっしりと生えた蔦を頼りに、尖塔の壁を登っていく。


いくら注意を引きつけたとはいえ、塔の中にはかなりの数の敵兵が詰めている。

正面突破は無謀すぎるので、こうして壁を這い登るくらいしか手段がない。


蔦に全体重をかけるとちぎれてしまうので、石壁の隙間に手の指をかけて体重を分散しながら壁を登る。

安全綱のないぶっつけ本番のロッククライミングだ。

登るにつれて地面が遠くなり、吹き付ける風が俺の指をかじかませる。


「待ってろよ、アリシア⋯⋯!」


気合いを入れて石壁の隙間に手をかける俺だったが、その石が壁からぼこりとはずれた。


「う、うあああああああっっ!?」


支えを失った俺は墜落しーー



GAME OVER



タイトル画面に戻された。

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