第10話 仲のいいきょうだい
「いやはや……なんとも信じがたい話だね」
俺が「キャンプ」で出したテントの中で、グレゴール兄さんがそうつぶやく。
――厨房から持ち出しておいた食べ物をテント内の囲炉裏で温めて食べながら、俺は兄さんに一部始終を説明した。
城の地下でセーブポイントを発見したこと。
同時に異世界のゲーム知識が溢れ出してきたこと。
「ゲームオーバー」になるとタイトル画面に戻され、セーブデータから再開できること。
敵兵にはセーブポイントは見えていないらしいこと。
以前確かめた通り、キャンプのテントの中にいるあいだは時間が経過しない。
もちろんこれも、「もしテント内に俺の主観で数年間いた場合、俺はその分歳を取るのか?」だとか、「もし歳を取ったとして、そのあとに歳を取る前のデータをロードしたら、俺の肉体年齢はセーブ時の状態に戻るのか?」といった、検証の難しい疑問は残る。
ただまあ、そのへんの細かいことは、今の事態に直接の影響はないだろう。
「俺がテントの中にいるあいだ外では時間が進まない」ってことと、「これだけ大きなテントなのにセーブポイントと同じく俺以外には見えないらしい」ってことさえわかってれば十分だ。
「僕にもユリウスの言う『せーぶぽいんと』は見えないけど、ユリウスに連れられてこの『テント』に入ることはできたからね。この『テント』も外からは何も見えなかったのに、中に入ったら見えるようになった。
こんな不可思議な現象を見せられて、今さら君の話を疑うつもりはない。この局面でユリウスが僕に嘘をつく意味がまったくないし、もし嘘をつくにしても、こんな荒唐無稽な話はしないだろう」
シマリス姿のままの兄さんが、俺の差し出した木の実をかじりながらそう言った。
「もし俺が嘘をつこうと思っても、こんな話、とてもじゃないけど思いつかないよ。俺だって、自分が正気なのか自信がなくなってるくらいだ」
「ユリウス。君は完全に正気だと僕は思う。僕が正気を失ってなければ、だけどね」
「どうして?」
「もし今回のことで君が混乱してるのだとしても、知るはずのないことは語れない。どんなに奇想天外な妄想だって、結局は君の知っている範囲を超えることはないんだからね」
「そりゃそうだろうけど……」
「僕という第三者が君の話を確認して、事実だと認めたんだ。いいかい、これは君の妄想じゃない。まぎれもない現実さ。そこを疑うのはもうやめて、この状況をどう活かすかを考えよう」
「そう言ってくれると心強いよ」
グレゴール兄さんは、「変身」という伝説級の固有スキルを持つだけでなく、優秀な魔術師でもある。
王子でなければ宮廷魔術師になっていたといわれるほどの逸材だ。
魔術の才だけでなく、博覧強記でも知られ、この世界では最高クラスの知識の持ち主でもあった。
「兄さんは、この世界が異世界の遊戯なんだと思う?」
「さて、ね。まだ決めつけるのは早いだろう。君が気づいた通り、『かるねーじ』というその『げーむ』とこの世界のあいだには食いちがってることもけっこう多い。ただ、この世界が『げーむ』なのかどうかは、現状ではどうでもいいことだ」
「ど、どうでもいいって⋯⋯」
「だって、そうだろう? 君にとっても、僕にとっても、この世界は現実だ。擬似現実でも白昼夢でも『げーむ』でもない。この世界が『げーむ』だったとして、君はアリシアが魔族に連れ去られるのを看過できるのかい?」
「そんなことは⋯⋯できない」
「だろう? それでも不安なら、こう考えてみたらどうだろう?
仮に、この世界が『げーむ』だったとしてみよう。その場合でも、僕たちの結論は変わらないはずだ。
なぜなら、この世界が『げーむ』だったとしても、その『げーむ』を『ぷれい』しているのは人間だ。僕たちと同じ、人間なんだよ。その彼らもまた、『げーむ』の外にある『現実』を生きている。
だが、考えてみてほしい。その『現実』もまた『げーむ』ではないとなぜ言える? 僕たちはこれまで、この世界が『げーむ』なのではないかという疑問など一切持たずに生きてきた。同じように、『かるねーじ』の『ぷれいやー』たちも、自分たちの『現実』は果たして本当に現実なのか? なんてことは、いちいち疑わずに生きてるはずさ。
だから、僕らと彼らのあいだには、本質的な差はなにもない。自分が現実だと思ってることが現実なのさ」
「そ、そう……なのかな?」
ほとんど詭弁にしか思えなかったが、兄さんは自分の到達した認識に納得したようにうなずいている。
「さて。本題に戻ろうか。アリシアは星見の尖塔にいるはずだ」
「えっ、なんだってそんなところに⋯⋯」
「アリシアは夜明け前に起き出して、僕の部屋にやってきた。運命の鼓動が聴こえた、これまで聴いたことのないような強く激しい鼓動だと、青い顔で言っていた」
「鼓動が⋯⋯」
俺とグレゴール兄さんの妹であるアリシアには、特殊な固有スキルがあった。
「運命の鼓動」と名付けられたそれは、文字通り、巨大な運命のうねりを音として聴くというスキルである。
Carnageにおいてアリシアが魔族に囚われていたのは、このスキルに利用価値を見いだされたためだ。
アリシアは幼い頃からこのスキルに振り回されてきた。
アリシアが運命の鼓動を聴く時、多くの場合、それは何か不幸なことが起こる前兆である。
他人の不幸を予言するようなアリシアの言動は、周囲のものを怖がらせるのには十分だった。
アリシアは単に、これから起こる運命の変転を前もって知ることができるにすぎないのに、多くのものはアリシアが不幸を運んでくるのだと勘違いした。
不幸そのものと、不幸を先触れするものとをごっちゃにしたのだ。
厄介なのは、その「勘違い」が誤りなのだと証明するのが難しかったことだ。
ゲーム知識などないこの世界では、もし固有スキルを発現したとしても、そのスキルの詳細な説明文を読んだりはできない。ネットで検索して他のプレイヤーの考察を探すなんてことももちろんできない。
だから、固有スキルの効果は、手探りで推測していくことでしかわからないのだ。
グレゴール兄さんの「変身」などは、伝説級といわれるほどの珍しいスキルだが、その効果はわかりやすい。
数分間、小動物に変身できるってだけだからな。
しかし、アリシアの「運命の鼓動」はそうではない。
運命の歯車の軋みが聴こえるとアリシアが言っても、周囲の人間には当然ながらその音は聴こえない。
周囲がアリシアは不吉な予言を現実にする力を持っているのだと邪推するのも、無理からぬところがある。
アリシアは王女ではあるが、俺やグレゴール兄さんの父である現在の国王の娘ではない。
父が再婚した現在の
つまり、俺やグレゴール兄さんからすると、アリシアは義理の妹であり、アリシアの母である現王妃は義理の母だということになる。
王が連れ子のいる女性と再婚するのは極めて異例なことで、他国の王家ならすくなからぬ波紋が起きたことだろう。
だが、俺たちの義理の母となった王妃はとても包容力のある女性で、俺たち兄弟は、彼女のことを義理の母ではなく第二の母として受け入れていた。
⋯⋯そんな話をすると、疑り深い他国の王族には「嘘だろう」といわれるのだが、正真正銘本当である。
ともあれ、アリシアが現王の血を引いていないこともあって、不吉な予言をするアリシアへの風当たりは強かった。
俺たち兄弟は、そんなアリシアを陰ながら、あるいは表立って守ってきた。
長兄マクシミリアンは、軍を抑える将軍の立場でアリシアをかばい。
次兄グレゴールは、アリシアの固有スキルの研究と解明を通して、アリシアへの誤解を解いてきた。
俺は、年齢がいちばん近いこともあってか、アリシアの相談事に乗ってやることが多かった。
⋯⋯というより、権勢もなければ魔術の才もない第三王子としては、話し相手になってあげるくらいしかできることがなかったのだ。
アリシアの母が王との間に男児をもうけなかったこともあって、義理のきょうだいで権力争いをするような事態にもならなかった。
はっきりと聞いたことはないが、父と母はおそらく、肉親同士の争いを嫌って、子どもを作らないことにしたのだろう。
「俺にとって、アリシアは大事な妹だ。魔族の虜囚になんかさせられない」
「僕にとってもそうさ。くそっ⋯⋯アリシアが朝僕の部屋にやってきた時に、異常を察してついていけばよかったんだ。アリシアの様子は尋常じゃなかった。僕はそっとしておくべきかと思ったんだが⋯⋯。せめて、ユリウスを起こしてついていてもらえば⋯⋯」
兄さんは心底悔しそうにそう言った。
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