第14.5話 休暇

「というわけで、休暇です」

「………はい?」


 突然、聖上に呼ばれた私は、ある書面を手渡された。


【休暇届 仁】


「聖上、これは…」

「まぁ、仁が言うことも確かだけど」

「いえ、まだ何も喋っていませんが」


 それにしても、暗殺者騒ぎから間もないのに、どうして休暇など勧めてくるのか。聖上の意図が分からなかった。


「いいでしょう、説明させてもらうわ。仁、貴方は侍大将として皇国に大きく貢献して貰っているわ。けど、就任してから今日まで、一度も休暇を取った事がないでしょう?」

「確かにその通りですが…」

「貴方には毎日休みなく働いてもらってるから、この際きちんと休みをとってもらおうと思ったの」

「お気持ちはありがたいですが、私には仕事が…」

「だから、貴方には一日しか休日を設けられないの。とても心苦しいけど。仁が休暇を取っている間は、全員が仁の仕事を埋め合わせるわ」

「それは、大変嬉しい申し出ですが。やはり…」

「駄目、今回はきちんと休んでもらうわ。他の者達への要請は済んでいるの。何かあれば私も対処するわ。と言うか、ここは私の顔を立てて、一日をゆっくり休んできなさい」


 どうやら、このご好意を断ることは出来そうにない。


「承知しました。では、ありがたく休暇を頂きます」

「あっ、そうそう、貴方に渡しておく物があるの」


 謁見の間から立ち去ろうとしたとき、聖上は私にある物を手渡された。



 翌日



 休暇と言われたが、いつもの様に日の出と共に目を覚まし、身支度を終え、食堂に朝食を食べに行く。


 何時もであれば、すでに正装に着替え、太刀を携えているが、今日は聖上の命令通り、普段着ている袴姿でうろつく。他の者達も、いつもと違う私を何度か見てくるが、この姿を見て察したのか挨拶だけをしてきた。


「さてと、どうしましょうか…」


 稽古も禁止、勉学も禁止、政務も禁止、聖上から伝えられたこの日の禁止行為は、私の生活からごっそり何かをかっさらってしまった。予定から何もかもが消えていく。


 正直、何をして良いのか分からない。

 ふと私は、聖上からの言葉を思い出した。


 普段足を運ぶ場所に赴き、いつもと違う空気を感じろという言葉。その真意はわからないが、兎も角にも修練場へと足を運ぶ。


「おっ、大将。お疲れさん」

「お疲れ様です!」


 右京達が兵士と共に剣術の鍛錬を行なっていた。


「今日はどうしたんだ?」

「聖上からお休みを頂きました。ですが、正直なところやることがなくて」

「それなら、俺と手合わせしてくれないか?」

「いいでしょう」


 稽古ではないので、これなら良いだろう。そう思いながら、右京との手合わせを終えて修練場を離れる。

 そして、次に向かったのは、皇宮内にある大御神の祭壇だ。


「これはこれは仁様」

「………」


 祭壇のある祷の間に入ると、祭壇を掃除する巫女の千代様と、それを手伝う百合がいた。

 百合は私の姿を見ると、千代様の後ろに隠れこちらをちらちらと見てくる。


「今日はどうされましたか?」

「聖上からお休みを頂きましたので、お手伝いか何かをしようかと」

「本当でございますか?ちょうど、高いところに手が届かなくて、手伝っていただけるなら嬉しゅうございます」


 それから半刻、祷の間は間違えるほど美しくなった。


「ありがとうございました、仁様」

「いえ、感謝されることではありませんよ。千代様、ひとつお願いがあるのですが」

「はぁ、何でございますか?」

「百合を少しお借りしてもよろしいですか?」



 私は着物姿の百合を連れて、城下を歩いていた。まるで親と娘ほどの差があり、事情を知らない者が見れば、私たちは親子に見える。


 百合は私の手を握りながら、無言で側を歩く。


「気分は良いですか?」

「………」

「今日は良い天気ですね」

「………」

「昨日はよく眠れましたか?」

「………」


 私の問いに反応こそするも、答えてはくれない。巫女様曰く、コタンテによる性的暴力を受けてきた過去から、心に深い傷を負っており、その影響で中々言葉を発せられないらしい。


「城下に出たのは初めてですね。今日は、色々なところへ行きましょう」


 私がそういうと、百合の表情が少し明るくなった様に思えた。


 城下の甘味屋、市場、遊戯屋、装飾屋、普段は滅多に足を運ぶことのない場所へと、百合を連れて回る。百合は初めて触れる城下の空気を楽しんでいた。


 そして、日も暮れ始めた頃、私は百合を連れてある場所へと向かった。そこは、皇都で最も格の高いある旅籠屋であった。


「お待ちしておりました仁様」

「お世話になります。これを持ってきました」


 私は出迎えてくれた旅籠屋の女将に、聖上から渡された木札を手渡す。それを見た女将は私たちに深々と頭を下げる。


「では、お部屋にご案内いたします。どうぞこちらへ」


 女中に荷物を持ってもらい、女将の後に続いて旅籠屋の中を歩く。ここは派手な装飾ではないが、皇宮のような何処か厳かな雰囲気を醸し出している。


「お部屋はこちらになります。何かあればお申し付けください。どうぞ、ごゆるりと」


 部屋は、二人では広過ぎるほどだった。そんな部屋を見て、百合は驚きの表情で私を見てきた。


「夕食まで時間がありますので、汗を流しましょうか」


 部屋ごとに備え付けられている露天風呂からは、星が浮かぶ夜空が見える。私は身体に手拭いを巻いた百合を、身体を流すために腰掛に座らせる。


 手拭いの隙間から見えるのは、おそらく暴力を受けた時のものであろう、痣や切られた傷跡が残っている。


 その背中を見ると、やはり何とも言えない気持ちになる。同時に、彼女をここまで苦しめたコタンテに対して、憎しみが込み上げてくる。


「………?」


 何もしないの、と言う表情で、百合が私を見てくる。


「すみません。では、背中を流しますね」


 手拭いを使い、百合の背中をゆっくりと撫でる。時折、お湯を流すと、百合が気持ちよさそうに身を委ねてくる。


「加減はどうですか?」

「い、い…」


 すると、はっきりとした言葉ではないが、百合が声を発した。そして、私の胸にゆっくりともたれかかってくる。


 次に、長い髪をお湯に浸してゆっくりと撫でる。


「私は、あなたに謝らなくてはなりません。もう少し早く、自分の意思に気がつけば…」

「…」

「何です…んむっ!?」

「言わないで…ください…」


 百合は顔を横に何度も振り、私の口に人差し指を押し付けてきた。


「すみません。では、浸かりましょうか」

「はい…です」


 こうして、私と百合の距離は少し縮まった。同時に、過去ばかりを見ず、前を向いて進むことも大切であると、百合から教わった貴重な1日になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る