第15話 桜花祭

 政務が落ち着いた卯月のある日。私たちが久しぶりに村へと戻ると、懐かしい顔ぶれが暖かく出迎えてくれた。


「信濃さん、お姉様、それにみんな」

「お帰りなさい瑞穂、元気にしてた?」


 私はお姉様に抱きついた。突然抱きついてきた私にお姉様は戸惑ったが、優しく抱擁してくれた。



「兄様にも来て欲しかったです」


 小夜は少し残念そうにする。私たちが葦原村にいる間、凛や右京が城の留守を守ってくれている。


「ここが、葦原村ですか。とても良いところですね」

「ちょうど桜花祭の時期だから特に綺麗よ」

「桜と花に彩られ、それを祝う村ですか。とても風流ですね」


 仁は初めて訪れた葦原村の感想を述べる。彼は緋ノ国の侍大将ではあったが、ここには訪れたことがなかったらしい。


「もう祭りの季節か」

「早いものよね」


 御剣と可憐お姉様は、去年の桜花祭を振り返ってそんな事を言っている。


「リュウ、木にお花が咲いているけど、なんて言うお花?」

「これは桜だ。花というよりか、木の花びらだ」


 ローズはリュウに、桜について聞いていた。


「千代、あなた明風の巫女なら理由ぐらい知っているんじゃないの?」

「ふぇっ!?」


 突然、私に質問を投げかけられた千代は、一瞬驚いて声が裏返る。


「た、確かに、神社に伝わる言い伝えでは、この地で亡くなった人の魂が、大御神様に常世から現世に招かれ花として咲く。とされていますが…」

「そうだとしても、今年は例年に比べて凄く華やかだと思う」


 正直なところ、道端にも花が咲き誇っている状況は、思うところがある。この花一輪一輪が、先の反乱で命を落とした村の仲間たちではないかと思ってしまう。


「瑞穂様、あくまでも言い伝えでございます。お考えになられている事はよく分かりますが、思い詰めるのも良くありません」

「そうね」


 村の人たちは桜花祭の開催に向けて、桜の枝を門戸に飾り付け、広場に会場を作っていた。


「ねぇ、瑞穂。あれは何?」


 ローズが会場に設営された舞台を指差す。


「あれは私が桜花の舞を披露する場所よ」

「オウカノマイ?」

「私の家では代々、桜花祭の最終日、3日目に舞を披露することになるの。前まではお母様がやっていたけど、今年から私が舞を披露しているの」

「凄く楽しみね。それにしても、踊りを踊れるなんて、尊敬できるわ」

「ローズは踊ったりしないの?」

「私は無理よ。物事ついた頃から騎士団で剣を振っていたし。私の故郷にも踊りを披露するような祭はなかったから」

「じゃあ、楽しみにしていてね」


 調子に乗ってそんな事を言ったが、少し後悔している。舞はお母様の指導で体に染み付いているが、本番はどうなるかわからない。

 

 自分で自分の難度を上げてしまった。


 可憐お姉様、仁、リュウ、ローズの四人は村に残り、私と御剣、千代、小夜の四人は村の外れにある明風神社へと向かった。


「お帰りなさい、みんな」

「ただいま戻りました、お母様」

「ご無沙汰しています、七葉さん」


 私と千代の後ろで、御剣と小夜が頭を下げる。御剣はここには何度も来ているが、小夜は初めてだ。

 

 七葉さんの隣にいたテンが小夜に近づくと、喉を鳴らして体を擦り付ける。


「あらあら、懐かれたようですね」

「可愛い…」


 ここに来た目的は三つある。

 一つ目は、桜花の舞を披露する際に着用する衣装を取りに来た事。

 二つ目は、お祖母様やここに眠る人たちに報告に来た事。

 そして、三つ目。


「瑞穂、行きましょうか」

「はい。みんなはここで待っていて」

「どこに行くんだ?」

「心配いらないわ。すぐに戻るから」


 私は七葉さんと二人で本殿から地下に続く階段を降りる。


「七葉さん、伝えたいとこって…」

「今はまだ言えません。暗いので足元に注意してくださいね」


 蝋燭の灯りだけを頼りに地下を進んでいく。すると、通路は徐々に広くなり、圧迫感を感じないくらいになった。

 

 そして、私たちは開けた場所へと出る。

 

 神社の地下にこんな場所があったのは知らなかった。


「七葉さん、ここは?」

「ここは、かの大御神様が眠られる場所です」


 私の視線の先には、吹き抜けのようになった天井から差し込む光に照らされる、小さな祠があった。祠の周りには水が張られ、一本の桜の木と、花々が咲き、神秘的な風景を作り出していた。


「墨染様より生前、時が来ればあなたをここに連れてくるように申しつけられていました」

「お祖母様から?」

「ここにあなたの求める真実があります」


 私は水面に渡された石の橋を渡り、祠の前へと歩み寄る。

 

 祠はとても綺麗に手入れされており、汚れもない。

 

 私は祠の前に跪座し、ゆっくりと目を閉じる。すると、不思議と体が浮くような感じがし、音も何も聞こえなくなる。



「本当に宜しいのですか?」

「構いません。これも運命で決められている事です。たとえ私でも、運命に抗うような真似は出来ません」


 何かがおかしい。いま私は、私が知らない巫女と話している。相手は誰か分からない。私は自分の意思とは関係なく、まるで誰かになりきっているかの様に話を続けた。


「しかし…」


 巫女は困った顔をする。


「この身では、私は人として天命を全うすることは出来ません。ですから、せめてあなたの持つ力で静かに眠らせてほしい」

「…分かりました」


 巫女が呪文を唱えると、足元に見たことがない術式が現れる。


「眠る前にひとつお願いしても良いかしら?」

「はい」

「いつかまた、私とあなたが巡り合うその時まで、これを預かっていてもらいたいの」


 そう言って私は巫女に見覚えのある鉄扇を手渡す。それは、私がお祖母様から受け継いだあの鉄扇だった。


「えぇ、たとえ私の命が尽きようとも、次代の斎ノ巫女にその役目を受け継ぎます」

「ありがとう。ふふ、やっぱりあなたに頼んでよかったわ。続けて」

「仰せのままに」


 やがて術式の光が増し、段々と光に包まれていく。


「ようやく、何も考えずに眠れるのね…。本当に長かったわ。いつかまた、あなたと会える日を楽しみにしているわ」

「嬉しいことを言ってくれますね」

「ふぅ、なんだか眠くなってきた。ちょっと寝させてもらうわ」

「はい。おやすみなさい大御神様」

「おやすみ」


 やがて、視界はもとの風景へと戻る。


「これは…」


 目を開けると、私は祠の前に戻っていた。


 巫女は確かに、私のことを大御神と言っていた。それにあの鉄扇、あれは間違いなく私が持つあの鉄扇だった。


「七葉さん、これは一体…」

「それが答えです瑞穂。それはあなたの魂に眠る過去の記憶です」

「記憶…?」

「瑞穂、墨染様や村の人々が、あなたの体に宿る強大な呪力について、何も教えてくれなかったと思います。なぜなら、あなたは大御神様の血を受け継ぐ者だからです」

「………え」


 言葉が出てこなかった。正直言うと、どう反応していいか分からず固まってしまった。


「えっと、よく分からないわ…」


 やっと絞り出した言葉がこれだ。


「あなたは大御神様の血を受け継ぐ者、そして私たち白雪は、代々斎ノ巫女としてあなたを守る役目を任じされた者です」


 ◇


 瑞穂が七葉さんとある場所へ向かっている間、俺たち三人と一匹は拝殿の中でごろごろとしていた。


「ふぅ、もふもふなのです」

「もふもふですぇ」

「もふだな」


 俺たちはテンの尻尾を堪能していた。テンは嫌がる様子を見せず、むしろ気持ちよさそうに目を閉じて寝そべっていた。


「霊獣、初めて見たです」

「まぁ、滅多に見られるもんじゃないしな。俺も、ここに来て初めて見た」

「本当にいたことに驚いたです。伝承や神話でしか登場しないのが、霊獣という存在なのです」

「もふぅ」


 斎ノ巫女でさえこの表情だ。それにしても、この尻尾には猫に木天蓼級の破壊力があるのか。


「なぁ、千代」

「もふぅ、ふぇっ!? な、何でございましょうか御剣様」

「瑞穂がどこに行ったか知ってるのか?」

「い、いえ。私はよく分かりません」


 知らないか。七葉さんも一緒だということだ、心配するには及ばないだろう。


 ◇


 桜花祭は三日間に渡って執り行われる。


 一日目は村民全員により、五穀豊穣を願って祈りを捧げる。


 二日目は大御神の眠る明風神社に、各々が持ち寄った農作物や工芸品などを奉納する。


 そして三日目。


 私は明風神社に保管されていた舞の衣装を身に纏い、台座に上がる。先程まで呑んで大騒ぎしていた村人たちが、全員台座の周りに集まりだす。


「さてと、ちゃんと踊れるかしら…」


 村の女子衆によって、神楽の音が奏でられる。私は鉄扇を広げ、音色に合わせてゆっくりと舞を始める。


 みんなが私を見ている。緊張しているが、踊りは体に染み付いているので、考えなくても身体が動いてくれた。


 目の前に桜の花びらが舞う。


 私は鉄扇を閉じ、刀を鞘から抜き取りゆっくりと跪く。


 刀を目の前で持ち、剣先を夜空に向ける。


 音色が変わる。


 灯篭の灯りが、磨き上げられた刀身に反射する。


 私が唯一苦手だった剣詩舞。お母様に何度も叱られながら、ようやく体得した舞だ。


 戦で疲弊した人々の心を癒し、命を散らした者たちへの鎮魂。それが桜花の舞の意義だと教えられた。


 舞を終え、再び跪き刀を納める。桜花の舞は無事に終わり、村人たちから暖かい拍手が送られた。



「お疲れさん」


 舞を終えた私は、御剣と一緒にある場所へと来ていた。


 そこは、私たちがこの村にいた頃、二人でよくお酒を酌み交わした屋敷の縁側だった。


「ねぇ、御剣」

「はい」

「どうだった。そ、その。私の舞の事なんだけど…」


 恥ずかしながら、御剣に感想を求めてしまった。


「よく踊れていたと思うぞ」

「そ、そうじゃなくて…」


 それは嬉しい。けど、本当に言って欲しいのは…。


「あぁ、もう。御剣の馬鹿!」

「ちょ、瑞穂、そんなに一気に飲んだら」

「うぷッ!」

「ほれ、言わんこっちゃない。ここの酒は酒精が強いのを忘れてたのか?」

「う…きもちわるい…」

「ったく。ほら、背負うぞ」


 そう言って私はおぶられる。


 御剣にこんな事してもらったの、いつぶりだろうか。昔、河原で遊んで膝を擦りむいた時以来かもしれない。


 あの時と比べ物にならないほど、御剣の背中は大きくなっていた。ずっと、こうして体を預けておきたくなるくらい、安心できた。



 ◇



 疲れていたのだろう。瑞穂は背中でぐったりとしている。早いところ寝かせた方がいい。


「御剣…」

「はい」

「ねぇ、御剣…」

「はいはい」


 眠たげな声で話しかけてきた。


「御剣、私ね…御剣…のことがね…すぅ…」

「寝たし…」


 瑞穂が何を言おうとしたのかは分からないが、とりあえず布団に寝かせる事にした。


「ん?」


 布団から立ち去ろうとすると、不意に引き止められる。見ると、瑞穂が両手で俺の手を握り、すやすやと寝息を立てていた。


「困った主だな」


 俺は瑞穂の横に腰を下ろし、その寝顔を見守る事にした。


「まさか、お前が大御神の血を引いているなんてな…」


 前に村に来た時、俺は信濃さんから瑞穂の力についての話をされた。


 にわかに信じがたい話だったが、コタンテの城で見せたあの姿の事もあり、徐々に現実を受け入れる事にした。


「ったく、俺と言いお前と言い、つくづく面倒事に巻き込まれるよな」


 俺は右手に刻まれた呪詛痕を見つめる。


 呪われた従者と、神様の血を引く主。


 訳ありにも程があるだろう、と内心突っ込みを入れた。


「俺たちが出会ったのも、偶然じゃないかもな」


 もしそうだとすれば、これから俺たちはどんな人生を歩んでいくのだろうか。主の意思に従うのが従者の役目。それが例え、修羅の道であろうとも、俺は瑞穂を守るために刀を取る。


 その覚悟はとうに決めていた。

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