第14話 姉妹

 砂時計の落ちる速度に気をつけながら、すり鉢で人参、当帰や芍薬といった様々な薬草を混ぜ合わせる。


 十分に混ぜ合わした後、搾り取った汁を飲みやすいように温めた蜂蜜と混ぜ合わせる。


 絞りきった物は乾燥させ、粉状にする事でまた薬となる。


「はい、小夜」

「ありがとです、姉様」


 小夜は湯飲みに入った薬をゆっくりと飲む。


 あれから数日、私たちの生活は徐々に元通りになろうとしていた。


 この日はお母様から鍛えられた腕と、お祖母様の薬箋を元に、自分用の薬と小夜が定期的に飲む薬を作っていた。


「お祖母様程ではないけど」

「そんなことないです、姉様」


 姉様、小夜と姉妹の契りを交わしてから、小夜は私のことをそう呼んでくれる。


「そうだ、小夜。少し城下に遊びに行かない?」

「私は別にいいですけど、姉様は御政務があるのではないのです?」


 そう言えば、御剣とは薬を作り終わってから政務をする約束だったような。


「まぁ、それは後から何とでもなるし。今まで小夜と二人で遊んだことないから」

「姉様がそう言うのなら…」

「そうと決まれば、早く行こっ!」

「あっ、ちょ、ちょっと姉様!」


 私は小夜の手を引き、再び活気を取り戻した城下へと繰り出した。



 ◇



「瑞穂、お茶を持って来た…ぞ」


 俺はもぬけの殻となった執務室へと入る。


「また逃げられたか」


 盆に載せていた湯飲みが割れたような気がするが、気のせいだろう。



 ◇



 城下は活気があり、表情も明るかった。


「うわぁ、見てください姉様!」


 小夜は目を輝かせ、露店に並べられた美味しそうな匂いを漂わせる串焼きや甘味といった食べ物、綺麗な柄の織物、美しい造形をした硝子細工へと食いつく。


 小夜に尻尾があればと想像すると、少しずつ笑ってしまう。まるで仔犬のようだ。


「わぁ…綺麗です」

「本当ね」

「これはこれは皇様」


 露店の店主が頭を下げてくる。私は気にしないでと言い、台に並べられた簪を手に取った。


「これは、月と星を想像した物になります」

「へぇ、凄いわね。ちょっと借りるわね」


 私は小夜の髪を結い直し、その髪に簪を挿してあげる。


「うん、とても可愛いね」

「……」


 小夜は頰を赤くする。簪を付けた小夜は、お世辞抜きにしてとても可愛かった。


「おじさん、これを貰うわ」

「あ、姉様。こんな高価な物…」

「良いの良いの、ここは私に任せて」


 私は店主に代金を手渡す。


「そんな、皇様からお代をいただくなんて」

「今日はただのお客さんだし、物は買ったらお金を払うのが普通よ。ほら、遠慮しないで」

「あ、有難うございます!」

「あ、あの。姉様…」


 すると、小夜は私にそっと一つの簪を手渡してきた。


「これは…」


 桜の花びらで彩られた桃色の簪だった。


「あ、姉様には、これがお似合いなのです」

「それは、桜吹雪を想像した物で、この時期にだけ販売する限定品です」


 そういえば、ここ最近は戦ばかりで忘れてしまっていた。もうすぐ、葦原村では桜花祭が始まる。

 

 村のみんなは今頃どうしているだろうか。

 

 そう考えると、少し目元が潤んだ。


「姉様?」

「ううん、何でもない…」

「姉様、着けてみて欲しいです」


 私は小夜から簪を受け取り、髪に挿してみる。


「姉様、綺麗なのです。とても似合っているです」

「ありがとう、小夜」


 私は自分の分と小夜の分の代金を払ったあと、珠那さんの甘味屋へと向かった。


「リュウ、それにローズ?」

「聖上に、右京んとこの妹さんか」

「二人ともこんにちは~」


 甘味屋にはすでにリュウとローズが先客として座っていた。婚約しているというのは知っているが、こうして二人で外にいるのを見たのは初めてだった。


「今日はどうしたの二人とも」

「いや、ローズが甘味を食べたいって言い出してな。聖上がよく来るここに来たんだ」

「私の故郷では焼き菓子とか、チョコレートが主流で、ここは前から興味があったの」

「ちょこれーと?」

「カカオの豆を発酵、焙煎、すり潰した物に、砂糖や牛乳なんか混ぜたお菓子なの。とても甘くて、病みつきになるわ」


 想像しただけでも美味しそうな甘味だ。しかし、ローズの故郷となると、恐らくこの国に伝わるのも、原材料を集めるのも難しいはずだ。


「美味しそう。死ぬまでに一回ぐらい食べてみたいかも」

「でも、さっきここの人に作り方を教えたシュー・ア・ラ・クリームなら、もう少しで出来上がるかも」

「しゅうあらくりぃむ?」

「お待たせローズ…あら、いらっしゃい瑞穂、それに小夜ちゃん」


 厨房から出てきた珠那さんは、丸い形をしたお菓子をお盆に載せていた。これが、ローズの言っていたしゅーなんちゃら、という甘味なのだろうか。


「まさか、話を聞いただけで作るとは、驚いたわ」

「私の腕を見くびらないでくださいませ。材料と作り方さえ分かれば、このくらい楽勝ですわ」


 珠那さんはそう言って腕を組む。


「まぁ、ともかく食べてみて」

「じゃあ、いただきます…うぅ!」


 ふんわりとした生地の中から、甘いトロトロした何かが出てくる。


「くぅ…お、美味しい」

「わぁ、美味しいです」

「美味いな」

「ねぇ、ローズ。このトロトロしたの、なんて言うの?」

「それはクリーム。シュークリームは焼いた生地の中にそのクリームが入っているの」

「クリーム、美味しいけど不思議な味ね」

「あ、姉様。お口にくりぃむが付いてるです」


 夢中で食べていたせいか、いつのまにか口の周りにクリームが沢山付いていた。

 すると、横から手が伸び、私の口についたクリームを布で拭ってくれた。


「ほら、じっとしとろ。拭いてやる」

「ありがと…って、ひゃああ!?」


 隣に座っていたのは、何事もなかったかのように皿のシュークリームを頬張る御剣だった。


「み、み、み、御剣!?」

「み、御剣様!」

「小夜、身体の調子はどうだ?」

「は、はいっ! 姉様のお薬のおかげで、とても良いです」

「そうかそうか、良かったな」


 御剣はそう言いながら、小夜の頭を撫でる。頭を撫でられた小夜は頰を赤くする。


「美味いなこれ」

「よぉ、御剣。お前も甘味食いにきたのか?」

「仕事ほったらかしてサボってる馬鹿皇を連れ戻しにきたんだ」

「ば、馬鹿!?」


 馬鹿と言われて腹が立ったので、御剣の脇腹に一発かましてやった。


「ごふっ!?」

「ふんっ。行こ、小夜」

「ちょ、ちょっと姉様!」


 私は小夜の手を引いて甘味屋を後にした。


「おぉ、痛そう…」

「仕方ないわよ御剣君、間違ってもそんな事言っちゃダメよ」

「同感ね」



 ◇



「全く、まさか殴られるとは思わなかったな…」


 脇腹を殴られた痛みから解放された俺は、瑞穂と小夜を探すためにまた城下を歩き回ることになった。


「なぁなぁ、そこのカッコいいお兄さん」


 後ろから女性が俺を呼び止めようとする声がするが、残念ながらおれはカッコいいお兄さんじゃない。

 無視して歩いていると、また声を掛けられる。


「ちょ、ちょお、お兄さん。無視せんといてぇなぁ」

「……」

「無視するのは酷いわぁ」


 俺はため息をついて後ろを振り返る。すると、そこにいたのはこの国ではあまり見ることのない服装をした可憐な少女だった。


「何か用か?」

「つれないお兄さんやなぁ。こんな可憐な少女が困ってるのに」

「自分で言うのか。参ったな…」


 早いとこ瑞穂を見つけたいところだが、どうしてこういう時に限って俺に声を掛けてくるんだ。


「分かった分かった。それで、何か用か?」

「うちなぁ、今日初めてここに来たんやけど、あんまし何が何か分からんくてなぁ。お兄さん、この辺に詳しそうやし案内してほしいんよ」

「すまん、他を当たってくれ」


 本気で面倒なので、踵を返して立ち去ろうとする。

 が、服の袖を掴まれて止められる。


「そんな酷いぇ、せっかく優しそうなお兄さん見つけたんやし、頼むわぁ」

「ッ!?」


 少女はそう言って俺の手を自分の胸に当ててくる。そして、少ししゃがんで上目遣いで俺の目を見てきた。

 無意識か意識してかは分からないが、油断ならない。


「なぁ、なぁ」

「あぁ、もう分かったから、ほら離してくれ。俺は御剣、あんた名前は?」

「うちかぇ? うちはミィアンよろしく、お兄さん」


 結局、ミィアンと名乗った少女を案内する事になってしまった。


「へぇ、お兄さんってこの国のお役人さんなんやね」

「厳密にいうとちょっと違うけどな。まぁ、似たようなものだ」

「うちな、ここからずっと南の国から来たんよ。ここは涼しいなぁ、普通に過ごしてたら汗もかかへんし」

「ミィアンの故郷はそんなに暑いのか?」

「うちの故郷は琉球っていう国やねんけど、そりゃもう暑つ暑ぅて。じっとしてても汗かくんよ」


 琉球、確か皇国がある場所から更に南に下がり、船を乗り継いだ場所にある島国だ。

 それにしては、喋り方が朝廷のある京の方言が混ざったような感じだ。


「琉球の話し方は京言葉に似ているのか?」

「これけ? これはしばらく京にいたからそうなってるんやぇ」

「なるほどねぇ」

「………」

「………」


 さっきから、視線を感じる。特に、俺の持っている甘味に視線が集中しているようだ。


「……」

「……」

「……それ、美味しそうやなぁ」

「……食うか?」

「ええの? ほんまに?」


 俺は片手に持っていたシュークリームを手渡す。


「うち、そんなつもりやなかってんけどなぁ。お兄さんがくれるっていうなら、喜んでもらうぇ」

「分かった、分かったほら」

「それじゃあ、遠慮なく…なんなんこれ、えらい美味しい甘味やな。めっちゃ美味しいぇ」


 帰ってから食べるのを楽しみにしてたから、こっちは残念だ。


 しばらく歩いていると、何やら人だかりができているのを見つける。


「さぁ腕相撲大会が始まるよ!」


 どうやら、催しで腕相撲大会が行われているらしい。優勝商品を見てみると、優勝はなんと地酒と甘味の詰め合わせのようだ。


 どうやら、まだ始まっていないらしく、周りには力自慢の男たちが集まっていた。そんなに甘味が欲しいのかと突っ込みたくなるが、これで瑞穂の機嫌を直そうと思った自分も同類だった。


「何や面白いそうなのやってるなぁ。お兄さん、ちょっと参加してみぃひん?」

「あぁ、そうだな。すまん、参加させてもらう」

「じゃあ、うちも~」

「「「えっ??」」」


 その場にいた全員の声が重なった。それもそのはずだ。腕相撲の様な力勝負は、必然的に屈強な男が集まる。

 そこにお淑やかで可憐な少女が参加すれば、結果は火を見るより明らかだろう。


「ほ、本気かい? お嬢ちゃん」

「もしかして、女子はあかんかったかぇ?」

「いや、男限定ってわけじゃないが…」

「じゃあ、参加したって問題ないってことやね」


 主催者は流石に不憫に思ったのか、最後に勝ち残った男と決勝だけ組み合わせる措置をとった。

 俺たちは二人分の参加費240リンを支払った。


「ヘッヘッヘ、童相手なら初戦はもらいだな」

「それはどうかな?」

「用意、始め!」

「うがぁぁぁああ!」


 相手は必死で倒そうとするが、俺にとっては全く相手にならない。時間をかけるのも面倒なので軽くあしらうことにした。


「な、なんだと」

「しょ、勝者、黒!」

「「「オォ!」」」


 それから順調に勝ち進み、ついには最後になった。

 最後の相手はもちろん、ミィアンだ。


「やっぱお兄さん強いなぁ、うち、わくわくしてきたぇ」

「おう兄ちゃん、負けんなよ!」

「女子に負けたら恥ずかしいぞ!」


 はやし立てる外野がうるさいが、ともかく勝負は勝負だ。ミィアンには悪いが、こっちは全力でやらせてもらう。手を抜くのは相手に失礼だからな。

 手を握る。その手はとても細く、男とは全く違う触り心地だった。


「本気で来てぇな」

「望むところ」

「では、最終戦、用意、始め!」

「ふん! なっ、くくく!」


 なぜだ。なぜ全く動かない。


「どうした兄ちゃん、早く決めろ!」

「何してんだ!」

「どうしたんお兄さん、はよぉ本気出してぇな」


 言われずとも、こっちは初っ端から本気なんだ。

 なんでお前は顔色ひとつ変えない…


「ぐぬぬ…」

「お兄さんが来ぉへんなら、こっちから行くぇ」


 ギシギシと台が軋む。俺の腕はみるみるうちに倒され、敗北まであと少しというところだ。


「ぬぉぉおおお!」

「これで決まりやぇ」


 手の甲が台に叩きつけられる。その瞬間、野次馬からものすごい歓声が上がった。


「オォォオ! 嬢ちゃんが勝った!?」

「つ、強え!」

「やったぁ、うちの勝利やぇ!」


 結果、完敗した。


「はい、これお兄さんの分」

「え、良いのか?」


 帰り道、ミィアンは商品の一つである甘味の詰め合わせを渡してきた。


「今日、楽しませてくれたお礼やぇ」

「でも、勝ったのはミィアンだぞ」

「ええからとっときぃな。さっきくれた甘味のお礼みたいなもんやし。貰いもんは黙って受け取るのが、ええ男の条件ってもんやぇ」

「そうか、ありがとう」


 ミィアンは地酒だけを持つと、くるくると回って俺の方を向く。


「今日はありがとうなお兄さん、また会えるといいね」

「そうだな。またな」

「ほな、さいなら~」


 そう言ってミィアンは、夕日に向かって歩いて行った。



 城に戻ると、ご機嫌斜めの瑞穂にガミガミ言われたが、詰め合わせを渡すとすぐに機嫌を直してくれた。


 ちょっと待て、おかしいぞ。今回の件は俺が怒るべきはずだったろ。

 

 なんで俺が怒られたんだ。

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