第10話 そして歴史は変わる
御剣がリュウと戦っている間、私は女騎士のローズと戦っていた。はっきり言って、現状では勝てる気がしない。
素早く、そして力強い攻撃が間髪入れずに打ち込まれる。攻撃を弾き、防ぐのが精一杯。戦いによって研ぎ澄まされたローズの攻撃は、一撃一撃が体勢を崩してしまうほど重たい。
「素晴らしい、まさかこれ程まで強いなんて」
異国の言葉を呟くローズ。
「言葉は分からないけど、褒めてるのかしら?」
「はい」
相手は剣と盾を自由自在に操っている。こっちがいくら攻撃しても、すぐに盾で防がれてしまう。
盾に弾かれた刀身が火花を散らす。
明らかに私たちと戦い方が違う。西洋の、それも第一線で戦い実戦を勝ち抜いてきた剣術だ。
「ハァァァァッ!」
刀を構え斬りかかる。予想通り、彼女は盾でそれを防ごうとする。
「そこ!」
しかし、狙いは盾ではなく彼女の持つ剣。両手で持つ刀とは違い、片手で持っている以上、力比べでは負けない。
「なッ!?」
すると彼女は剣を斜めにして刀を受け流し、火花を散らしてそのまま剣を突き刺してくる。
慌てて身体を翻して避けるが、剣先が左の上腕を掠める。
「なるほど、これも対策済みってわけね…」
「それじゃあ、次はこっちから行くわ!」
ローズが剣を振りかぶって斬りつける。避けきれない斬撃だけを受け、他は全て紙一重で避ける。
"☆○%△"
頭に痛みが走る。
「いつッ」
こんな時に。
「は、うぐ、あぁ」
突然目の前がぐらつき、膝をつく。
視界が黒く澱み、酷くなる頭痛と共に視界は真っ黒に染まった。
◇
瑞穂の身体はゆらゆらと浮き上がる。
それは一言で表すと、とてつもなく禍々しい。
瑞穂の桃色の髪が波打つように揺れている。
「瑞穂?」
俺は目の前の状況を飲み込めなかった。
目の前にいるのは確かに瑞穂だ。しかし、あれは一体なんなんだ。ひしひしと身体に伝わってくるこの強力な呪力は。これは間違いなく瑞穂から感じられる。
「ローズ、下がれ」
「う、うん」
視線を動かすと、リュウも動けずにいた。
「瑞穂、お前は瑞穂なのか?」
問いかけるが、瑞穂は何も答えずにゆっくりと目を開けた。そして、宙に浮かびながら刀を構えると、片手でそれを地面に向けて振り下ろした。
振り下ろされた刀身から生み出された衝撃波が、通路の真ん中の板の間を隆起させながら攻めまってきた。
破壊された板が隆起し、鋭く尖った木の破片が撒き散らされる。
「うくっ!?」
間一髪で衝撃波を避けるが、その威力で吹き飛ばされそうになった。
「なんて威力だ…」
「みつる、ぎ…」
すると、瑞穂から力が抜ける。
さっきの禍々しさが嘘のように消え、宙に浮かんでいた瑞穂はゆっくりと地面に落ちていく。
「瑞穂!」
落ちていく瑞穂を抱きかかえる。
「瑞穂、大丈夫か?」
「み、みつる、ぎ?」
気を失っていた瑞穂がゆっくりと目を開ける。その目は虚ろだったが、気が元に戻っていくにつれて生気が宿っていく。
「大丈夫か?」
「私、急に頭が痛くなって、それで目の前が暗くなって」
「何も覚えてないのか?」
「うん…」
「立てるか?」
「大丈夫…」
よろけながら立ち上がる瑞穂に肩を貸す。リュウやローズの方を見るが、彼らは武器を抜かず、ただこちらの様子を見ていた。
「安心しろ、手は出さん」
「本当か?」
「あぁ、時間稼ぎもできた。奴のいる謁見の間はこの先だ。行って確かめてこい」
俺は瑞穂を連れて謁見の間へと向かう。中に入ると、すでにコタンテは豪華な椅子にもたれながら事切れ、その目の前に血がついた太刀を手にした仁と、彼に抱きつき涙を流す全裸の少女がいた。
「仁、お前…」
「聖上はたった今、常世へ逝かれました。聖上の崩御によって戦争は終結しました。あなた達は、皆さんにそうお伝えください」
すると突然、仁は太刀を首に添える。
「ッ!?」
キンッと言う音が鳴り、太刀と扇子が地面に落ちる。隣にいた瑞穂が扇子を投げつけ、仁の太刀を打ち落とした。
「勝手に死なないでくれるかしら」
「…死なせてはいただけませんか?」
「あんたには、まだやるべき事があるはずよ」
「やるべき事…」
仁は下を向く。そこには、身体中に傷をつけられ、怯え震える少女が縋り付いていた。
「その様ですね…」
仁は自分の着ていた羽織を脱ぐと、少女の肩にそっと着させる。瑞穂は一人で歩きだし、胸を一突きされて事切れるコタンテを見据える。
「出来ることなら、私の手で葬りたかったけど。これが、侍大将であった貴方の最後の務めだったのね」
立派よ、瑞穂は最後にそう呟いた。
◇
私は城を出る。
外では戦闘が続いていたが、中にいた私たちと仁たちが出てきたことで察したのか、全員が手を止める。
大きく息を吸い込んで、声高らかに叫んだ。
「傾注! コタンテは死んだ! この戦いは終わったわ!」
その言葉に、しばらくの沈黙が訪れる。
「う、嘘だろ?」
「せ、聖上が…」
「俺たち、負けたのか…」
兵士たちは次々と膝をついて項垂れる。叛軍の村人や兵士たちは歓声をあげ、勝利を祝う。
「勝った! 俺たち勝ったんだ!」
「これで戦争が終わる!」
ようやく戦争が終わった。
それも、私たちの勝利で。
お祖母様、これで良かったのでしょうか。
私はこれから、多くの咎を背負っていきます。常世でお祖母様とお逢いできないかもしれません。
どうか、私をお許しください。
故郷へ帰る人の足は軽かった。
戦が終わると私は村の皆を連れて、報告のために明風神社へと向かった。
「お祖母様、そしてみんな。ご報告に参りました」
私や御剣、千代をはじめ、葦原村の全員がこの場所へとやって来た。
全員、この戦で散っていった仲間はみんなこの場所に眠っている。だから全員だ。
「!?」
「どうした、瑞穂?」
「ううん、なんでもない」
気のせいだろうか。誰かに呼ばれたような気がした。人の声じゃない、けれども確かに呼ばれた気がした。
とても懐かしい、そんな声だった。
◇
瑞穂様達がご報告に行かれている間、私はお母様に呼ばれ拝殿へと来ていた。
優しい顔つきのお母様は、いつになく真剣な顔つきをしていた。
「あの、お母様。一体何が…」
お母様は私の前に正座すると、ゆっくりと口を開いた。
「千代、あなたは斎ノ巫女の事を知っているかしら?」
「は、はい。大御神様にお仕えする巫女の事でございます」
斎ノ巫女、それは巫女として最上級の位であり、巫女にとっての誉れ。
神社に祀られる大神に対して、直接神事を行うことが許されるのだ。
「今日、あなたを斎ノ巫女に任命します。以後は、正式に瑞穂様にお仕えしなさい」
「わ、わ、わ、私が、い、斎ノ巫女、でございましょうか!?」
唐突過ぎる事態に取り乱してしまった。
明風の斎ノ巫女、ゆえに大御神様に対して直接神事を行うことを許され、かつ巫女の取り纏めを行う。
しかし、なぜ私が斎ノ巫女として瑞穂様にお仕えするのか。その理由は分からなかった。
お母様も、そのことについては何も教えてくれなかった。
「それと、もう一つ伝えることがあります」
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