建国編

第11話 束の間の安寧

 最後の戦いから一夜が明ける。


 絶対的な権力を持つ皇であったコタンテが死去した事により、緋ノ国は君主のいない無政府状態となった。


 そこで瑞穂は、コタンテに代わる新たな皇となり、国名を豊葦原瑞穂皇国『通称:皇国』と変え、新たな国家を樹立した。


 当初は民の反発も予想されたが、いざ建国するも一部の特権階級を除いて反発はなかった。


 民にとって、圧政から解放してくれるのなら、君主など誰でも良かったのだ。それも、愚皇であったコタンテを打ち倒した瑞穂であれば、文句もない。



 俺は瑞穂と共にある場所へと向かう。


 そこは今は亡きコタンテの居城の地下にある牢獄。ここには、民の感情を考慮した上で、最後まで抵抗していた者たちを形だけ投獄していた。


 中でも、国最強と呼ばれた元緋ノ国侍大将である仁の牢屋の前では、看守を任された兵士たちが緊張した顔つきで見張っていた。


 牢屋の中にいた仁は、とても囚人とは思えないほど身なりが整っている。仁をはじめ、旧体制派の人間は皆、衣食住は保証されている。


 これはあくまで、投獄が民衆の感情を考慮した措置であるからだ。本来であれば、彼らをここに押し込めておく必要などない。


「…」


 瑞穂が押し黙る仁に口を開く。


「仁、あなたの処遇が決まりました」

「そうですか。どんな処遇であっても、受け入れる次第でございます」


 そう言って頭を下げる仁に、瑞穂はゆっくりと告げる。


「あなたを皇国侍大将として任命します」

「!?」


 その一言を聞いた仁は驚いた表情を浮かべる。予想していなかった答えだったのだろう。


「皇、私は…」

「異論は受け付けません。御剣」


 俺は看守から鍵を受け取り、扉の錠を開く。錆びた金属音と共に開かれた扉から、ある物を持って中へと入る。


 差し出したのは一刀の太刀。その太刀の柄には、龍を模した刺繍が入っている。


「これは、私の太刀…」

「俺は、武人の端くれとしてあんたを心から尊敬している。預かっている間、俺が代わりに手入れをした。粗相があれば謝罪する」


 仁は太刀を受け取ると、それを一度鞘から抜き、刀身の状態を確かめる。


「…いえ、その必要はありません。とてもよく手入れされています。ありがとうございます」


 そして、再び静かに鞘に納めると、瑞穂の前に跪いてこうべを垂れる。


「不肖、この仁。新たな道を切り開いて頂いた貴女に、変わらぬ忠義を捧げます」

「期待しています。他の者も、私の新たな配下として、新しい道を歩んでもらいます」


 こうして、仁が改めて国の侍大将となる。


 傭兵であるリュウとローズは、雇い主であったコタンテが死去した事で契約が破棄されていたところを、瑞穂が改めて雇い入れた。



 ◇



 緋ノ国を打ち倒し、新たな国家である皇国を建国した私たちは、休む間も無く多くの課題を解決しようとした。


 戦は終わってからが大変なのだ。


 まず急務だったのは、なによりも戦後の復興。国中で動ける者を全て動員し、速やかに戦災被害の立て直しを行なった。


 なぜこれを急ぐかと言われると、周辺各国に対する抑止のためである。いくら内戦であったとしても、立ち直りが早い事は国力の高さを周りに証明することに繋がる。


 次に、戦争中であった周辺国との講和。


 隣同士に接する大国である迦ノ国は、緋ノ国と自国の建国から5年も戦争を続けていた。簡単には話が纏まらないのは目に見えているが、今のところは交渉を担当する右京の手腕で休戦状態となっている。


 いずれは越境し占領していた迦ノ国の領地と引き換えに、講和に持ち込む予定だ。


 そして、次に国内の仕組みを変えた。


 まずは今回の内戦の発端とも言える、街道に設置されていた関所の通行税を廃止し、通貨制度に税をつける方法をとった。関所は他国からの人の出入りを監視するため、そのまま兵を常駐させる。


 税は主に生活必需品や食料品などを除くほぼ全て。反発を招く可能性もあるが、国内の財政を立て直すまで税の徴収は避けられなかった。


 街道や集落、村々の整備。国軍の再編成、治安維持のため検非違使の組織。農地開拓の奨励、刑罰法規、その他諸々。


 私の執務室には、嫌味に思えるほど巻物が山積みにされた。処理しても新しい巻物が運び込まれてくる。


 隣では、新たに宮廷女官となった親友の凛と右京の妹である小夜が、私が決裁するほどでもない報告書を処理してくれていた。


 外交は右京が、国内の復興をお姉様が、国軍の編成や訓練を仁やリュウ達が、それぞれ役割を分担して仕事についていた。


 御剣は各地を回って民衆からの意見を聞く意見聞きを行なっている。民衆の意見を聞くために目安箱を設置してはいるが、やはり生の声が一番聞きたい。


「ふぅ、ちょっと一息…」

「瑞穂様、お茶をお淹れしました」


 千代がお盆にお茶を載せて持ってきてくれた。建国日から今日に至るまで、ほとんど寝ずに政務を続けていた。


 疲れた身体に暖かいお茶の美味しさが沁み渡る。


「ありがとう千代」

「いえいえ、凛様も小夜様もどうぞお召し上がりくださいませ」

「ありがと千代ちゃん」

「ありがとなのです」


 私たちは四人でお茶を啜る。


 束の間の休息に思い出話に花を咲かせる。


「まさか、みっちゃんが新しい国の皇になっちゃうなんてねぇ」

「そうですよ。今度から姫様とお呼びしなくては」

「姫様はやめて、瑞穂でいいから。にしても、瑞穂之命かぁ。違和感しかないわ」

「そうかなぁ、どこもおかしくないと思うけど…」

「仕方がありません。私のお母様が受けた神託でございますから」


 私は瑞穂之命と名乗る様にした。理由は、神託を受けた明風の宮司、七葉さんからそう名乗る様に達しを受けたからだ。


 面倒なので、親しい仲間には今まで通り瑞穂と呼ばしている。


「ねぇねぇみっちゃん、最近どうなの?」


 例外は凛ぐらいだ。


「どうって、何が?」

「御剣君のこと、聞いたよみっちゃん。御剣君に唇を奪われたのよね?」

「…ぇ?」

「ふぇ?」


 何で知ってるの。それより、何で小夜の前でそんなこと言うの。


「なんでも、薬が飲み込めないみっちゃんに、口に含んだ水と薬を口移しで。人の命を救うためとは言え、素敵…」

「み、御剣様と、口、移し…」

「そ、そ、そ、それは…」


 私が千代を見ると、千代は目を逸らす。


「初めて?」

「は、始めて、だけど…」


 急に顔が熱くなってきた。


「あ、姉様に先を越されました…」


 小夜、ごめんなさい。


「みっちゃん、照れてる~」

「て、照れてないわよ。むぅ、千代ぉ?」

「すません、すみません、お許しください瑞穂様」

「今度余計なこと言ったら、タダじゃ済まないから。今日はこれくらいで許してあげる」

「ひぇーーっ、ふふふ、あははは!」


 千代に軽くお仕置きをお見舞いする。

 コンコンと襖が叩かれる。


「聖上、仁です」

「うん、入って」

「失礼します」


 中に入ってきたのは、新たに皇国の侍大将となった仁と、あの時仁に助けられた女官の百合だった。


 百合はコタンテの側付きの頃の影響で、対人恐怖症、特に男性に対して心を許していない。直接助けた仁にだけ心を許していて、大抵は部屋に籠っているか仁と一緒にいる。


「あ、あの。これは…」

「お仕置き中、構わないから続けて」

「く、くすぐったいれす、ふふふっ、あはははっ!」

「そ、そうですか。聖上にお会いしたいと申し出る者が訪ねて来ています」

「私に?」



 ◇



「御剣く~ん」

「きゃー、御剣様~」


 久しぶりに葦原村に帰ると、村の若い女性陣から熱烈な歓迎を受けた。屋敷に到着する頃には、両側背後に女性が三人抱きついている状態だった。


「爆ぜろ」

「はい?」

「いや、何でもない。独り言だ」


 都に残った者を除いて、葦原村を始めとする村々に帰郷する者は多くいた。


 俺が会いに行ったのは、その一人で皇国の皇となった瑞穂の後任として、新たに葦原村の村長となった信濃さんだ。とは言っても、信濃さんは代々受け継がれる扇は持っておらず、暫定的な村長となっている。


 扇は未だに瑞穂が持っている。彼らにとって、皇になっても葦原村の村長はいつまでも瑞穂、という事だろう。村長が瑞穂のままなのは信濃さん本人たっての頼みでもあった。


「しっかし、村長というのは面倒極まりないな。よくやってたよ、姫さんは」

「その姫様がサボってる時に俺がどう思ってたかわかると思う」

「がっはっは、本当だなぁ。まぁ座れ、久しぶりに故郷に帰ってきたんだ。飯を持って来させよう」


 抱きついていた女性達を部屋から出し、俺は信濃さんの向かいに座る。信濃さんは自分の秘蔵の酒と、懐かしい郷土料理を振舞ってくれた。


 豊かになった田畑から採れた白米とたくあん。

 濃厚な醤油タレに漬け込んだうどん。

 豚肉に衣をつけて油で揚げ、調味料をふりかけた揚げ物。


 どれも熱さを感じる事なく口にする。


「美味い、久しぶりに食べた気がする」

「戦の時は握り飯ばっかりだったからな。これも食ってみろ、美味いぞ」

「魚?」

「鮭の干物だ。商人から勧められてよ。ここまで持ってくるには時間がかかるから、干物にして持ってくるんだと」

「これは…」


 どれもこれも美味いの一言に尽きる。特に、鮭の干物は酒によく合う。


「さて、腹も膨れたことだ。そろそろ本題に入ろうか」


 先程までの緩みきった信濃さんの顔が、一気に真剣な顔つきになる。


「姫さん、いや。瑞穂之命様についてだ…」



 ◇



 皇としての正装に身を包み、仁と共に謁見の間へと向かう。謁見の間の扉の前には、宮廷の近衛になった日々斗が待っていた。


「客人がお待ちです」


 扉が開かれると、そこには誰もが知っているであろう、特徴的な装束を身に纏った男女がいた。


 神居古潭、神の住まう場所、又はそこに住む人のことを指す。この皇国を含め、御神に対する全ての信仰を取り仕切る者たちだ。


 女性は白い羽衣に薄緑色の装束。男性は薄紫色の装束を身に纏っていた。神居古潭の装束は千代の着ている巫女服の様な造りをしているが、所々に神代文字が縫い付けられ特徴的である。


「お初にお目にかかります豊葦原瑞穂皇国の皇、私はユーリ、神居古潭の巫女でございます。隣に控えるのは祭主のホルスです」

「豊葦原瑞穂皇国の皇、瑞穂之命です。急なご来訪のためお出迎えの準備も出来ず、申し訳ありません」

「いえ、どうかお気になさらないでください。私たちこそ、事前の断りもなく来たのですから」


 ユーリ、そう名乗った巫女はゆっくりと頭を下げる。金色に輝く美しい髪、そして、まるで聖母のような慈愛に満ちている。


 神居古潭では、国同士の外交にこうして巫女と祭司を送る。


「して、ユーリ様。此度はどのようなご用件で」


 仁が私に変わって質問してくれる。


「そうですね。友好関係を築く前の、親善訪問と言ったところですね」


 場所は皇宮から城下へと移る。


「まぁ、この甘味ものすごく美味しいですわ。ほら、ホルスも食べてみなさい」

「本当ですか?では…おおっ、これは凄い」


"どうしてこうなったの…"


 都の甘味屋で、あの餡掛け団子を食べる神居古潭の巫女と祭主。ただでさえ国賓ともいえるくらい重要な人たちが、興奮しながら甘味を平らげていく。


 あれ、おかしい。私が小さい頃、お母様に聞かされた神居古潭の人たちは、もっと厳粛で厳かな雰囲気の人たちのはず。


 皇である私と、御剣の代わりに護衛として付いてきた仁、神居古潭の巫女と祭主、この顔ぶれが揃っていて、目立たないわけがない。


 外には噂を聞きつけた野次馬がごった返している。


「まさか、都にお店を出しているとは思いませんでした」

「驚かれたようですね。それにしても、久しぶりに来られたと思ったら、村長様から皇様になっておられたとは。神居古潭からのお客様も御一緒ですし」


 珠那さんは苦笑いを浮かべる。


 戦の後、あの餡掛け団子が予想以上に好評だったため、思い切って都にお店を出したらしい。都を案内する途中、私が暖簾のない珠那さんのお店を見つけたのは偶然だった。


「実は、また新しい甘味を作ってみました。食べてみてもらえますか?」

「もちろんです」


 出されたのは黄色い生地の両面に、栗色の焼き目のついた四角いお菓子。思わず菓子楊枝でそれを口に運んだ。


「むぅぅ、美味しい!」


 口に入れた瞬間、ふんわりとした生地の食感と共に粗目の甘い風味が広がる。栗色の焼き目は香ばしい。


「皇様お墨付きの甘味、私も頂けませんか?」

「はい、まだいっぱいありますからね」


 焼き菓子を堪能した私たちが次に向かったのは、戦で親を失った身寄りのない子どもたちが、一緒に勉学や共同生活を送る寺子屋。


 ここに来たのは、ユーリの希望があったからだ。


「あっ、瑞穂おねえちゃんだ!」

「瑞穂ねぇー!」

「みんな勉強頑張ってる?」


 私はこうした教育に積極的に支援を行なっていた。


 この国の未来を担う子供たちだ。この教育が、何年後かには役に立つ時が来る。


「うん!」

「おねえちゃん、この人たちだれ?」

「初めまして、ユーリで~す。今日はみんなと遊ぼうと思って来ました~!」

「なっ!?」


 ユーリの変わりように唖然とする私。そんな私にホルスがこそっと耳打ちしてきた。


「申し訳ありません。姉上は大の子ども好きでして。しばらくはあのままです」


 私の中で神居古潭に対する何かがガタガタと崩れていく。そして、ユーリがホルスの姉であったことにも驚いた。


 うん。考えるのやめよう。


 子ども達が疲れ切って眠るまで、ユーリの食後の運動は続いた。

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