第9話 秘められた力
須坂平野での戦いを終えた私たちは、散っていった仲間の亡骸と沙河を連れて砦へと戻ってきた。
皆、表情が重い。
死んでしまった村人たちは、私が魂を鎮め丁重に葬った。私たちと戦い、倒れた兵士たちも葬ってあげたかったが、戦の真っ最中である今はそれも叶わなかった。
彼らとて家族があり、守るべき場所があった。結果的には私たちが勝ったが、何ともいたたまれない気持ちになった。
そして今、目の前にこの戦いで私たちに捕らわれた沙河や兵士たちが並べられていた。
「この裏切り者!」
「天罰だ!」
この村の出身である沙河に対して、村人たちが罵声を飛ばす。小さな子どもが小石を投げつけるが、それを受けても沙河は下を向き何も言い返さなかった。
私が彼の前に近づくと、沙河はようやく顔を上げた。
「瑞穂か。へへ、良いざまだろ。軍長であるこの俺がこんなざまだ」
その顔には、畏怖と軽侮の念が混在していた。
私は、ゆっくりと口を開いた。
「…ひとつ聞かせてほしいことがあるの」
「何だ?」
「墨染様を殺したのは誰?」
今更誰がお祖母様を殺したのか知っても、結果は変わらない。
だが、一つのけじめをつけたかった。
私の、ただのわがままだ。
「…」
「軍長である貴方なら知っているでしょう?」
「…」
「答えなさい!」
私が問い詰めると、沙河がゆっくりと口を開いた。
「指示したのは俺だ。あいつを人質にしてこいって言った。だから、俺が殺したも同然だ…」
「…そう」
それを聞いた私は鞘から刀を抜いた。周囲の者たちは、予想外の私の行動に驚いてどよめいた。
「残念よ…」
「瑞穂?」
「経緯はどうであれ、結果的にお祖母様を殺したのには変わりない」
「俺を殺すのか?」
「出来ればそうしたくないけど、そのつもりよ」
「そうか。お前に殺されるなら本望だ」
そう言って、私の前に首を差し出してくる。
手が、震える。
「…さようなら」
私は刀を振り上げ、首を目掛けて一直線に振り下ろした。
私は自分で、幼馴染みのひとりを殺した。
たとえそれが裏切り者であっても、彼は最後まで葦原村の人間だ。胸の奥から込み上げてくるものがあった。
「もうすぐ、もうすぐこの戦いも終わる。勇猛果敢に戦い、散っていった仲間のためにも、この国を本来あるべき姿へと作り変える!」
私にはその責任がある。この戦は私の意思で始まったものだ。最後の最後まで、私が責任を持ってこの戦を終わらせる。
最後までずっと、涙を流すのを我慢していた。
◇
須坂平野での敗戦の報を受けた私は、リュウと共に聖上の元へと向かう。
此度の一戦、聖上が私たちに出撃を命じなかったのは、前回の街道での敗戦の責任を取らされた為だ。
城下を目と鼻の先に見据える須坂平野、叛軍がここまで攻めてきたと言うことは、すでにこの城を包囲していると言っても過言ではない。
本来であれば、平野での戦いにこの国の待てる全ての兵力を投入しなければならなかった。しかし、私は軍の指揮権を剥奪され、その結果実戦経験に乏しい軍長の沙河が部隊を率いて、大敗を喫した。
「こうなる前に手を打つべきだった!」
「遠征中の部隊を呼び戻したらどうだ?」
「第1軍は北部の叛軍に対応していて、西の第2軍と第3軍は互いに潰し合いをしています」
「潰し合い?なぜ仲間割れなんか」
「あの二つは西方の二つの豪族がそのまま軍隊として成り立っています。何処からか変な噂を聞いたのでしょう。もう国内に援軍を要請できる部隊はありません」
「終わったな、この国」
廊下を進み、私たちは謁見の間へと到着する。扉の前の衛兵に止められるが、彼らを退かせて扉を開ける。
「俺はここで待ってる」
「わかりました。失礼いたします聖上、火急の報告です」
「しょうもない事ならお前の首を切るぞ!」
「私の首だけで済むのなら。須坂平野での会戦の結果です」
「ほほう、沙河のやつに指揮を任せたやつか。どれ、もちろん儂の軍の勝利だろう?」
「恐れながら申し上げますが、我が軍の大敗です」
「…何と?」
「軍長である沙河は行方不明、兵たちに多数の犠牲が出ております。須坂平野で勝利を収めたとなれば、叛軍はすぐにでもこの城へと攻め入って参りましょう」
「貴様は無能か!? 叛軍が農民どもなら、金をくれてやれ、やつらとて飯と金があれば儂に服従する。それでもダメなら城下に火を放つがいい」
「民を、民を見捨てろと仰るのですか?」
「金ならいくらでもある。儂に逆らう奴らは儂の国にいらん。全員殺して、新しい民衆を連れて来ればいい」
「…申し上げます聖上。私には、私には聖上の仰る御言葉が理解できません」
私の目の前にいるのは、一体誰なのだ。この国の皇であるはずだ。そのはずなのに、私は現実を受け入れられずにいた。
この体たらく。この男は、民や国のことよりも自らの欲望の事しか考えていない。
私の堪忍袋の緒が切れた。
「無能には儂の考えなど理解できんだろうなぁ、ほほほ」
「無能は貴方の方です。聖上」
「ぬっ、何だとッ!?」
「民あってこその国、民あってこその皇。民を蔑ろにして、国に明日などありません!」
「き、き、貴様ぁ!口答えするつもりか!貴様なんぞ嫌いだ! 誰ぞ! 誰ぞおらんか!?」
慌てて扉の前にいた兵士たちが駆けつけてくる。
「こやつが儂に無礼を働いた! 地下牢に閉じ込めておけ!」
「えっ、で、ですが…」
聖上の言葉に、兵士たちが私を見て戸惑った顔をする。私は立ち上がり、聖上に告げる。
「聖上の命とあらば、私自ら牢へと赴きましょう」
「ふん、さっさと消えるがいい。それと、貴様の位、侍大将の位も剥奪だ!」
「承知しました。それでは私はこれで」
兵たちはすぐに私を取り押さえず、申し訳ありませんと告げてから横から手を掴んできた。私は構いませんと彼らに告げ、地下牢へと足を進めた。
◇
ここにいるのは、ただ平和を求めて集まった者たち。
その多くは家族がいて、子がいて、妻がいる。
そしてその多くが、現在の皇に虐げられてきた。
私たちの行いは決して正しくはない。
あのまま法の元に正しく暮らせば、昨日まで笑いあっていた仲間が死ぬことなどなかった。
しかし、私たちは剣を手にした。
弓を手にした。
槍を手にした。
その手にした武器で反旗を翻した。
本当の平和と、本当の幸せを求めて。
そしていま、同じ御旗のもとにここに集まった。
最後の戦いが始まる。
皇城を包囲する戦力は、ざっと数えただけでも千を越す。最初の戦いから共に戦い続けた村人、我もと武器を手にした他の村人、自らの意思で私たちの元にやってきた武人、国を思い私たちに味方する兵士。
生まれ故郷や居場所が違えど、私たちは同じ意思の元に集まった仲間だった。
「これより、最後の戦いを始めます」
初めは百に満たなかった私たちだが、今は違う。
「私たちが見据えるのはこの国の皇。そして、私たちが攻め入るのは私たちの国の皇都です」
たとえ国を裏切ったとしても後悔はない。
「親愛なる緋ノ国の民よ。我が同胞たちよ。私の元に集いし仲間たちよ。始めましょう。本当の平和を手にする戦いを!」
私は扇子を広げる。桜の柄が描かれたその扇子から、不思議と力が感じた。
「進軍せよ!」
「「「うぉぉおおお!!」」」
全員が一斉に城へと駆け出す。私は馬に跨り、部隊を指揮するために駆け出す。
「き、来たぞ!」
「弓だ! 弓を放て!」
城壁の上にいた兵士たちが弓を射る。盾を持っていなかった者たちが矢を受けて倒れる。
それでも誰も足を止めない。
「第1軍は門を破れ! 第2軍からは城壁を攻略しろ!」
門には攻城兵器が、城壁には長梯子が架けられる。その間も、互いに弓を放ち合う。
「火矢を放て!」
「弓兵!」
私の後方から、火種を取り付けた矢が城に向けて放たれる。殆どが木材できた皇城は、火矢を受けた場所から火の手が上がる。
「ひ、火を消せ!」
「畜生!」
城壁の兵士たちが火を消すのに必死になっている間に、長梯子を上った者たちが兵士たちに襲いかかる。
「城壁を制圧し、門を開けろ!」
信濃さんが陣頭指揮を執り、城内へ侵入した部隊を動かす。城門を守備していた兵士たちを殲滅し、後続部隊のために門を開ける。
「門が開いたぞ!」
「盾を持っている人間は前へ!」
「亀甲陣形!」
盾を持つ男たちが前面と上面を盾で防御し、主力部隊を弓矢から守る。城の前から敵の弓兵隊が矢を放つが、そのほとんどが盾に弾かれるか盾に突き刺さる。
「ぐはっ!」
「前を変われ!」
膝や足元を射抜かれれば、後続が前方へと出る。部隊はゆっくりと弓兵隊へ近づき、すぐに隊形を横一列へと組みなおす。
「さて、俺たちの出番か」
先ほどまで盾の中に隠れていた信濃さんや右京、そしてお姉様が弓兵隊へと斬り込む。三人に続いて槍を構えた部隊が突撃を行う。
「ココ、トオサナイ」
「な、なんだ、うわっ!?」
城の中から現れたのは、巨大な斧を手にした巨人。体長は人の二倍ほどで筋骨隆々、斧を振るえば盾を構えた人間が悠々吹き飛ばされる。
「こ、こいつ強いぞ」
「槍だ! 全員でかかれ!」
槍を並べて巨人に向けて突撃を行う。しかし、巨人に突き刺さるはずだった槍は斧によって叩き折られ、槍部隊は一撃で薙ぎ払われる。
「おいおい、嘘だろ」
「退け、俺が相手をする」
狼狽える者たちを掻き分け前に出てきたのは、同じく斧の使い手である信濃さんだ。
「オマエ、ツヨイカ?」
「やってみな分からんだろデカブツ、かかってこいや、ゴルァ」
「ウガァァ!」
巨人の斧を信濃さんは斧で受け止める。その勢いで踏ん張っていた足が後ろへとずれ動く。
「こんなもんか?」
一撃を受け止めた信濃さんは、斧を振るい巨人の斧を弾き返す。斧通しがぶつかり合い、鈍い音が辺りに響く。
「ツラァァア!」
信濃さんの渾身の一撃が、巨人の両足へと打ち付けられる。巨人は両足を膝から真っ二つに斬られ、そのまま後ろへと倒れる。
「ウガ、アガ」
「あばよ」
大きく振りかぶった斧を巨人の首に叩きつけると、周りにいた者たちから歓声が上がる。
「村長よ! ここは俺たちに任せてコタンテの元に行け!」
「御剣、行くわよ」
「御意」
私は馬を降り、御剣と共に城の中へと入っていく。
◇
コツコツコツと誰かが階段を下りてくる音がする。顔を上げると、そこには彼がいた。
「よう、侍大将」
「リュウ、戦況はどうですか?」
「うちの負けだ。もう敵が城内に侵入している」
「そうですか…」
「さてと」
リュウが牢の鍵を開けて中へと入ってくる。そして、刀で私の両手に着けられた拘束具を破壊する。
「やるべきことが残ってるだろ、さっさと行くぞ」
「ええ」
私は刀を手に、聖上の元へと向かった。
◇
瑞穂と共に城に入った俺たちは、立ちはだかる守護兵たちを倒しつつ、コタンテがいると思われる場所へと向かっていた。
「こっから先は通すわけにはいかないな」
「あなたが御剣ね。そちらの方は瑞穂かしら?」
目の前現れたのは、街道で始めて戦ったあの武人だった。後ろには、異国風の鎧を身につけた女がいる。
「お前は、リュウ」
「覚えていたか」
「彼女は初めて見るけど?」
すると、女は兜の目元を上げる。
「私はローズ、ローズマリー・ラヴァーニ、元聖堂教会騎士団長」
「私たちは皇に用があるの、退いてくれないかしら?」
瑞穂の問いに二人は武器を抜いて答える。
「聖上さんは侍大将と取り込み中なんだ。悪いが邪魔はさせない」
臨戦態勢、俺と瑞穂は背中合わせになる。
「こいつらを二人同時は無理だ。瑞穂、そっちを任せていいか?」
「無茶言わないでよ、私の剣の腕知ってるでしょう?」
「頼んだ」
「はいはい、じゃあ最初から本気で行くわよ」
俺たちは互いに同時に駆け出した。
刀を斜めに構え、斜め下から斬り上げる。隙を突かれて上部を狙われる可能性があるが、相手からすれば斬撃を防ぎにくい。
しかし、リュウはそれを身体をずらすことで避け、後ろに仰け反りながら横に斬りつけてきた。すぐさま刀を持ち替え、寸のところで斬撃を受け止める。
「く…」
刀を弾き返し、足元を横に斬る。リュウはそれを飛んで避け、着地する前に斬撃を繰り出してきた。
「きゃあ!?」
後ろからあの女騎士の声が聞こえた。
「み、瑞穂?」
異様な呪力の気配。
振り返ると、そこには禍々しい気を纏い、何かに取り憑かれたかのように宙に浮く瑞穂がいた。
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