第8話 進軍
翌日から、私たちは本格的な進軍を開始した。課題であった弓の使い手も、右京が引き連れてきた武人たちが、機動力を騎馬民族であるユラが担ってくれる。
ヤムトに注文していた槍と盾が到着し、正規の軍団には劣るがそれらしい形には仕上がった。
実力者である侍大将を撃退した事で、村人たちの士気も旺盛だ。
それだけでは収まらず、敵である国軍からこちらの志に同調した兵士が、こちら側に離反してくる。
戦力は十分揃いつつあった。
決戦の時は近い。
最初に狙ったのは、国軍の物資集積所。国にいくつかある中の一つで、武器や防具、食料などが蓄えられている。
少ない犠牲で物資集積所を落とした私たちは、次に残り四つあるうちの一つ、東の砦を落とすことになった。
「攻城兵器前へ!」
車輪を取り付けた丸太を、屈強な男たちが門へと打ち付ける。城壁の上から兵士たちが弓を射ろうとするが、事前に用意していた竹の盾を並べ、丸太を持つ男たちを守る。
何度も打ち付け、ついに門を施錠していた錠が壊れ、門が開く。内側で押しとどめていた兵士たちを踏み越え、騎兵を先頭に槍と剣で武装した村人たちが侵入する。
「ただの農民の反乱じゃなかったのか!?」
「やられるぞ!?」
我先へと逃げる兵士を背中から襲う。剣や槍、矢が背中を貫き、千代が放った呪術で吹き飛ばされる。
「このまま推し進めぇ!」
「くそ、このままでは!?」
「蟲を出せ!」
「蟲を!? し、しかしあれは!」
「ええい! さっさとしろ!」
太鼓の音が聞こえると、砦の一角にあった小屋の扉が吹き飛び、そこから何か大きい何かが現れる。
「あれは、まさか」
「アンクグの成体、何で奴がこんな所に」
アンクグ、体長は幼生から成体に至るまでまちまちではあるが、成体になれば23尺と巨大になる。
そして、その性格は獰猛であり、他の生物には一切の容赦がなかった。
「う、うわぁああ!」
「たすっ、たすけてくれぇ!」
小屋から出されたアンクグは、兵士や村人へ見境なしに襲いかかった。
金切り声のような鳴き声をあげ、次の獲物を探している。その状況を重く見た御剣と右京が、慌てて私の側へと戻ってきた。
「瑞穂、どうする?」
「あいつを放っておくのはマズイぞ」
「あの時みたいにやるか?」
「二人とも、任せるわ。奴を倒しなさい」
「御意!」
「応ッ!」
◇
俺たちは蟲に襲われていた村人を助ける。村人は圧倒的な力を持つ蟲を目の前にして、恐怖に腰を抜かしていた。
「立てるか、早く逃げろ!」
「ありがとうございます!」
鎌による攻撃を防いだ為か、アンクグと呼ばれる蟲は俺たちを敵と認識し、鎌を擦って威嚇する。
右京が右から、俺は左から斬りかかる。蟲は左右からの攻撃に対して、体を一回転させ周囲を薙ぎ払う。
その隙をつき、蟲の外殻を斬りつける。しかし、その厚い殻に阻まれ、擦過しかつけることができない。
「硬ッ!」
「普通の斬撃じゃ通らねぇ! アンちゃん、脚を叩き斬るか甲殻の隙間を狙え!」
右京に言われた通り、巨大な体にしては細い六本の脚を狙う。蟲が繰り出した鎌を避け、全力で脚を斬りつけた。
斬り飛ばした脚から、青い液体が噴出する。
「脚一本やるのに命がけか!」
「油断するなよアンちゃん、次来るぞ!」
蟲は脚を切り落とされたのに怒り、無造作に鎌を振り回してくる。避けきれない攻撃を受け止めるが、蟲の力は異常に強い。
「くっ、うらぁあ!」
「うっ、おぉおお!」
力を一気に解放し、鎌を弾き返す。二人の力で弾き返され、体勢を崩した蟲に渾身の一撃をお見舞いする。
「食らいやがれぇ!」
狙いは殻と殻の隙間、そこに突きで剣先をねじ込み、半分以上食い込んだところで横に強引に切り込んでいく。
しかし、蟲は突然後ろへと飛び退き、俺は刀から手を離してしまう。
「御剣!」
振り返ると、刀が鞘ごと放り投げられた。可憐姉さんが愛用する刀だ。
刀を鞘から引き抜くのと同時に、蟲が飛びついてくる。俺は地面に寝そべり脇に刀を抱えた。
◇
お姉様が放り投げた刀を受け取った御剣は、それを抱えて地面に仰向けに寝そべった。その瞬間、上から飛んできた蟲がのしかかった。
「御剣!」
あの巨体にのしかかられたら、御剣でも只では済まない。私が助けようと近づくと、蟲がばったりと倒れて動かなくなった。
「ほう、やるじゃないかアンちゃん」
「右京、あなた何を呑気に」
慌てる私の反面、右京は蟲を落ち着いて見ている。
「んなこと言ってないで早く助けろ。出られない」
蟲の下から声が聞こえてくる。何人かで蟲をひっくり返すと、その下から青い液体まみれの御剣が出てきた。
蟲の心臓部分には刀が奥深くまで突き刺さっていた。
何だろう、助かったことを喜び、蟲を倒したことを褒めるべきなのに、なぜかその状況に同情してしまう。
「おえぇ、気持ち悪…」
御剣は所構わず内容物を嘔吐する。どうやら、あの青い液体が口に入ってしまったらしい。
安心して御剣、私には綺麗な星を吐き出している様にしか見えていないから。
「何て奴らだ。蟲を倒しやがった」
「に、逃げるぞ」
アンクグを倒したことで、敵の士気は一気に崩壊し、散り散りに逃げていく。
「ねぇ、御剣」
「……ぷはっ、ん、どうした瑞穂?」
千代から渡された水で口をゆすいだ御剣が、疲れた様な顔でこちらを見てきた。
「どうやってこいつを倒したの?」
「あ、あぁ、それはな。昔、蝦夷の猟師にあることを教えられた。巨大な獲物、例えば熊は体でのしかかってくる。彼らはその体重を利用して、地面に突き立てた槍を心臓に突き刺す。狙いが外れれば、確実に押し潰されて死ぬ。一か八かの賭けだ。こいつの心臓の位置は分からなかったが、たまたま突き立てた場所が当たりだったらしい」
ある意味博打だ。それを躊躇なく実行した御剣に敬意を表する。
「いやぁ、それよりもアンちゃん。いい根性してるじゃねぇか」
「おかげで気持ち悪い液体まみれだが?」
「だぁーはっはっは…あ、アンちゃん、お前さんちょっと臭うぜ?」
「え…くさっ、くっさぁぁあ!?」
なぜか御剣から鼻をつまんでしまうほどの異臭が発生する。
「く、くさぁい」
「そ、そういえば、アンクグの血って、時間が経つと急激に腐って強烈な臭いを」
「知ってたらそれを先に言ってくれ!」
「申し訳ございません!」
「は、早く洗ってきなさい」
最後の最後が、締まりのない終わり方になってしまった。
砦を落とした私たちは、一大決戦に向けてしばし休息をとることにした。
余談ではあるが、お姉様と御剣の刀は、右京が引き抜いて血振りをしていた為、無事だった。
そして、砦を落とした私たちは、この勢いに乗って須坂平野まで進軍することにした。
城下が目が鼻の先になるこの広い平野での戦いは、危険も孕んでいる。しかし、私はこの勢いを無駄にしたくはなかった。
「右翼の第1軍、これを右京。左翼の第3軍をお姉様が。中央の第2軍を信濃さん。騎馬隊はユラの族長ハン。部隊を四つに分けるわ」
「しかし、それでは各部隊の人数が減って各個包囲され撃破される可能性がある」
「人数の差は埋められないわね。どうしようかしら…」
「これまでは街道や少数の兵士たちが守る砦だったからな。城下のすぐ近くとなれば、敵も全力で兵を動員するはずだ」
「他の村の動向は?」
「他の村も着実に勝利して皇城へ向けて動いている。しかし、連携をとるにはまだ距離が遠い」
「うーん…」
正直なところ、どうすればいいか分からない。今まで通り全員で正面から戦えば、もしかすると勝てるかもしれない。
しかし、今の私たちにとって、万が一のたらればは許されない。
必ず勝つ必要があり、必ず勝てる策を講じなければならない。私たちが負ければ、私たちが守るべき村々が蹂躙されることになる。
地図を眺めていると、ある場所に目が行く。
「ここ、川があるわね」
よく見ると、平野を北から南にかけて流れる川がある。川自体は膝くらいまでの浅い川ではあるが、動きを鈍らせるには申し分ない。
幸い、川は平野の真ん中からこちら側に位置している。私は川のこちら側を指差す。
「ここに陣取るわ。今からでもいいから、川岸に川底の石を使って石塁を築いて。もしも余裕があれば、丸太でも木の棒でも建てて柵の代わりにして。本隊はここで敵を迎え撃つわ」
「騎馬隊はどうする?」
「騎馬隊は敵がここに釘付けになっている間、機動力を生かして本丸を叩いてもらうわ。本隊はいわば囮、時間さえ稼げばなんとかなるわ」
指示通り、川岸には川底の石を利用した簡易な石塁が積み上げられた。私はあえて、ある一部分だけ石塁を築かずにそのままにしている。
もし、敵が攻めた際に石塁の守りが固ければ、築かれていないこの部分に殺到するはずだ。
ここには、私が構想していた鉄の盾、槍、剣の三段構えを確立させた精鋭の武人たちを配置する。
それでももし石塁が突破された場合は、後方の砦まで撤退する。こうなれば、私たちの負けは決定したも同じだ。何事も諦めが肝心である。
騎馬隊の任務は、ここを突破される前に敵将を討ち取らなければならない。
「川を渡ってくる敵には、出来るだけ多くの石を投げて。弓が使える者は使ってよし、そのかわり、矢の先には毒なり糞尿なりつけてね。少しでも掠れば当たったも同然よ」
「おうおう、さらりとエゲツないこと言ってるよ、この村長」
「あらそう? 戦に勝つには、多少でもエゲツないことする方が良い時もあるのよ。相手が想像していないこと…あ、思いついた。今度、敵軍の兵士の家族、まとめて人質にしちゃおうかしら」
「うわぁ…」
凄く引かれている。
◇
戦太鼓の音が鳴り響く。
対面に陣取るコタンテの兵士たちが槍や剣を構えて一斉に前進する。
この戦いが、これからの俺たちの行く末を決める。
「全軍、前進!」
「来るぞ野郎ども! 俺たちの後ろには、守るべき家族がいる!帰るべき家がある! 死んでも通ここをすな!」
「「「応ッ!」」」
信濃さんが士気を鼓舞し、石塁を守る村人たちが声をあげる。腕に自信のある村人が兵士たちに向けて弓を構える。
「放てぇ!」
空気を切り裂く音と共に、矢の雨が兵士たちに降り注ぐ。その数と威力は心許ないが、短期間で特訓した成果は出ていた。
降り注いだ矢は、何のためらいもなく突っ込んできた兵士に突き刺さった。運悪く急所に当たった兵士を除き、その多くが倒れて動きを止める。
「矢に何か塗っているぞ!」
「傷口を洗え! 川を使え!」
矢には毒と糞尿が塗られており、矢を受けた兵士たちは致命傷でなくとも倒れ、傷口を洗い流すのに必死だった。
しかし、その川も自分たちの流した血で赤く染まり始めている。
「何をしている! 相手はただの農民だ! 突き進め!」
指揮官の命令で、立ち止まっていた兵士たちが再び前進する。
「槍部隊、迎え撃つぞ!」
柵を跨いで槍と槍が交差する。槍同士が鍔迫り合いを続ける中、弓の第二射が槍を持つ兵士たちに襲いかかる。
「うぐぁ!?」
「た、助けてくれぇ!」
「固まるな! 狙い撃ちにされるぞ!」
俺は馬上から弓を構え、狙いをつける。狙いは前線指揮官と思われる男だ。
「一射必殺」
言葉をつぶやき弓を引く。弓から放たれた矢は一直線に飛び、兵士たちを指揮する男へと向かう。
矢を受けた男は手をだらりとさせ、馬から滑り落ちていく。それを見た兵士たちは狼狽え始める。
「兵長がやられた!?」
「怯むな! 数ではこっちが圧倒している! このまま押し進むぞ!」
指揮官がやられてもなお、兵士たちは進軍を止めない。やはり、訓練されている以上、そう簡単に戦列が瓦解させるのは難しい。
「うぐっ!?」
「ぎゃあ!!」
数の差で押され、いくつかの石塁が突破され始めた。俺は馬で駆け、石塁を突破してきた兵士たちを馬上から槍で刺突する。
「奴らを通すな! 武人は前へ! 奴らの足を止めろ!」
石塁を突破した敵を、武人が対応する。
盾で攻撃を防ぎ、短く切り詰めた槍で敵を突き刺す。盾が主流ではないこの時代において、一般兵には攻撃を防ぐ手立てはない。
自分に向けて飛んできた矢を槍で打ち払う。その方向を見ると、馬上から弓を構えこちらに迫ってくる奴がいた。
俺はそいつに目掛けて槍を投げつけた。
「みぃつぅるぅぎぃぃい!!」
槍を避けた沙河が石塁を飛び越え、再び矢を放ってくる。それを紙一重で避け、互いに武器を抜いて斬り合う。
「やっと見つけたぜぇ!」
「逃げたと思った」
「こっちはてめぇを殺したくてうずうずしてんだよ!」
沙河の斬撃を馬から飛び降りて躱す。すると、沙河も馬を降りて俺の前に立ちはだかる。
「村一と言われたその弓の腕、惜しいな」
「へっ、今更何言ってやがる! いつまでも俺を村の奴らと一緒にするな!」
沙河は俺に向けて斬りつけてくるが、その動きは仁と比べ物にならない程遅かった。
「遅い」
「うぐはぁ!」
すれ違いざまに脇腹を軽く斬りつけると、沙河は膝をつき傷口を押さえる。
「だが、剣についてはからっきしだったな」
「へへ、んだよ、んだよ、これ」
「諦めろ、お前は勝てん」
「ざっけんな。こんなはずじゃねぇんだ。俺は最強なんだ、呪われた人間なんかに負けるわけにはいかねぇんだよ!」
それでも向かってくる沙河の首に刀の鞘を叩きつけた。気を失って倒れたサガは、村人たちに縄を巻かれ連れていかれる。
「軍長が!」
「くそ! どうする!?」
「逃げるぞ!」
軍長である沙河が捕縛されたのを見て、圧倒的戦力差で押し込んでいた兵士たちが撤退していく。
須坂平野での戦いは、多くの犠牲を払いつつも敵の軍長を捕縛する戦果を挙げ、幕を閉じた。
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