第4話 血の代償

「な、なんだって!? もう一度言ってみろ!」

「で、ですから。武器で脅した際、抵抗された為部下が誤って刺してしまい…」

「なんて事をしてくれたんだド畜生が! ただ連れ去ってくるだけと言っただろうが!」

「申し訳ありません!」


 砦で報告を聞いた俺は憤慨した。無傷で連れ去り人質にしてくるどころか。あろうことか、兵士の一人が墨染を刺したのだ。


 すると、外が何やら騒がしくなる。兵士の一人が慌てて執務室へと入ってきた。


「ほ、報告します! 葦原村の者達が武器を手にこの砦に攻めてきました!」

「なっ!?」

「は、反乱です!」


 ◇


 事前に知っている情報から、沙河がこの砦にいることは掴んでいた。すでに南北にある入り口は塞いでいる。


 隣に立つ御剣と、突撃前に最後の言葉を交わす。


「瑞穂、本当にこれで良かったのか?」

「もう、後戻りできないわ。御剣、私にもし何かあったら」

「心配するな。誰も、お前には指一本触れさすまい」


 私の後ろには、武器と松明を手に今か今かと命令を待つ村人達がいた。手にする武器も、剣から槍、鍬や鉈といった農具まで様々だ。


 武器がばらばらでも、ここにいる全員の心は一つに纏まっていた。


「準備はいいぜ、村長」


 村人を代表して、信濃さん斧を手にそう言う。私は大きく息を吸い込み、声を張り上げる。



「砦を、落とすぞ!」



「全員突撃、村長に続けぇ!」

「「「うぉおおお!」」」


 全員が一斉に駆け出す。私もそれに続き、馬で前へと進む。向かう先は、砦の正門。


「な、何事だ!?」

「貴様ら、うがぁ!?」


 御剣と信濃さんが先陣を切り、門番の兵士をなぎ倒す。私たちが来るとは思わなかったのか、砦は瞬く間に喧騒に包まれていた。


「門を破れ!」


 屈強な男達が丸太を門に打ち付け、門を破ろうとする。かんぬきがみしみしと音を立てる。


「うらぁ!」


 大きな物音と共に門が開き、反対側で抑えていた兵士たちが吹き飛ばされる。倒れた兵士たちを踏み越え、村人全員が中へと殺到する。


「いけぇ!」

「葦原の底力を見せてやれ!」


 たちまち、砦の中は混戦状態に陥った。敵味方が入り乱れ、誰が何処にいるかも分からない。


「オラオラ退きやがれ!」


 信濃さんが斧を振り回し、向かってきた兵士たちを瞬く間に撃破する。


 私たちの想定外の戦闘力に、砦の兵士たちが浮き足立っている。


「つ、強えこいつら」

「戦嫌いの百姓じゃなかったのか!」


 そうだ。私たちは争いごとなんて嫌いだ。


 だが、それは自ら進んで争うことだ。誰かを守るために、誰かのために戦うことは違う。


 それを嫌うことは、誇りと使命感、そして責任を放棄することだ。


「御剣!」


 私はすぐそばにいた御剣を呼ぶ。


「私も戦う」

「側にいる。離れるな」


 剣の腕はからっきしだけど、私とて武人だ。己の大切なものを壊されて、黙ってはいられない。


 今こそ鍛錬の成果を見せてやる。


「はぁああ!」


 呪術の加護を受けた刀を振るう。

 御剣には及ばないが、ちょっと訓練しただけの兵士相手なら何とかなる。

 刀を薙ぎ払い、得物を落とした兵士を斬り伏せる。


 湧き上がり、そして混じり合う高揚感と罪悪感。

 これが、人を斬る感覚…


 戸惑いつつも次々と襲い掛かってくる兵士たちを斬っていく。目指すは、事の発端となった沙河の首ひとつだ。


「弓兵隊、構え!」


 砦の入り口で、敵の弓兵隊が弓を構える。

 マズい、こちらには矢を防ぐ手立てがない。


「放て!」

「させません!」


 私たちの前に一人の巫女が現れる。


 千代だ。


 千代が呪文を唱えると、私たちに降り注ぐはずだった矢が、見えない壁に阻まれて落ちていく。


「千代、あなた!」

「瑞穂様、私とて戦えます!」

「助かったわ。だけど、無理はしないで」

「はい!」


 千代は呪術を使い、兵士たちを瞬く間に倒していく。

 戦況は勢いに任せたこちらが優勢だ。しかし、練度に勝る敵も態勢を整えつつあり、こちらも少ないとは言えない被害が出ている。


 決定的な戦果が必要だった。


「御剣、このままじゃ埒が開かないわ。沙河を目指して突撃する。ついてきなさい」

「御意!」


 私たちは現状を千代や信濃さん達に任せ、沙河を探して砦の中へと侵入した。


「沙河!どこにいる!」


 兵士を倒しつつ、一つ一つ部屋を探す。あいつの事だ。こうなれば自分は一番安全なところにいるはず。


「見つけた!」

「くそ! ここまで来やがるとは!」


 砦の一番奥の部屋、執務室と思われる場所に沙河がいた。護衛の兵士が六人、まずはこいつらを倒さなくては。


「観念しろ。もう逃げ場はないぞ」

「うるせぇ! 俺に舐めた口を聞くな! やれ!」


 護衛の兵士達が一斉に向かってくる。御剣が私を自分の前に立ち、向かってきた兵士たちを瞬く間に斬り伏せる。


「ちぃ! 使い物にならねぇ奴らだ!」

「さて、残ったのはもうあなた一人よ。観念して投降しなさい」


 私は投降を促すが、沙河は不敵に笑いだした。


「ははは! 投降? ふざけるな、まだ終わってねぇんだよ」

「ど、どういう意味」

「瑞穂!」


 突然、御剣が私を床に押し付ける。その瞬間、風を切り裂く音と共に何かが頭の上を通り過ぎる。


「刀!?」


 壁に突き刺さったのは、先程頭上を通り過ぎた刀だった。


 そして聞こえるのは、男の声。


「仕留められませんでしたか」

「けっ、おせぇぞ」


 現れたのは甲冑に身を包み、大きな太刀を持った武将だった。


「はは、侍大将のお出ましだ! 観念するのはそっちの方だぜ!」

「侍大将、と言うことはあなたが噂の仁ね」

「名をご存知とは光栄です」


 仁、緋ノ国の侍大将。侍大将とは全軍を纏め上げる役職であり、文武両道、様々な知識にも深い。


 いわば、名実ともにこの国の最強とも言っていい。


「後は任せたぜ!」

「ま、待ちなさい!」


 逃げようとする沙河を追おうとするが、私の前に仁が立ち塞がる。


「行かせられません」

「そこを退きなさい!」


 私は刀を振るうが、それはあっけなく太刀によって防がれる。防がれて体勢を崩したところを狙われ、頭上に太刀が振り下ろされる。


 甲高い金属音と火花が頭上で弾ける。横から飛び込んでくれた御剣が、刀で太刀を防いでくれた。


「中々です。では、少しですがお相手しましょう」


 二人は間合いを取り、互いに武器を構える。邪魔にならないところから二人を見るが、どちらも隙がない。


 互いに隙を伺いながら、すり足でジリジリと間合いを詰めている。


「うぉお!」


 先に動いたのは御剣だ。

 抜刀し、正面から仁に斬り掛かった。


「正面からとは」


 仁は太刀を構え、横から斬りつけてきた御剣の刀を受け止める。交差した刀同士からは火花が散る。

 ただでさえ大きい太刀を打ち合いで自由自在に操る。この仁という武人が侍大将であるのも納得できた。


 その後も打ち合いが続く。


 しかし、一向に有効な攻撃は与えることが出来ず、時間だけが経過していく。


「どうやら、頃合いのようです」


 間合いを取っていた仁が太刀を仕舞った。


「ここはもうすぐ陥落します。目標の離脱も出来たようですから、私はこれで失礼します」

「待て、逃げるのか」

「私は軍を纏めなければなりませんので」

「待ちなさい」


 外に出ようとする仁を私は呼び止めた。


「質問に答えなさい」

「何でしょう」


 仁は立ち止まり、こちらを振り返った。


「なぜ、あなたほどの人物がコタンテの下にいるの?」

「私はこの国の侍大将です。侍大将は皇の配下、部下が主人の命令に従っているだけの事です。では、私もおひとつ、いえ、おふたつ聞かせて下さい。おふたりの名を」

「私は瑞穂、葦原村の村長。彼は私の従者よ」

「俺は御剣、瑞穂に忠誠を誓う従者だ」

「その名、覚えておきましょう。では」


 仁はそう言い、何処かへと消えていった。


 私は刀を鞘に仕舞う御剣のもとへと駆け寄った。


「御剣、大丈夫?」

「何ともない。奴は」

「奴って、仁のこと?」

「あぁ、はっきり言うが奴は強い…」


 私たちの初陣は勝利した。


 しかし、外に出れば顔を知る村人が何人か蓑に敷かれている。その側で、共に戦っていた者達が涙を流している。


 みんな、家族がいて、奥さんがいて、子供がいる。私は息のない彼らの元に膝をつき、あの歌を歌った。


 散りゆく者への鎮魂歌を。



 ◇



 私が砦を脱出すると、彼がいた。

 傭兵でありながら、私の部下であるリュウ。


「沙河のやつは逃げた。それより、もう良かったのか?」

「えぇ、ここはもう保ちません。それより、あなたは今までどこに?」

「あぁ、少し野暮用でな。それよりあの男、戦ってみてどうだった?」

「あのまま戦っていれば、私が勝っていたでしょう。あのままであれば。では行きましょう、皇が待っています」

「どういう事だ? ちょ、おい待てよ。置いてくなって」



 ◇



 戦が終わり、戦に出ていた村人達が村へと帰還する。出迎えてくれたのは戦に旦那や子供を送り出した妻や家族だった。みんな、帰りを祝福し、抱き合ったりしている。


 その一方で、戦死した村人の棺に泣いて縋り付く者達もいる。私は彼らの元に歩み寄り、一人ひとり声を掛けた。


「む、村長…」


 彼女は、死んだ防人の奥さんだった。


「村長、この人は、この人は、ちゃんと務めを果たしましたか?」

「はい。彼をはじめ、ここにいる全員が戦わなければ、この戦は負けました。彼は、私が責任を持って弔わせてもらいます」

「あり、がとう、ございます」


 長の務め、それがどんなものなのか私にはまだ分からない。それでも、私の意思で彼らは死んだ。戦争の怖いところだ。


 私ですら、この手で初めて斬った敵の顔を忘れていない。まだ、手が震えている。


「御剣」

「どうした?」

「少し、少しでいい、ひとりにさせて」

「分かった。あとは任せろ」


 私は屋敷に戻り、自室の枕に顔を埋めた。


 怖かった。人が死ぬ、それも自分が殺した。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…


 気がつくと、枕が濡れていた。


 ◇


 部屋に戻った瑞穂が心配だったが、主の代わりに俺は俺で務めを果たさなくてはならない。


 負傷者の治療は千代をはじめとした女衆に任せる。俺たちは次の戦に備え、武器と防具の整備を行い、作戦を練っていた。


「逃亡した沙河は、四つある残りの砦の何処かにいるのは間違いないだろう。奴とて、皇のお膝元に戻るのは恐れ多いはずだ」

「しかし、御剣よ。俺たちが砦の一つを落としたとなれば、国は兵を挙げてここに攻め込んでくるはずだ。相手が本気を出せば、たかが村一つの反乱なんてすぐに鎮圧される」

「人数の差は戦略で埋められるわ」

「瑞穂」

「村長」

「遅くなってごめんなさい。これからの事について説明するわ」


 瑞穂は部屋の真ん中に周辺の状況が描かれた地図を広げる。


「だとしても、根本的な兵力不足は、正直言って補えない」

「じゃあ、どうすれば?」

「村の位置はここ。ここは周囲を山々に囲まれ、外から侵入するには深い森を抜けなければならない。唯一整備されているのが西の街道。まずはここの防御を固めるのが最優先になるわ」


 瑞穂は西の街道を指差し、そのまま村までなぞる。


「敗退の報を早馬が届け、中央が兵を率いてくるなら、最低でも五日はかかる。兵力が大きければ大きいほど、それを補うための兵站は誇大化する。向こうにとっては、ここをはじめとする村々の反乱の目は、広がるまでに摘み取っておきたいはず。とすれば、兵を率いてここに攻めてくるのは確実といえる」


 俺は周辺の村々への助力を提案する。


「それは勿論のことだけど、現状、勝ち目のない戦に加担するのは渋るはずだわ。最低でもあと一回、いや、あと二回は戦に勝たないと。とりあえず、他村への助力はすぐに出す。それと、食料や物資の備蓄は?」

「保って一週間、節約すれば二週間ってとこだな」

「分かったわ。でも、無理をして節約する必要はないから、意識だけはしておいて。さて、戦は守りが基本だけど…」

「ここはただの村だ。正規軍の襲撃に耐えれるとは思わんが」

「そうね。なるべく敵の注意をばらけさせたいのだけど…思いついた。残りの砦はあといくつある?」

「四つだ。城を中心に東西南北、等間隔に置かれている」

「ここからそれぞれの砦まで、早馬で何日かかる?」

「東なら一日、北と南なら二日、西なら三日かな」


 村の馬を世話するマキがそう言う。


「この中で、かくれんぼとか騎乗が上手い人いる?」

「それなら俺たちがうってつけだ」


 手を挙げたのは村の中で昔はガキ大将を張っていたリクト、その友人のトウヤ、マルの三人だ。


「三人は馬を使い、それぞれの砦に火を放ってほしいの。特に、西の砦はこことは正反対だから、その結果次第で敵の注意が分散されるわ」

「任せろ」

「あとは…」


 瑞穂は国に配置されている軍団の位置を確認する。


「出来れば、こことここの軍団を戦わせたいわ。この二つの軍団、軍団長が犬猿の仲だったわよね」

「なるほど、互いに潰し合いをさせるってわけか」

「噂は時に人を死に追い詰める程強力よ。どちらにも噂を流してほしい、『皇が病気で倒れ、向こうが後釜を狙って城に戻ろうとしている』ってね」

「それなら、俺の得意分野だ」


 そう言って部屋に入ってきたのは、右京と小夜だった。


「右京、あなたはここに呼んだ覚えはないけど」

「まぁ、そうだわな。俺は立場的に言うと敵だからな」

「ほぅ、自分から言うとは」

「良い根性してるじゃねぇか」


 血気盛んな村人達が右京を取り囲む。小夜は怖がって右京の後ろへと隠れた。


「やめなさい」

「で、ですが村長」


 瑞穂は立ち上がり、右京の前に立ちまっすぐ目を見る。


「あなたの狙いは何?」

「俺は確かに敵だ。だが、俺はこの村に大きな恩がある。恩を仇で返したくはない、俺はこちら側につく」

「一つ言うけど、信用はしても信頼はしないわ。その発言から、あなたは裏切り者になるのよ。裏切り者は信頼できない。信用と信頼は別よ」

「無論だ。信用さえあれば良い。さっきの話、国側の人間が噂を流すほうが効果がある。俺がやる。腹は決めてきた」

「もしもの時は、分かっているわね?」

「あぁ」

「分かったわ。あなたを信じましょう」


 瑞穂の言葉に、後ろに隠れていた小夜が安堵の表情を浮かべる。


「せっかくだから、あの砦を使わせてもらうわ。全員で砦へ向かうの、全員よ」


 本格的な戦への準備は、着々と進められた。

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