第5話 集う者たち

 作戦が進む中で、大急ぎで進めるのが砦の修復と防備の強化だった。正面の門以外ほとんど無傷で手に入れた上、砦には敵兵が残した武器や防具が沢山あった。そのほかにも、固定の弩砲や小型の投石機が置かれている。


 活用できるものは何でも使う、それが力の弱い者の特権だ。


 そして私は、先の戦いからあることを学んだ。


 練度の違い、それは勿論、兵士として働けば訓練を受けるのは当たり前だ。


 しかし、こちらは残念ながら農作業しかしてこなかった。信濃さんや数名は村の防人も兼ねていたが、やはりそれだけでは圧倒的に手数が足りない。


 そこで、信濃さんが他の村人たちを訓練している間、私は手の空いた人間にあるものを作らせていた。


 それは盾である。


「盾ですか?」

「そう。今回、弓矢による負傷があまりに多かったの。竹を半分に割って繋ぎ合わせた物なら、矢くらいは防げる。出来れば、鉄の盾が欲しいけど。贅沢は言えないわ」

「村長! 槍の特訓終わりました!」


 そして、並行して行っているのが槍の特訓だった。


 村には剣の使い手が少なく、農具では効果的な戦略が立てられない。統一した武器ですぐに準備できるとすれば、長さを生かした槍が最適だった。


 出来れば、盾、槍、剣と三段構えにしたいが、これも贅沢は言えない。現状あるもので戦略を立てることが大事だ。


 砦は周囲を囲む塀に沿って櫓を建て、塀の上を歩けるように通路を造る。弓は訓練が必要になるため、代わりに大量に運び込んだ石を投石に使うつもりだ。


 あとは、熱湯。


 これらは全て、西洋の戦いから真似している。西洋の戦いはもっぱら攻城戦が大半で、攻め方も守り方も進化しているからだ。


 そんなことを考えながら、砦の城壁を歩いて辺りを見渡していると、小夜が小走りで私のもとへとやってきた。


「瑞穂様、ここにいたのですか」

「あら、小夜じゃない」

「これを持ってきたです。ちょうどお昼なので食べてくださいです」


 小夜から手渡された包みを開けると、大きなおにぎりが出てきた。

 形は不恰好だが、一生懸命作ったことがわかる。


「もしかして、小夜が?」

「はいです! 御剣様から瑞穂様が朝からご飯を食べていないと聞いたので。中は梅干し入りなのです」

「ありがとう。早速頂くわ」


 私はおにぎりを口に運ぶ。疲れているからか、いつもより美味しく感じた。梅干しの味がなんとも言えないくらい美味しかった。


「うん、すごく美味しい」

「ほ、ほんとですか?」

「ありがとう小夜」


 そう言うと、小夜は嬉しそうにする。尻尾が生えているなら、今頃ぶんぶんと振っているくらいに。


「さてと、そろそろ私も行こうかしら」

「どこに行くのですか?」

「知り合いがいる村にちょっとね。御剣にはすぐ戻るって伝えておいて」

「良いのですか? 勝手に行かれると心配されると思うです」

「大丈夫、すぐ戻るから」


 私は馬を借り、ある村へと向かった。そこは葦原の東側、古くから付き合いのある煤木村だ。



 村に到着すると、知り合いが出迎えてくれた。凛は私のことに気がつくと、走って飛びついてきた。


「久しぶり、りっちゃん、元気にしてた?」

「勿論だよ! みっちゃんこそ、色々あったらしいけど元気?」

「うん、元気!」


 髪を二つにまとめた彼女とは、村長になる少し前に知り合った。お祖母様に連れられてこの村にやってきたとき、退屈していた私をよく遊びに連れ出してくれた。


 凛とはそれ以来の付き合いだ。


「村長が待ってるよ、一緒に行こ」

「うん!」


 凛に連れられ、私は煤木村の村長が住む屋敷へと向かった。


「よくぞ参られた、瑞穂殿」

「お元気そうで何よりです、御前」


 白髪で口ひげを蓄え、優しい顔つきながらも貫禄のあるこの老人こそ、凛の祖父でこの村の村長、イシマキ。


 温厚で情に厚い人物と言われている。


「さて、御前。単刀直入に言わせていただきます。此度の戦、我が方に味方して頂きたい」

「ふむ…」


 イシマキは顎に手を当て、少し考え込んだ。


「儂も、墨染様には多大なる恩義がある。しかし、同時に村の者たちを守らなければならん」

「そこを何とか出来ませんか?」

「すまぬ…」


 想定はしていたが、改めてそう言われると失意を感じる。


「そんな、あんまりだよお祖父ちゃん!」


 突然話に割って入ってきたのは、凛だった。


「みっちゃん…瑞穂様は墨染様のために自ら先陣を切って戦ってるのに、墨染様に何度も助けられた私たちは何もしないの!?」

「それもそうなのだが…凛、分かってくれないか」


 孫にきつく言われた御前は困った顔をするが、凛は答えを変えようとしない。


「ううん、分からない。でも、友達が戦っているのに、何も出来ないのは嫌よ」

「ううむ…」

「村長! 報告します!」


 突然、村人の一人が中へと入ってくる。その慌てようから、一大事だと言うことがわかった。


「何事だ」

「たった今、鏑矢村から村の者が戻ってまいりました!そ、それが…

「よき、話したまえ」

「村は焼き払われ、村人は全員殺されたとのことでした」

「何と…」

「嘘でしょ…」


 鏑矢村は葦原の北西に位置する村だ。そこがやられたとすれば、敵はもうこちらに向かっているということだ。


 しかし、早すぎる。まだ一日しか経っていないのに動きが早すぎる。


「その者の話では少数の国兵集団が突然現れ、反乱に加担したとして村に焼き打ちを行なったとのことです」

「御前、今回の件、我が村に原因があるのは認めましょう。しかし、反乱に与していない鏑矢までやられたとなれば、ここも狙われることになります。この村は、私が責任を持って守り通してみせます。この葦原の村長、瑞穂の名にかけて」

「…避けられはせぬか」

「お祖父ちゃん」

「わかった。此度の戦、煤木は葦原と共に戦おう」

「協力、感謝します」

「凛よ、この事を村の者たちに伝えとくれ。勿論、鏑矢が焼き払われたことも」

「うん。分かった」

「敵の動きが気になります。私はすぐ砦に戻らせていただきます」

「こちらもすぐに準備しよう。乙富へは、儂から話を通しておく」

「感謝します。では」

「待って、みっちゃん」


 私が馬に乗ろうとすると、凛に呼び止められる。そして、優しく抱きついてきた。


「みっちゃん、お願いだから無理しないでね。みっちゃんと遊べなくなるなんて、嫌だから」

「大丈夫、絶対死なない。もう一度、前みたいに二人で遊ぼうね」

「約束だよ」

「うん、約束する」


 凛と分かれた私は、馬に乗り砦へと急いだ。



 砦では、すでに鏑矢の話が伝わっていて、みんなに動揺が広がっていた。焼き打ちをしたのがコタンテの兵であるのは間違いないが、いかんせん事態が動くのが早かった。


 部屋に集まった村人たちの表情も重かった。みんな、鏑矢とは個人的な付き合いもあり、今回の事態に驚きと怒りを隠せなかった。


「あいつら、無関係の村を襲いやがった!」

「俺の友人も殺された!」

「どうすればいいんだ!」

「静まれ!」


 御剣が動揺する村人たちを一喝する。口々に話していた村人たちは黙り込み、大人しく座った。


 御剣に視線で訴えかけられる。

 私は皆の目を見て、口を開いた。


「今回の一件を招いたのは、間違いなく私たちのせいよ。今、私たちのしていることは、例え大義のためであっても、無残に死んでいった者からは到底認められる事ではないわ」


 だからこそ、私たちのやるべきことは変わらない。


 たとえ、歴史にどれだけ汚名を着せようとも、やり遂げなければならない。


「予定は変わらないわ。私たちは力を合わせて、この国の皇から人々を解放する。みんな、自分たちに与えられた使命を、最後まで全うしてほしい。そして、今一度問う」


 私が立ち上がると、再び皆の視線が一気に集まる。


「もしも、自分の命が大切であるのなら、立ち去ってもらって構わない。それは罪ではない、人として当たり前の事。それでも、最後まで私についてきてくれる?」

「なんだ村長、今更そんなこと聞いてよ。俺たちの気持ちは変わらねぇぜ」

「生まれも死ぬのも、葦原だ」

「でもよ、死んだら墨染様に怒られるかもな。あんた達、なに馬鹿の事してんだい、ってな」

「ちげぇねえ」


 その場にいた村人が全員立ち上がる。


 私は、改めて村人の決意を感じた。彼らの決意に応えなければならない。

 この戦、絶対に負けられない。



 ◇



「はぁ、はぁ、はぁ…へへ、やってやったぜ」


 俺の前には焼け焦げた村があった。砦から逃げる道中、何か手柄が欲しかった俺は、数名の兵士を率いて鏑矢の村を制圧した。


 ここの村長は反乱には加担していないと懇願しやがったが、血の気の多い村の若者が剣を抜いて襲いかかってきた。


 あの時の村長の顔は傑作だった。俺たちは反乱とみなし、村を焼き、加わった人間を一人残らず討ち取ってやった。


「終わりましたか?」


 後ろを向くと、馬の上からいけ好かない顔で仁のやろうが俺を見てきた。気にくわねぇ、上から目線でものを言いやがって。


「よう侍大将さん。反乱の鎮圧ならもう終わったぜ?」

「そうですか」

「あんたの手を借りなくてもな?」

「では、私はこれから此度の軍長の活躍を、聖上にご報告させていただくとします」

「おうっ、気が効くじゃねぇか」

「では、失礼します」


 砦を落とされたのは失敗だったが、反乱の芽を摘んだんだ。聖上も大きな心で許していただけるはずだ。


 あぁ、笑いが止まんねえ。



 ◇



 私と御剣、そして千代の三人は夕刻、とある場所へと向かっていた。

 村から少し離れた山の上にそれはある。


 明風神社、古くからこの地に眠るとされる大御神を祀る神社。いつから建てられたのかも分からず、代々呪術に秀でた巫女が宮司として管理を任されている。


 村長になってからここにくるのは初めてだ。御剣には、政務を執る私の代わりに奉納や祈祷を頼んでいる。千代にとっては、久し振りの実家への帰省になる。


 石段を登りきると、一人の女性と一匹の霊獣が出迎えてくれた。この神社の今代の宮司である白雪七葉さんと、神社に古くから棲みついている狐に似た霊獣のテンだ。


「お母様、白雪千代、ただ今戻りました」

「お帰りなさい。千代、お務めはちゃんと果たしていますか?」

「お務めですか。え、えっと…」


 千代が困った顔で見てきたので、助け舟を出す。


「千代はちゃんと務めを果たしてくれています。千代に救われる事も何度かありました。良くやってくれています」

「瑞穂様…」


 自分で評価するより、他人の評価の方が聞き入れられ易いものだ。側付きとして頑張ってくれているし、助けられたのも嘘じゃない。


「ふふ、安心しました。ところで、今日は三人とも揃っていますが、何かあったのですか?」

「墨染様、そして亡くなった村人たちに供え物と挨拶を」


 神社の境内の一画に墓地がある。そこからの景色は眺めが良く、葦原村を見下ろせる事から、村で亡くなった人たちが安らかに眠れる場所となっている。


「お祖母様、参りました」


 まだ真新しい墓石の前に膝をつき、語りかける。


「ご存知かと思われますが、先日、私たちは国に反旗を翻しました。争いを嫌う私たちが、私たちの意思で起こした戦です。村長として戦を扇動した不出来な私を、どうかお許しください」


 懐から取り出したのは、お祖母様が生前好きだった米菓。それをお皿に載せ、墓石の前に置く。


「必ずやこの戦を終結させ、民が飢えず、誰もが幸せに暮らすことのできる真の平和な世を築きます」


 最後に目を閉じて手を合わせる。御剣と千代も、私の後にお祖母様に向けて思いを伝えた。


 ◇


「じゃて、儂に何の用だ?」

「葦原の反乱の件です。反乱軍は街道沿いの砦を落し、そこに陣を構えております」

「反乱軍なんぞ屁でもないわ。じゃて、お前はノコノコと砦を落とされたのに帰ってきたのか?」

「私が到着した時には、すでに戦況は大きく不利。崩落が目前であったため、軍長である沙河を救出後、撤退致しました。軍長である沙河は撤退途中、僅かな兵で他の村を強襲、焼き払い反乱を抑えました」

「ほほう、沙河がやったのか。うむ、奴には褒美を与えてやらなくては。それで、お前は何かやったのか?」

「いえ、私は何も」

「侍大将とあろう奴が何もしなかったのか!? ふざけるな、この能無し! 少しは沙河を見習え」

「申し訳ございません」

「ふん、わざわざ楽しみの最中に来たと思えば、そんな報告ばかりしよって。儂の前からとっとと消えろ」


 私は聖上に頭を下げ、謁見の間を後にした。自室に向かうために廊下を歩いていると、彼がいた。


「ご苦労さん。よくもまぁ、腹が立たないな」


 彼、傭兵のリュウはそう言って持っていた茶を私に手渡してくれた。彼は傭兵でありながら、同時に私の部下という立場であったが、個人的に付き合いがあるため気にならない。


「まぁ、何も出来なかったのは間違いありませんから。それにしてもリュウ、あなた聞いていたのですか?」

「あぁ、外で聞き耳立てていた。あのデブ、救いようがねぇな」

「言ってはなりません。仮にも、あのお方はこの国の皇です。私たちがとやかく言うのはご法度です」

「大したもんだな、あんな奴でも頭を下げられるあんたを尊敬するよ」

「尊敬されるほどのものとは思いませんが?」

「俺は傭兵だからな。傭兵は金のためなら親でも殺す。それまで雇っていた雇い主だって殺す。そんなもんだ。だから、誰かに頭を下げるって考えがわからないんだ」

「リュウぅ!」


 角を曲がると、突然ひとりの女性が彼に抱きついた。あまりにも突然すぎたため、抱きつかれたリュウは女性に抱きつかれたまま、後ろに倒れてしまう。


「どこ行ってたのよ。探したんだから!」

「は、離せローズ。さ、侍大将の御前だぞ」

「嫌よ。今日という今日は二人でお風呂に入って、一緒の布団で寝させてもらうから」


 彼女はローズ。異国の女性で本名はローズマリー・ラヴァーニという。彼と同じく傭兵で、事実上の夫婦でもある。


 二人は西洋にいた頃に出会ったらしく、彼女はもともと聖堂と呼ばれる組織の騎士団長だったらしい。


「じ、仁、助けてくれ」

「あ、あの」

「何の用でしょう侍大将?」

「うっ、何もありません」


 助けようとするが、私が恐怖を感じるくらい笑顔で威嚇された。青い目が笑っていない。こうなってしまった以上、私には何も出来ません。


「すみませんリュウ」

「ちょ、お、たすけ…」


 許してくださいリュウ。私はまだ死にたくありません。

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