第2話 振り替え休日と鮭おにぎり


 ピンポーン


 朝早く僕はチャイムの音で目が覚める。


「むにゃ……ふぁい?」

「よっ! 来たぜ」


 やって来たのは僕の彼女。


「おりふぁ?」

折羽おりはな、なんだ寝ぼけてんのか? いいから開けてくれよ」

「……うん」


 僕は眠気まなこで玄関を開ける。彼女を見た瞬間眠気が吹き飛んでしまった。


 普段は着ないような……というか今まで見た事がない淡いブルーのワンピース。髪は青いリボンと赤いリボンでツインテールにしている。手にはピンクの腕時計。足元はチェックのブーツを軽やかに鳴らしている。


「ほぁ〜……」


 見蕩れるとはこの事か。新鮮な彼女に僕の胸もドッキドキ。


「折羽……その」

「なんだよ、じっと見て」


 恥ずかしそうにそっぽを向く彼女。


「さ、最高です!」


 ガバリと抱きつこうとして躱かわされた。


「顔洗ってこい、汚ぇよ」

「ぐすんっ……酷いよ〜」


「事実だから泣くなよ! その後なら抱きついていいから」

「ホント?」

「あぁ」


「キスも?」

「あぁん?」

「なんでもないです……」


 彼女はいつも通り。


 僕は折羽を部屋の中に入れながら洗面所に行く。その前に彼女から……


なぎさ

「ん?」


沙苗さなえに線香あげていいか?」


 こういう優しさだ。僕が惚れて憧れた女性は心までも美しい。だから僕は笑顔で頷く。


「うん! さなも喜ぶよ」

「……おう」


 彼女は改めて沙苗の部屋に行き僕は洗面所に向かう。きっと女性同士で積もる話もあるのかもしれない。




「もういいの?」

「ありがとな」


「それはこっちのセリフだよ……じゃあ」

「ん? あぁそっか」


 手を広げた僕に折羽は一瞬考えた後に近寄る。


 ギュッ


 いつもは拳しか味わってこなかったけど、こうして改めて折羽に触れるとやっぱり思ってしまう。


 女の子なんだと。


「折羽ありがとう」

「……」


 彼女は一旦離れた僕を見てモジモジした様子を見せる。


「折羽?」

「もうちょっと……」


 どうやら僕より彼女の方が甘えん坊なのかも。柔らかな感触と汗で湿ってしっとりした肌。髪から香る柑橘系の匂い。


 夏の彼女の匂いがする。


「……サンキュ」

「うん」


 しばらくして満足したのか、はたまた恥ずかしいのか、折羽はリビングのソファではなくキッチンに行ってしまった。


「渚……米炊いてるか?」

「お米? う、うん。多分あと30分ぐらいで炊けると思う」


 僕の休日は一日分のお米を朝炊きあげる。一体お米がどうしたのだろう?


「そっか。そんじゃあ私が朝メシ作ってやるよ」

「えっ! 折羽が作るの?」


 嬉しい朗報!


「なんだよ不満なのか?」

「い、いやぁ僕は卵焼き作る折羽かバクバク食べる折羽しか知らないから」


「なにげに失礼だな!」

「あはははっ」

「笑って誤魔化すな」


 しかし意外だ。折羽が自らご飯を作るとは。どんな心境の変化なのだろう。


「まぁなんだ……いつもお前に作ってもらってばっかりだからな」

「折羽」

「たまには私が作ってもいいだろ?」

「おりは〜」


 暑さのせいか彼女の顔が少し赤くなる。その様子が愛おしくて、ふにゃふにゃになる口元を押さえながら声に出す。


「折羽、結婚してください」


 メコッ


 くぅぅぅぅ……相変わらず容赦ない。だが、それがいい!


 それでも嬉しい自分がいる。


 Mなのか

 そうかやっぱり

 Mなんだ


 僕は折羽にならどんな事をされても嬉しいです。ちなみに決まり手はアイアンクロー。


 あ行から始まるなんて折羽はわかってる。さすが僕の彼女だ。


 ピピピピピッ


 白米の香りが部屋の中を満たす。これを嗅ぐだけでお腹が空いてくる不思議。


「折羽何作るの?」

「家からコレ持ってきたんだ」


 トートバッグの中から取り出したのは、ほぐした鮭が入った瓶。そしてあらかじめ出汁をとって大根を煮てその中に味噌と豆腐を入れる。


 お釜から大き目のお皿に移して鮭瓶を入れていく。そして程よく混ぜた所で彼女の柔らかな手が塩水に浸かる。


 ピチャッ

 ホカホカッ


「あつ……」


 ホグホグ

 ギュッギュッ


 なんか折羽の手つきを見てるだけでエロく感じるのは、僕が変態なのだろうか?


 コロン


 固めに握られた形は見事な三角形。


「おぉ、キレイだね折羽」

「どやっ!」


 どやって自分で言ってもね。可愛いけどね。腰に手をあててニッコリ笑われたらキスしたくなっちゃう。


「んじゃ早速食うか」

「うん、いただきます」


 あむっ……


「んん、鮭の塩味が効いて美味しい」

「だろ? 私もよくマ……お母さんに作ってもらうんだよ」


「ママ?」

「握るぞ?」


 ブンブンッ


「味噌汁も飲んでみよーっと」


 僕は湯気が立ちのぼる器を手にしフーフーする。そして一口。


「おぉ、温まる。大根も甘くて美味しい。折羽、凄く美味しいよ」


 素直な感想を伝えると彼女は目を丸くして微笑む。


「そっか……」


 テーブルの下で小さくガッツポーズしてた事は黙っておこう。


 食べ進めると彼女から話題を振られる。


「なぁ渚」

「んぐ?」

「明日も私達休みじゃん?」

「うん」


 文化祭で疲れているだろうという事もあり、振り返え休日はもう一日あるのだ。


「明日、一緒に外出しねぇか?」

「で、デートですか!」

「まぁ、そうなるな」

「行く行く! どこまでも付いていく」


 今の僕を動物に例えたら犬だろう。それも主人に尽くすタイプの。


「でもどこに行こっか? あいにく僕は折羽以外の女の子と出かけたことがないからデートってわかんないや」

「そういう正直な所好きだぜ」

「僕も折羽大好き!」


 とはいえ女の子に場所を決めてもらうのはどうなのだろう? う〜んと悩んでいると折羽はトートバッグの中なか1冊の本を取り出す。


「実はもう行きたい所決めてあんだよ」

「えっ、早くない?」


「細けぇ事はいいんだよ、渚が決めようが私が決めようが結局は同じ事だ」


 そうなのかなぁ。


「それにお互い初めてだらけの恋なんだから、周りと合わせる必要はねぇよ」

「確かに……」


 折羽は女の子だけど、心意気はおとこらしい。


「ひとつずつ確かめながら進んでいけばいいんだよ」

「うん。僕は折羽のおっぱいの感触を確かめたい」

「台無しだなぁおい!」


 僕に真面目は似合わないのさ。


 そして本をめくると煌びやかな装飾に彩られたアトラクションの数々。


「ほへ〜凄いや……」

「だろ? 実はチケットも買ってあんだよ」

「早くない?」


 折羽がどんどん先手を打ってくる。


「まっ私もドキドキしてるってこった」

「嬉しい! 明日行こう!」


「おう、寝坊すんなよ」

「ラブコールかけて」

「お前はスマホ持ってねぇだろ?」

「そうでした」


 だから。


「起こしにくるよ」

「うん、寝て待ってる」

「あぁ、ゆっくり寝とけ」


 折羽の顔が迫る。金のツインテールをフリフリさせながら近付いてくる唇は……紅葉もみじのように紅く染まる。



 今日のキスは……しょっぱい鮭の味。



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