第閑話 彼女と彼女

「この日を待ち望んでいたわ藤宮折羽ふじみやおりは


「……」

「……」




 季節は夏休みの真っ只中。場所は僕のバイト先の定食屋。


 そして、僕と藤宮さんは2人でお昼ご飯を食べる為にバイト先に来た瞬間、声を掛けられた。


「えっと……藤宮さんの知り合い?」

「いや知らねぇ、クロエのじゃね?」

「いや僕も知らないけど……」


 目の前にいるのは黒髪ショートの女の子。知らないとは言ったがどこかで聞いたような……


 う〜んと僕が唸っていると女の子はプンプンしながら奇声を上げる。


「むきぃぃぃ、なんですのその物言い! あんなに激しくぶつかり合った仲じゃないですの!」


「なぁクロエ」

「なに藤宮さん」

「黒髪ショートがお嬢様口調って似合わないよな?」

「うん、激しく同意」


「なっ! 」


 僕と藤宮さんは揃ってうんうんと頷く。


「だいたいお前は誰だよ、人の名前を知っておきながら自分は名乗らねぇのか、それでもお嬢様かあぁん?」


 言ってる事は正しいが、言ってる言葉はキツい。


(んもぅ、藤宮さんってば容赦ない)


「それはそうですわね、ごめんあそばせ」


「ぶはははははっ! あ・そ・ば・ぜ……ダメだ無理……」


 藤宮さんの笑いのツボに入った様子。


「藤宮さん、話が先に進まない。そしてあの子泣きそうだよ?」

「ぐふふ……いやごめんごめん……続けて」


「わ、私は白雪女学院しらゆきじょがくいん1年の花咲百合子はなさきゆりこよ」


「なんか華々しい名前だな」

「お花畑だね」

「んじゃお花でいいんじゃね」


「そ、そのあだ名は言わないで〜」


 花咲さんがしゃがんでイヤイヤをしている。しまったトラウマを蘇らせてしまった。


「ご、ごめんね花咲さん。僕は黒江渚くろえなぎさっていいます。藤宮さんの彼氏ですよろしく」


「か、彼……」

「安心しろ花咲、アイツは妄想癖があるんだ聞き流してくれ」

「え? あ、そうなの?」


 花咲さんは僕と藤宮さんの会話についていけないみたい。そこで僕は本題に入る。


「それで花咲さんはどうして藤宮さんを待ってたの?」


「そ、そうでしたわ! 私はあの日貴方と勝負をしてから、今まで修行をしたんですのよ」

「勝負? 修行?」


 首を傾げながら?がいっぱいの藤宮さん。その姿もお可愛い。



「あっ、もしかしてアレじゃない?」

「アレ?」

「ほら、藤宮さんがフードファイトした時の対戦相手」


 言われて藤宮さんは花咲さんをマジマジと見る。


「う〜ん……お前だったような違うような」

「わ・た・し・ですわ!」


 らしい。


「んで、お前が何しに来たんだ?」

「カチンっ……誰が負けたですか! 負けてません、引き分けです」

「おいおい冗談は存在だけにしとけよエセお嬢様が」


「あぁん? やるんですの?」

「ククッ! 上等!」


 藤宮さんは乗せられたように見えるけど言わないでおこう。そして始まる真夏のフードファイト。


 本来ならバイトは休みなのに急遽駆り出された。まぁ2人の胃袋は無限だから仕方ない。


 店長がSNSでフードファイトの開催を告知すると瞬く間に店内は観戦客で溢れる。男女の比率は半々で2人の人気が伺える。



「さぁ始まりました! 第2回フードファイト。前回は食材切れの為引き分けでした。それを踏まえ今回は制限時間を1時間、そして料理はカツカレー限定でいきたいと思います」


「「「「ィェーィ!」」」」


 カツカレーの大食いって胃にダイレクトアタックが予想されるけど、2人は嬉しそうなので良かった。


「2人とも準備はいいですか?」


「おう!」

「いつでもいいですわ」


「レディーゴー」


 開始の合図とともにスプーンで食べ始める2人。ちなみに藤宮さんも花咲さんも服にカレーを零してもいいようにエプロンをしている。



「ガツガツ……」

「バクバク……」


「「お替わり!」」


 2人のペースはほぼ同時、そしてどんどんと消えていくルーとカツ。厨房でカツを揚げる僕は油の化身と化していた。


 揚げる揚げる……まだまだ揚げる。


「「お替わり!」」


 食べる食べる……どんどん食べる。


「カレーってホントに飲み物だったんだな」

「あぁ……黄色の人は間違ってなかった」

「お姉ちゃん達凄い」

「美味しそう」


 ちなみに余談だが、藤宮さんは甘口のカレー。花咲さんは辛口のカレーが好み。


「んもぅ! 藤宮さんのギャップ萌え〜」


 ドキリッ


 藤宮さんには聞こえてないハズなのに何故か心臓が高なった。



「ガツガツ」

「モグモグ」


 今回は食べやすいように野菜も小さくしてあるので、周りから見たらホントに飲んでいるように見えている。


 ………………

 …………

 ……


 ピピーッ


「終了ーッ」


「「「「ワァァ!!」」」」



 対戦結果


 藤宮折羽 完食7皿

 花咲百合子 完食6皿




「ぐふぅ……私の勝ちだ」

「うぅぅ……負けましたの」


 2人のお腹はポンポコリン


「勝者、藤宮折羽!!」


 直後、大歓声が起こり店内は折羽コール。悔しそうな花咲さんも渋々拍手を贈る。


「こ、今度は負けませんからね! 覚えてなさい藤宮折羽!」


 テンプレートの返しで店を出ていく花咲さん。レジでしっかりと会計を済ませた辺りは律儀なんだろう。まぁ店長は特別価格で提供したみたいだが。



 ◆

「クロエ……動けない」

「しょうがないなぁ、肩貸すから掴まって」

「わりぃ」


 藤宮さんを肩に抱いてゆっくりと外を歩く。


「家の近くの公園で一休みする? それともどこかお店に入る?」


「……お前ん家に行きたい」

「……お持ち帰り?」

「バカ、そうじゃねぇよ……なんだ、その」


 藤宮さんは少し顔が赤くなりながら小声でポツリ。



「……あそこが1番落ち着く」



「んもぅ! 藤宮さんったらツンデレ!」



 グリグリ、ムニムニ……

 しっとりとした藤宮さんの肌の感触は、柔らかくて甘い……そしてちょっぴりとスパイスの効いた匂いがした。



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