第48話 彼女と前夜
「いよいよ明日だね
「おう! うずうずしたきたぜ」
「ははっ頼もしいよ」
「そういう
「……僕はちょっと緊張してる」
僕達は今クラスの中で最後の追い込みをしている。あれよあれよという間に文化祭前日まで駆け抜けてきた感覚だ。
元々やる気があったクラスメイトにミュージカルという燃料が投下されたのだ。やる気も充分である。
そしてその炎を盛り上げようと、追い風を最前線で送り続けたのは間違いなく藤宮折羽その人だ。
「折羽……変わったね」
「あん? 変な意味でか?」
「違うよ、いい意味で! ってか久しぶりに怖かった」
「アメとムチだ! ははッ」
「……たまにはいいかも」
「渚はMだな」
「折羽はS」
「わかってんじゃねぇか」
「折羽もね」
「「ははっ」」
いつもの漫才をしつつ彼女との楽しい時間を過ごしている。
「いいなぁ……」
「お似合いだよね」
「俺だって文化祭で彼女をゲットしてやる」
クラスメイトは僕達2人を見て羨ましそうな声で話している。その声が聞こえていた折羽が慌てて否定する。
「つ、付き合ってねぇから」
「そうだよ皆! 折羽に失礼だよ?」
「クロエが否定するとは珍しいな」
「嫌な予感……」
「僕達は恋人じゃない! 夫婦だ!」
「前提がおかしいだろッ」
ボグゥ
久々の彼女のラリアットはなかなかにキレが良かった。
「いつもどおりだね」
「これを見ると安心する」
「明日が本番かぁ」
僕達は文化祭に向けて着々と準備を進めている。この学校の文化祭は1日限定で行われるのだが、その規模は大きく学外からのお客も多い。
そして、僕達のミュージカルは体育館を使っての最後のとりで行われる事になった。これは姫乃さんが尽力したお陰だと言っていた。
「クロエ達は午前中に学祭回りつつチケットと宣伝よろしく〜」
「うんっ任せて! いっぱい売ってくる。一緒に行こうね折羽」
「まぁ……どうせ暇だしな」
そんな訳で僕と折羽は明日の午前中を使って宣伝やらチケット販売やらをしつつ文化祭を楽しめるって事になった。
「折羽〜ちょっといい? 衣装の最終チェックしたいんだけど?」
「クロエも来てくれ、ほつれがないか確かめたい」
「覗いていい?」
「星が見たいならご自由に」
「綺麗な星が見たいから行くね」
「あほっ」
ちょっとの移動中でも僕達の会話は変わらず、文化祭前日という事もあって少しだけ気分が浮ついているのがわかる。
………………
…………
……
「渚〜そっちはどうだ?」
「うん、バッチリだよ!」
「んじゃ、一緒にお披露目と行こうぜ」
「ガッテンッ!」
「「いっせーの」」
バンッ
「おわっふ………………」
「どうよ? カッコイイだろ!」
カッコイイどころの騒ぎではない。
金色の髪をサイドでまとめて、キラリと光るイヤリングは彼女の瞳の色と同じ紺碧。
口元にはうっすらと紅をさしている。そしてその紅よりも遥かに色鮮やかな真紅のドレスに身を包んだ彼女は、まさしくお姫様だ。
ドレスには赤いバラの花とラメが踊り、このまま舞踏会に出かけてもおかしくない装いをしていた。
「やばい、鼻血が……」
そりゃ、そうなりますよね!
「おい、渚! まだ倒れるんじゃねぇよッ感想聞いてないぞ」
僕は意識を失う間際、親指をグッと立てて彼女に一言。
「……お嫁さんにしてください」
「お前が花嫁かよッ」
どこまでいっても彼女のツッコミは鋭く健在していた。
………………
…………
……
「ん……ん……」
「気づいたか、渚」
「アレ?……ここは」
「保健室だよ。ったく、いつもいつも倒れやがって」
「ほとんどが折羽の物理攻撃だけどね」
「今回は精神攻撃だっただろ?」
「破壊力が桁違いだったよ」
「褒めてんのかそれ?」
「最上級だよ」
2人してクスクス笑い合う暖かな風景。そんな風景を彩るように保健室がオレンジ色に染まる。
「もう夕方だね」
「あぁ……体が大丈夫そうなら、少し外に行かないか?」
「……おともします姫」
「よきにはからえ?」
「ふふ、なんで疑問形なのさ」
「〜〜ッ! なんとなくだよ、ばか」
彼女は制服に着替えていた。そして僕も何故か制服姿だった。
「折羽、僕ってなんでこの格好なの?」
「そりゃ、お前……アレだよ」
「アレ?」
まさかとは思ったがこれ以上聞いたらまた眠る羽目になると思い、やめておいた。
「まっいいや! それよりも何処に行くの?」
「この前、
「あぁ、なんか連れていかれてたね。てっきりお説教されてるのかと思った」
「なんの説教だよ?」
「えーっと……黒江君と早く結婚しなさい! とか?」
僕の言葉に呆れ笑いの折羽。
「お前はブレねぇな」
「まぁね! 僕の強みだから」
会話を続けていると、自動販売機が見えてくる。
「渚、何飲む? カレー?」
「僕は黄○ンジャーじゃないよ! まったく……折羽のボケは真顔で言ってくるからなぁ」
「毎日お前のボケに付き合わされてる私の身にもなれ」
「僕はいつも真面目なのに……」
「真面目な奴はスキンヘッドなんかしない」
「あっはは、懐かしいね! あれから4ヶ月ぐらい?」
「おっラッキー! 渚、ルーレットで当たったぞ! 早く選べよ」
「聞いてないし」
「おい、急げよ! タイムオーバーになるぞ?」
「えっそうなの? あわわわわ」
ピッ
「お前……」
「……仕方ないじゃん、折羽が焦らすから」
僕の指か触れた物は……しじみ汁だった。
「うげぇ……海の味がする〜」
「お前海鮮苦手なのか?」
「いや、海鮮っていうより貝が苦手かな」
「ほ〜ん……弱点ゲットだな」
「僕を亡きものにしようと企んでるな!」
「それは明日のセリフだろ?」
「バレたか……」
「頭にしっかり入ってんじゃん」
「そういう折羽はどうなのさ? 人前で歌うのは……まだ緊張する?」
僕はこの文化祭で彼女のトラウマを克服して欲しいと思っていた。だから、話の流れの中にそれとなく入れてみた。
「……以前の」
彼女はゆっくりと、甘い紅茶を飲みながら口を開く。
「以前の私だったら緊張してステージにすら立てないだろうな……」
「……」
「だけど、今の私なら……」
過去を乗り越える勇気をくれた人がいるから。
「キミと一緒なら……怖くないよ」
夕日に染まる彼女の横顔。僕の世界も、現実の世界も彼女の髪と同じ色に染まっていく。
「……折羽」
「なんだ、渚」
文化祭が終わったら、もう一度彼女にあの言葉を……
「あの……」
「なんだよ? ハッキリしろよ」
ありがとうの気持ちと共に僕の気持ちをもう一度伝えよう。
「文化祭が終わったら……話がある」
彼女は僕の言葉にただ一言
「……わかった」
本当の気持ちを伝える勇気をどうか僕にください。
「帰るか!」
「うん! 帰ろう」
彼女は少し考えるように夕日を見つめていたが、気持ちを切り替えて僕に向き直る。
「今日は渚の家で前夜祭なッ」
「え〜、リブロースステーキは明日食べようよ〜」
「硬いこと言うなよ〜ちょとだけ! なっ?」
「折羽ったらミディアムだな〜」
「そこはウェルダンだろッ」
「「あははは」」
明日の文化祭が楽しみだ!
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