第47話 彼女と先生
「
「はい? いいですけど……」
文化祭まで残り1週間になった頃、私は
場所は学校が一望できる屋上。風が気持ちいい。
(なんで、屋上なんだろう?)
と思いつつ先生に付いていく。屋上までの道のりで缶コーヒーと紅茶を買っていた先生が不意に飲み物を投げる。
「ほらよッ」
「うわっとと……先生、投げないで下さいよ」
「お前の運動神経なら問題ないと思ってな」
私に紅茶を投げた先生は楽しそうに笑っている。
「それで、最近はどうだ?」
「……最近ですか?」
先生は手の中にあるコーヒーを煽りながら抽象的な言い回しで話し出す。
「あぁ、文化祭とか学校とかの事でな」
「はぁ、まぁ……準備はバッチリですね。それと学校も……楽しいです」
一瞬言葉を区切ってしまった。その理由は、私の頭に渚の顔が浮かんだから。
入学時から私にしつこく絡んできた男の子。
自分の思いを素直にぶつけてくる男の子。
私の為に怒ってくれた男の子。
料理が上手な男の子。
私の趣味をバカにしなかった男の子。
祭りの日に打ち明けてくれた男の子。
妹の事が大好きな男の子。
一緒に歌った男の子。
そして、私の好きな……
「そっか……そりゃ良かったよ」
「? 結局何が言いたいんですか先生」
「わりぃな……お前は回りくどいのは嫌いだったか」
先生は私の顔をじっと見つめるとただ一言。
「黒江の妹の事は聞いてるか?」
「ッ!!」
まさか先生からその単語が出てくるとは思わなかった。だから私は何も言えず、ただ口を開けたまま固まる事しかできない。
「その様子だと聞いてるか……」
「は、はい……」
先生の目は全てを見透かしたような色をしていた。
「先生は……知ってたんですか?」
先生が渚の秘密を知ってるかもと思ったら、なんだか胸の奥がチクリとしてしまう。
(先生に嫉妬してどうすんだ……)
先生は大きく息を吸うと、覚悟を決めたようにゆっくりと過去を語る。
「藤宮……入試の時、アイツがトップの成績だったのは知ってるか?」
「……姫乃から噂で」
やっぱりあの噂は本当だったのか? しかしそれだと今の渚の成績が悪すぎるのはおかしい。
「その噂は本当だ。アイツは猛勉強してこの高校に入ったからな」
「だったら今の成績はおかしいですよ。それになんの為に?」
今の話が本当なら現在の
しかし、先生はニッコリと笑い優しく返す。
「……お前に会う為だ」
「……え……私に?」
話が全く見えなかった。
「黒江の妹と会った事は覚えているな?」
「は、はい……」
「あの時のあの子は……もう長くないと医者から言われていたんだよ」
そうだったのか……渚が私に最期って言った意味がようやく理解できた。
ここで私は疑問に思った事を聞いてみる。
「あのっ……先生と渚はどんな関係で?」
「ふふっ、渚……か」
今はそこに突っ込んでる暇はない。
「私の親戚が、アイツの妹の……
これで合点がいった。しかし親戚が担当という事と先生のさっきの話は別の様な気がする。
「沙苗が亡くなった時のアイツの精神状態は酷かった。下手をしたら妹の後を追うんじゃないかと思えたぞ」
だから……
「だから親戚は私にアイツを託したんだよ」
「託した……」
「まぁアイツは私に懐く事はなかったがな、はっはっは」
笑う先生は少し寂しそうに見えた。
「しばらくアイツの家に行って面倒みてたんだが……ある時、アイツが頭を下げてきてな」
「どうして……ですか?」
少しずつ明かされる私が知らない頃の渚。知りたいようで、知るのが少し怖い……でも、やっぱり知りたい。
「藤宮折羽と一緒の高校に行きたいってな」
「私と……一緒の」
「当時は、アイツもお前の名前も知らなかったんだが、色々な手段で調べたって言ってたぞ? その時のアイツは、妹の死を徐々に受け入れつつあったのかもな」
当時の私はどうだっただろう?
中学ではろくに友達と呼べる人間はいなかった。ただ、何も考えず食べることが楽しいと思いながら過ごしていた。
高校を決めたのだって、家から近のと中学の連中は入らないと聞いたから選んだまでに過ぎない。そんな時に渚は……
「だから私が勉強を見てやった訳だ! アイツがお前に追いつく為にな」
「追いつく……」
「言い方を変えれば理想といってもいいだろう」
「理想……」
「最初は妹を救ってくれたお礼が言いたい。ってだけだったけどな……それがいつしか……いや、この先を私が言うのも変か」
「お礼……」
「まぁなんだ、アイツが立ち直れたのはお前のお陰って事だよ。死ぬほど勉強教えたからな。お前に会うって目的が果たせてやる気が無くなったんだろ……馬鹿なヤツだよ全く」
一息に全部話し終えた先生は、残っていた缶コーヒーを飲み干す。
………………
…………
……
「ふぅ……これで私の役目も終わりだ」
「役目ですか?」
「あぁ、アイツにはもう側で支えてくれる人間がいるからな……だろ?」
先生のいじわるな質問に、私は力いっぱいの返事をする。
最初から……もしかしたら彼が話しかけてきた時から私の心は既に決まっていたのかもしれない。
「はい! 渚は私の好きな人ですから!」
初めて人前で自分の気持ちを打ち明けた。顔が熱を帯びる。鼓動が早くなる。胸の奥が暖かな感情で満たされる。
(渚はいつもこんな感じなのかな……)
打ち明けた相手が、彼の過去を知る先生で良かった。
「ははっ! 青春だね〜」
そんな事を言いながら、先生は階段へと向かう。
「あ、そうだ!」
「?」
忘れ物でもしたかのように最後に衝撃的な事を言って去っていく。
「藤宮ー! 私の旦那によろしくッ」
「はっ? 旦那?」
「アイツのバイト先の店長だよッ」
「えぇぇぇぇぇ……」
先生……結婚してたの?
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