第46話 彼女と食事②

 僕と折羽は学校が始まって以来毎日のように歌の練習をしている。


 カラオケに行ったり、僕の家に行ったり、意外だったのが藤宮家で夕食を共にする事も多くなったと言う事だ。





「いらっしゃい渚くん! 今日はビーフシチューよ」

「お、お邪魔します。はい、ありがとうございます!」


 こんな具合に色羽さんはとても歓迎してくれる。葉一さんは仕事で遅くなる事があるから先に食べていいとのこと。


(……もしや、既に親公認なのでは?)


 僕は最近の折羽の様子を見てそう思ってしまう。



 ある時の学校での一コマ

「渚、今日バイトないだろ? だったら家来いよ!」

「えっ? バイトはないけど……いいの?」




 またある時の一コマ

「なぁ渚、今度の土曜日暇だろ? ちょっとドライブ行こうぜ! 親の車だがな……はっはっは」

「え? う、うん……暇だけど」



 またある時……

 なぁ、渚。

 渚ッー!

 渚……

 渚


 ………………

 …………

 ……


「アレ? おかしいな? 立場が逆転しているような……」


「なに1人でぶつぶつ言ってんだよ? 冷めちまうぞ」

「そ、そうだった! 僕はビーフシチューを食べていたんだ」

「ニシシッ……なんなら食べさせてやろうか?」

「喜んでッ!」


「ッ! バッカ冗談だよ」

「折羽のいけず〜」


 ここが藤宮家の食卓だと言うことを忘れて僕達はいつも通りの会話をしていた。


「はいはい、夫婦漫才めおとまんざいは後にしてよね」

「なッ! 夫婦めおとじゃねぇし……まだ」


 彩羽あやはちゃんはジト目で姉を見つめている。最近では珍しくない光景だ。そして母親の色羽いろはさんはそんな僕達を見てとても嬉しそう。



「ご馳走様でした! すっごい美味しかったです」

「ふふふ、お粗末様でした! 良かったわね折羽」

「〜〜ッ」


 おや?今の発言からするとこのビーフシチューは折羽の手作りなのではなかろうか。


「僕の為に愛のビーフシチューを作ってくれたの?」

「ち、違うぞ? たまたま作りたくなったんだよ! そうたまたま……」


「そういう素直な所、私は好きだよ黒江さん。そしておねぇは素直じゃない」

「うるさいッ」


 彩羽ちゃんが見事なフォローしてくれたおかげで、彼女の顔が赤く染まっていく。


「まぁアレだな。お前の料理には敵わないが、いつかぜってぇ追い抜いてやんよッ!」

「折羽……」


 努力の方向は間違っていないのだが、敵意の方向は間違っている気がする。


「とかいいつつ、実は折羽ったら……」

「なッ! ママそれは……」


(折羽はママ呼びか……んもぅ! そんな折羽はかわゆい!)


 妹に押さえられて身動きが取れない事を確かめると色羽さんが話の続きを口にする。

 とてもイタズラっぽい笑顔で……


「私も花嫁修業するんだーって言ってきたのよー。あの時の折羽ったら乙女の顔をしてたわよ」

「確かにあの時のおねぇは、妹の私でさえキュンときたもん」


「もこぁ……もがぁ……」


 ジタバタしても時既に遅し。

 そんな彼女にいつもの言葉で追い討ちをかける。


「折羽、婚姻届を提出しよう!」


「ここら辺の役所って24時間の場所あったかしら?」

「調べてみるねー」


「ぐっ……この……調べんでいいわッ! ってか2人ともなんなんだよ」


 どうやら拘束から逃れた折羽が憤慨して2人に詰め寄っている。


「仲良いね3人とも」

「そんな問題じゃねぇよ……」


 僕の素直な感想に呆れ顔の折羽。


 学校と家とのギャップを見せられたらまたしても惚れてしまう!


 そんな風に冗談(僕は本気。案外色羽さんと彩羽ちゃんも本気)を言いつつ楽しい食事が終わっていく。

 ………………

 …………

 ……

「通りまで送ってく! ついでにデザート買ってくる」


「はーい! 渚くんまたね」

「黒江さんおねぇをよろしくね」


「ご馳走様でした色羽さん。そして、折羽の事は一生守っていくよ彩羽ちゃん」

「コラッ! どさくさに紛れて妹になに言ってんだ」


「もう、渚くん違うでしょ?色羽さんじゃなくて……でしょ?」

「お前もかぁぁぁぁ!」


 彼女の絶叫を聞きながら僕はゆっくりと玄関を出る。そして折羽も呆れた顔をしながら見送りに来てくれた。


「ありがとね、折羽」

「んだよ改まって……」

「気、使ってくれてるでしょ?」


 妹の事を打ち明けてから、明らかに彼女の様子がおかしい。しかしこの変化は僕としては少し複雑なのだ。


(もしかしたら同情で誘ってくれてるのかもしれない……そんな狭い心で彼女を見てしまう)


 せっかく話してすっきりしたハズなのに、僕が求めた展開のハズなのに、どうしても心から喜べない自分が……嫌いだ。


「別に気を使ってる訳じゃねぇよ、私がしたいからやってるだけだ」

「……そっか、ならいいんだけど」


 チラリと彼女の方を見る。今の彼女の格好は上着はスカジャン、下は黒のスキニーを履いている。


 どう考えても僕よりも男らしい。そう思ってしまい僕の心が口先から漏れる。


「折羽は、カッコイイね」


 一瞬の間の後に、彼女はニヤリと笑いながら僕の頭をわしゃわしゃ掻き回す。


「今頃気付いたか!」

「うん……気付いちゃった」


「ふふっ」

「ははっ」


 2人で笑い合う夕暮れの道、この道を行けばきっとゴールはすぐそこにある。


『なんでもないような事が幸せだったと思う』



 どこかで聞いた事がある歌詞が僕の頭の中に響いている。

 この時間を大切にしていこう。



 文化祭まであと少し

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る