第49話 彼女と文化祭①

 文化祭当日の朝、僕はいつもより早く起きて身支度を済ませる。そして妹の前に座っていた。



「さな……お兄ちゃんは今日、彼女の理想に近づく為に頑張るよ」


(うん! 行ってらっしゃいお兄ちゃん)


「……行ってきます」


 写真の中の沙苗さなえが微笑んでくれる。在りし日の妹の声が心に響く。


 僕はその声に後押しされて玄関を駆けていく。



 ◆


「おはよう折羽おりは

「おはようさん! 早いななぎさ

「折羽程ではないけどね。昨日はしっかり寝れた?」


「まぁまぁ……」

「……遠足前の子供みたい」

「う、うるせぇ! 仕方ねぇだろ、楽しみだったんだから」

「自爆してるじゃん」

「ちっ、渚のくせに高度なテクニック使いやがって」

「いつもの僕とは違うのさ!」


「そういうお前はどうなんだよ?」

「昨日の夜は折羽の事ばかり考えてたよ」

「ッ! ……変な事してねぇだろうな」

「変な事?」


「いや、なんでもねぇ忘れてくれ……」

「私ッ気になりますッ!」

「それ……男がやるとイマイチだな」

「すぐそうやってはぐらかす〜」

「スルースキルだな」


「んもぅ! 折羽ったらおませさん!」


「なッ! 蒸し返してんじゃねぇよ」

「男子高校生ですからね! そういう話題には敏感なんだよ」

「あー……はいはい」


 僕と折羽は教室でミュージカルの最終チェックを行っていた。


 僕達の出番は15時から。なので諸々の用意を含めて事前に準備をして14時に体育館に集合する事になっている。


 それまでの間ウチのクラスは、宣伝活動という名で文化祭を楽しめるのだ。


「折羽、文化祭デート楽しみだね」

「まぁ、今日くらいはお前の軽口に乗ってやるよ」

「いつもそれくらい素直ならいいのに」

「何か言ったか?」

「なんでもねぇです」





 ピンポンパンポン


『只今より、文化祭のはじまりです! みなさーん、楽しんでいきましょー』


「「「「「「わぁーーーーーーー」」」」」」


 校内放送の合図と共に文化祭が幕を開ける。


「クロエ君、折羽、宣伝とチケット頼んだわよー」

「クロエ、文化祭だからってあんまりイチャイチャすんなよ?」


「彼女ゲットするぞー」

「「「おぉ!」」」

「彼氏ゲットするぞー」

「「「おぉ!」」」


「藤宮さん、衣装は更衣室にあるから時間になったら来てね」


「お、おう」

「任せて! 折羽は僕が守る」


 クラスメイト達はそれぞれが動きに邪魔にならない程度に衣装を着て教室を出ていく。残ったのは僕と折羽の2人だけだった。


「ははっ……みんな元気だな」

「若干数人、目が怖かったね」


「……じゃあ行くか」

「うん!」


 スッ……


「えっ……折羽これって」

「……早くしろよ。役作りは早めの方がいいだろう?」


 彼女は僕に左手を差し出してきた。そんな事をされるとは思っていなかった僕は失礼にも聞き返していた。


「握っていいの?」

「それ以外に何があんだよ! 早くしろ……ハズい」

「か、かわわわわわわ」

「バグってんぞ? もうほらッ」


 彼女は強引に僕の右手を握る。その手はほのかに熱を帯び、その熱は僕の右手を伝って顔にまで伝播した。



「いっぱい食べるぞー」

「おぉ!」


 彼女は満面の笑みで僕の手を引きながら駆けていく。その顔には僕と同じ朱色がさしていた。




「渚、やべぇぞコレ! 揚げたこ焼きに激辛ソースかかってるぞ」

「それ食べたら僕お腹がデストロイするからやめとく」

「つまんねぇな〜じゃあワサビ味はどうだ?」

「まぁ、ワサビならいいかな」


 彼女は祭り事がとても好きみたい。夏祭りの時も結構はしゃいでいたからなんとなく理解してたけど、今日の彼女はそれ以上のテンションだ。


 いつも僕がグイグイ攻めてるハズなのに、今日の構図はいつもと逆だ。


「折羽〜チケットも売らないと〜」

「ん? あっ、そうだったな」

「あっ、て……忘れてたでしょ?」

「あっははー」

「可愛いからいいけどね」


 僕達は出店を練り歩きながら宣伝とチケット販売を行っていく。


「あら、あの子可愛いわね。舞台やるんですって!」

「観に行ってみるか。すいませーん……」


「黒江! 来たぞ」

「あっ、店長とみんなも!」

「こんにちはー」


 店長やバイト先のスタッフも駆けつけてくれた!


「藤宮さん、お姫様やるんでしょ!」

「楽しみだなー」

「絶対可愛いもんね」



「あはは、よろしくお願いしますー」

「むむむ! みんなダメだよ! 折羽は僕のお姫様なんだからね」


「「「「おぉ……」」」」


 彼女に絡んでいた先輩達に僕は嫉妬してついいつも通りの返しをする。そんな僕の言葉に折羽が信じられない合いの手を入れた。


「今日は渚のお姫様ですから。お誘いはお断りしますわ」


「「「「おぉ!!」」」」


「こりゃ、本物だな」


 店長だけが凄く納得した顔をしていた。


「まぁ頑張れよ! それより 黒江、カオルがどこか知らねぇか?」

園田そのだ先生なら広報活動室にいると思いますよ。場所は……」

「サンキュ……何か差し入れしてやるか」


 店長達はチケットを購入すると皆それぞれ激励してくれて文化祭の喧騒の中に消えていく。


「まさか先生と店長とがな……」

「ビックリしたでしょ?」

「あぁ、先生は結婚してねぇと思ってたからな」

あざむくのが上手いのかもね」

「普段は二日酔いばっかだからな」


「あはは、確かに」


 いつもより会話も弾んでいる。お互いテンションが高いからかもしれない。カラカラと笑う彼女を横目に、僕の視界にある出店が映った。


「ねぇ折羽、ここ行かない?」

「んぐっ……ん?」


 フランクフルトを頬張りながら彼女は僕の方を振り向く。ほっぺについたマスタードがとても愛らしい。


「今すぐ抱きしめたい」

「ゴホッ……声に……出すな」

「今の折羽は本当に可愛いからね」


 彼女は袖で拭おうとしたので僕が待ったをかけてポケットからハンカチを取り出す。


「折羽、じっとしてて」

「んぐっ……なぁ」

「なに?」

「ハズいんだが……」

「今更でしょ?」


 彼女の白い肌に触れるハンカチが羨ましい。僕は想像でハンカチになりきり彼女のプニプニほっぺを堪能した。


「なんか目がヤラシイぞ?」

「静かに! 手の感覚を研ぎ澄ませてるから」

「……」


 プニプニ、ムニムニ……


 いつの間にかハンカチではなく己の手のひらで柔肌を堪能していた。


「おい……」

「待った! 辞世の句を読ませて」

「良かろう……」


 白肌に

 触れる手のひら至高かな

 僕の思考は闇へと消える


「くらぇぇぇぇ」


 ピトッ


 目を瞑る僕の頬に暖かな感触。


「おあいこだ!」


 ムニムニ、プニプニ……ぎゅうぎゅう


 折羽は僕の頬をお返しとばかりにつねる。


「いはぃぉ……おりふぁ〜」

「ニシシッ! 変な顔」


 じゃれ合っていると、不意に声が聞こえた。


「あのー……店の前でイチャつくのはやめてもらえますか?」


「おわっ」

「ビックリした」


「はぁ……それで、お2人はここに入るんですか?」


「えっ?」

「あっ、そうだよ折羽! ここに入る為に立ち止まったんだった」


 僕の言葉に彼女は顔を上げて看板を見る。


 【占いの館】


「客として入るよ」

「えっ! ちょっと渚……」

「いいから〜いいから〜」


「2名様ご案内〜」


 どこかやる気のない、女子がポケ〜と案内してくれる。


「わ、私は占いなんて……」

「まぁまぁ、いいじゃん。文化祭なんだし」

「なんでもかんでも文化祭のせいにするな」


 案内された席に2人で座る。

 室内は薄暗く目の前に座るローブを来た人も胡散臭い。声でかろうじて女の子だと言う事がわかるくらい。


「それで、何を占いますか?」


 ボソボソと喋る声はこちらもあまりやる気が無さそう。


「僕と彼女の未来について」

「お前……マジか」


 折羽はドン引きしていた。こんな当たるかもわからない占いに本気の目をしてる僕の姿がそこにはあった。


「わかりました。それでは2人のお名前を」


黒江渚くろえなぎさと」

藤宮折羽ふじみやおりは


 僕と折羽が名前を言うと、一瞬フードの隙間から鋭い眼光が見えた。そして僕達には聞こえない声で……


「あぁ、君たちが例のバカップル……」



「それで……」

「2人は結婚しますッ!!」

「……どうでし……え?」


 僕の問いかけより早く答えが返ってきた。よくわからなかったのでもう一度聞いてみる。


「僕とかの……」

「結婚します!!」


 アレ?おかしいな食い気味過ぎない?折羽も不思議に思い重ねて聞いてみる。


「わた……」

「結婚です! これは決定です。早ければ2です」


「……」

「……」


 僕と折羽は軽く会釈をしてその場を後にした。




「……なぁ」

「……うん」



「「うさんくさッ」」



 彼女との文化祭は続く。

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