第44話 彼女と覚悟
僕達のクラスの演目が決まった。
姫乃さん率いる演劇部がシナリオを描いて行うオリジナルミュージカル。
メイドあり、ホラーあり、演劇あり、歌ありの、ありあり尽くしの内容だ。
こういう行事に縁がなかった僕にとっては皆のやる気は凄いと思う。しかしそのやる気を起こさせた本人はもっと凄い。ミュージカルと提案した折羽本人だ。
しかし、ここで1番の問題が発生してしまった。それは誰がヒロインと主役を演じるか……
正直、皆のやる気が凄いのはこの役を勝ち取る為のものだったのでは? と疑ってしまう程。
だが、物語とはご都合主義の集まりで、メインの役どころはあっさりと決まってしまった。
「ヒロインは藤宮さんがいいと思います」
「「「賛成ッ!!」」」
クラス一同は早々にヒロインを
「な、ちょっと待て……私はッ……」
そんな意見聞いてません! というように姫乃さんが言葉を遮りながら話を続ける。
「それで、主人公はクロエ君で!」
「「「異議なしッ!!」」」
こちらも阿吽の呼吸で推薦された。クラス内としては僕と折羽の関係がそういうものだと認識している模様。
そんな僕は皆からの祝福が嬉しくて、ついついいつもの癖が出てしまう。
「折羽、結婚しよう」
「その返しはおかしいだろッ」
流石に結婚は早かった様子。
「他のクラスで2人に勝てるラブラブカップルはいない!そうであろう皆の衆ッ」
「おぉ!!」
「度肝を抜かせてやるぜ!」
「コスプレも気合いが入るね」
「俺達の熱い魂を届けるぜ」
「学内ランキングは我々のクラスが頂きだ!」
いつの間にか姫乃さんが取り仕切って、場を進行させていた。なんでも文化祭で優秀なクラスに選ばれれば何かしらの特典があるみたい。
そんな訳でこのクラスの出し物はミュージカルに決まり、実行委員長は星宮姫乃さんに任せる事になった。
ヒロイン 藤宮折羽
主人公 黒江渚
後にこの文化祭が2人の原点ともいうべき出来事になろうとは、この時は誰も知らない。
そんな訳で、夏休み初日が終わり僕と折羽はいつもの定食屋に来ていた。
夏休みにガッツリバイトに入ったので、今後数週間のシフトは休みが多い。管理する方も大変だなぁと思ったのも束の間、折羽が盛大なため息を吐く。
「はぁ……」
「どうしたの? 文化祭の事?」
「まぁな、まさか私がヒロインとか……似合わなさすぎる」
「そんな事ないよ? 僕にとっては唯一のヒロインだもん」
折羽は僕の言葉に、ハニカミながら豚の生姜焼きを頬張る。最近の彼女は恥ずかしくなると、食べ物を口一杯に入れてリスみたいな顔になる。
「んもぅ! 折羽ったらリスみたいで可愛い」
モゴォッ
僕の口にも生姜焼きが押し込められた。
折羽が使った箸で。
(間接キス……甘くて少ししょっぱい生姜焼きの味がした)
「まぁとはいっても、やっぱり練習しかないよね」
「練習かぁ……」
昼ごはんを食べ終えて、店長に挨拶をした僕達は、まだ真上を向いている日差しの下でブラブラと散歩を楽しむ。
そして、夏の名残を残した暖かな風に誘われて、屋外の公園のベンチに座っている。
「まだ台本が出来てないからな、何を練習すればいいのやら」
折羽は、何から手をつければ良いのか。この事がわかってないので不安だと言っていた。なので僕は夏休みの間、いつもやっていた事を提案する。
「ねぇ折羽、ミュージカルって言ってたよね」
「うん? まぁな、アレ達をまとめるのはそれが1番だと思ったからな」
だからこそ、自分がヒロインになるとは思わなかったのだろう。
これは僕の自惚れかもしれないが、主人公が僕になった時の彼女は、ほんの少し口元が緩んでいた。
だからこそ、この文化祭で彼女のトラウマを克服させたいと思ってしまう。
「ミュージカルだったらさ、僕達で歌わない?」
………………
…………
……
風が心地よく彼女の黄金の髪を撫でる、ベンチの隣にいる僕の方までその髪は流れて頬を優しくくすぐる。
固まっている折羽の瞳を見つめる僕の目は真剣そのもの。そして僕の言葉を聞いた彼女は石のよう。
「折羽……皆の前で歌うのは、やっぱり怖い?」
少し話題を変えてみよう。
「……まぁ、な」
ゆっくりと口を開く彼女は昔を思い出したのか少し元気がない。
だから僕は同じ事を口にする。
「僕達で歌わない?」
「……僕、達……」
オウム返しをする彼女は先程までと違い、その綺麗な瞳にほんの少し明かりが灯る。
「そう! 僕と2人で」
「渚と、2人……」
僕は鞄の中からゴソゴソと交換日記を取り出す。
今迄、僕と彼女を繋いでくれた交換日記を。
「折羽が書いてくれた
「私が書いた……
彼女から初めて貰った彼女の気持ち。
『アゲイン』
「これを歌にしよう!」
力強く彼女の手を握る。この時の彼女の気持ちを理解する事は今の僕には出来ない。
しかし出来ないからこそ理解したい。彼女の瞳をじっと見つめ答えを待つ。
ゆっくりと僕の手を握り返してくれる彼女の手は震えていた。だけどその手に伝わる確かな温もりと彼女の翠色の瞳の中はきっと赤く燃えているに違いない。
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